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事情

その少し前、維月は維心に引きずられるように奥の間へと連れ込まれて、慌てて維心を見上げた。

「維心様?あれではあまりに失礼ですわ、炎嘉様はわざわざ舞って見せてくださいましたのに。呼んだのはこちらなのです、せめて何かおもてなしをしてからお帰ししなければ。」

維心は、険しい顔で口を真一文字に引き結んでずんずん歩いていたが、必死に言う維月に、仕方なく足を緩めた。そして、腕の中の維月を見下ろした。

「分かっておる。だが、あれ以上話しておるのは不快であったのだ。」

維月は、維心の腕から離れながら、前へと回り込んで維心と向き合った。

「舞いで大騒ぎ、というお話でございまするか?」

維心は、それを聞いて眉を寄せると維月から視線を反らした。

「…前世の、しかも子供の頃のことぞ。」

維心は、維月から離れて窓際にある椅子へと歩き出した。維月は、急いでその後を追った。

「ならばよろしいではありませぬか。炎嘉様とお話を。そのお話は避けてもよろしいですし。」

維心は、椅子に辿り着いてそこへ座ると、維月に手を差し出して首を振った。

「あれは鬼の首でも獲ったようにその話ばかりをするであろうぞ。我は…舞いの話など、興味はない。」

維月は、心配そうに維心の手を取りに歩くと、その横へと腰かけた。そして、こちらを見ない維心の顔を覗き込んで、言った。

「維心様…?舞いはお嫌いですの?では、私達が勝手に浮足立って申し訳なかったこと…。」

維心は、顔を上げて首を振った。

「嫌いとかそのようなことではないのだ。我とて、主が舞うのなら見てみたいと心から思う。」

維月が理解出来ずに返答に困って眉を寄せていると、それを見た維心は大きく息をついて、維月の手を握り直して、維月の目をやっと見た。そして、覚悟をしたように言った。

「…主にはやはり黙っておれぬ。維月、我は舞いが嫌いではないのだ。碧黎が言うておった破邪の舞い。あれを、子供の頃我は父上が舞うのを見て、己も舞わねばと記憶を確かにするために、庭の奥で始めから舞ったのよ。何分まだ子供であったし、ただ父上を真似ることだけを考えて一指し終わったら…」維心は、フッと息をついた。「…龍の宮周辺の宮のうち、龍に敵対しようとして密かに企てておった宮の王と臣下の何人かが、一斉に頓死した。」

維月は、驚いて袖で口を押えた。

「頓死…!?破邪の舞いは、邪念を消すだけなのでは?!」

維心は、ため息をついて頷いた。

「そうなのだ。表に現れている邪念は全て洗い流してしまう力があると教えられておった。さすがに心の中にある邪念までは出来ぬのだとな。」

「…維心様には、出来たのですね。」

維月が言うと、維心はまたため息をついて窓の方へと視線を移した。

「そうなのだ。我の気は強過ぎて、破邪の舞いの波動は恐らく大陸までも届いただろう。だが威力はまだ完全では無かったようで、死んだのは龍の宮周辺、半径数十キロの範囲にある宮の中で、よからぬことを企んでおった奴らだけだった。そのせいで…」維心は、少し言いよどんでから、続けた。「まあだからこそ、我が王座に就いた時には我に逆らうような輩は減っておったのだがな。」

維月は、その時の状況が目に浮かぶようだった。子供でありながら父王以上の力を示してしまった維心は、恐らく神世から恐れられ、ますます孤独になったのだろう。そして恐らく、子供であってさえそれほどの力を持つことが知れ渡り、成人してからの事を恐れるあまり命を狙われる毎日だったに違いない。

維月は、維心の手を握り直して、もう片方の手でその髪を撫でた。維心は、維月の手を感じてこちらを向く。維月は、維心を見上げて微笑み、言った。

「破邪の舞いなど無くとも、維心様には世を治める力がおありだったのでしょう。舞いなど必要なかったのですわ。それに、それは前世のことでございましょう。今生はそのようなものを使わずとも、将維も世を治めておりましたし、維心様もこうして君臨されておりまする。お気になさらないで。でも…」維月は、ふと思い立った。「…先ほど仰っておられた求婚の舞いでございまするけど、その影響力をお聞きすると見せて頂くのは恐ろしいですわね。私はこれ以上維心様を愛することなど出来ないほど愛しておりますから、少々の力を受けても変わることはないかと思いまするが、それでもその力がどこまで影響することか…。他の宮の皇女達などが維心様に懸想して、大挙して宮へ来られたら私も妬いてしまいまする。」

維心は、維月を見て苦笑した。

「それよ。」維心は、維月の頬に触れた。「実は緑青から記憶の玉を使ってその舞いを知ったので、すぐに主に見せようと思うたのだが、それに思い当たっての。我は元より主より他になど見せとうないし、だが力の波動がどこまで届くのか考えたら恐ろしゅうなった。なので、ここ数日は悩んでおったのだ。」

維月は、維心が舞いの話にいい顔をしなかった理由がやっと分かって、肩の力を抜いて微笑んだ。

「先ほども申しましたわ。維心様は舞いなど必要ないのですわ。そのようなものが無くとも、こうして私の心を捕らえて離さぬものを。私はただ、維心様が舞われる様を見たかっただけなのですけれどね。」

維心は、少し小首をかしげると、考えるような顔をした。そして、また維月を見た。

「…そうよな…。我が舞うだけと申すなら、炎嘉のように力を解放せずに舞うという方法がある。」

維月は、パッと明るい顔をした。

「まあ!嬉しいですわ、もしかして維心様の舞いが見られるということですか?」

維心は、頷いた。

「己の力を己で抑えねばならぬので神経を使うが、それでも主がどうしてもと申すならやってみる価値はあると思う。」と、奥の間を見回した。「だがここでは狭いやもしれぬな。庭へ出るか。」

維月は、嬉々として立ち上がった。

「はい!ああ楽しみだこと。どれほどに美しいことか。」

維心は、はしゃぐ維月につられて微笑みながら、椅子から立ち上がって手を取ったまま歩き出した。

「主は…。美しいかどうか分からぬが、それほどに申すのなら舞ってみるかの。」

そうして、弾むような足取りの維月と共に、維心は奥宮のすぐ前の庭へと出たのだった。


もう昼近い空は、澄み渡る晴れ渡った美しいものだった。

維心は、維月を側の岩へと座らせると、そこから離れて立って、扇を手にした。

維月が期待に胸を膨らませてじっとそれを見つめていると、維心は扇を開いて前へと構えた。

「ちょおーっと待ったぁー!」

いきなり、上から声がした。びっくりした維心と維月は、同時に上を見上げる。そこには、十六夜が慌てた様子で降りて来ていた。

「い、十六夜っ?!なに?!突然驚くじゃないの!」

十六夜は、慌てて維心の前へと着地して維心と向き合った。

「待て維心!早まるな!」

維心は、扇を構えて固まったまま言った。

「何を言うておる?維月を攻撃でもすると思うたのか。」

維月が、十六夜の肩越しに後ろから言った。

「違うわよ十六夜!ただ舞ってくださろうとしておっただけなの!そもそも私は攻撃されても避けるわ!」

「攻撃よりもヤバイっての!」十六夜は維月を振り返って言ってから、また維心を見た。「お前、求婚の舞いなんかするな!維月だけじゃなくてあっちこっちの皇女やら侍女やらがお前に迫って来たらどうするんでい!迫って来るだけなら蹴散らすんだろうが、想いが募って死んじまうって危険性まであるぞ!やめとけ!」

維心は、それを聞いて眉を寄せると、扇を下ろした。

「…炎嘉から聞いたのか。」

十六夜は、少しバツが悪そうな顔をしたが、頷いた。

「…ああ。お前の力が半端ないからって、炎嘉もそれを心配してた。」

維心は、息をついて扇を閉じると、それをスッと胸元へと挿した。維月は、残念そうに維心を見た。

「ああ…おやめになりますの?」

維心は、苦笑して頷いた。

「此度はの。こやつらの懸念も分かるしな。我も己の力を確かに抑えられると思えるまでは舞わぬようにする。」と、十六夜を見た。「十六夜、我とて己の力は知っておる。故に力を込めずに、ただ舞おうとしておっただけぞ。炎嘉から聞いたゆえ案じておるのだろうが、あれは前世我がまだ子供であった頃の話よ。さすがにあの頃のように、舞いが何たるかを知らずに舞おうなどとは思うておらぬわ。此度はただ、維月が我が舞うのを見たいと申すから出て参っただけのこと。案じるでないわ。」

十六夜は、フッと肩の力を抜いた。

「そうか。その口ぶりだと、維月にも話したんだな。お前の舞いの影響力ってヤツを。」

維心は、維月に手を差し出して側へと呼びながら頷いた。

「維月には黙っておれぬわ。主らが舞いに興味を示し始めた時からこうおなるやもしれぬとある程度は覚悟しておった。」と、寄って来た維月の手を取った。そして、十六夜を軽く睨んだ。「しかしたかが舞いで。騒ぐでないわ。」

十六夜は、拗ねたように維心を見た。

「そのたかが舞いが、お前の手に掛かったら大変なんじゃねぇかよ。誰のせいだと思ってるんでぇ。」

十六夜の悪態に気付いているのに、維心はふんと横を向いて何も言わずに宮の中へと維月を連れて歩いて行った。

維月は、ちょっと舞いを習おうと思っただけなのに、と密かにため息をついたのだった。

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