闇のいざない
「あああああ!!」
維月の悲鳴が聞こえる。
維心は、慌てて奥の間へと駆け込んだ。するとそこには、維月が寝台の上で耳を塞ぐようにして頭を両腕で押さえ、叫んでいた。
「維月!!どうしたのだ!維月!」
維心が、必死に維月の腕を掴んで揺すった。維月は、どこか遠くを見るような目でいて、維心を見てはいなかった。
「ああやめて!やめてえええ!!いやあああああ!!」
月から見ておるのか。
維心は、必死に維月を揺すった。
「維月!維月しっかりせよ!心を安定させよ!闇を呼び寄せるぞ!」
すると、パッと目の前に碧黎が出現した。もはや慣れた維心は、碧黎を見た。
「維月が…!」
「分かっておる!」と、維月の額に手を置いた。「維月!月から意識を切り離せ!」
すると、フッと何かがプツンと切れたような感じがして、維月は碧黎の方へと倒れ込んだ。
碧黎は、フッと息をついて、それを抱きとめた。
「どうしたのだ…維月は、何を見ておった。」
維心が聞くのに、碧黎は、維心を見た。
「皆殺しにされる者達の姿ぞ。しかし実際は我も十六夜も手を貸しておるから、死んだのは僅かであるが、それでも炎嘉はどうしようもなかった。まともに狙われておったからの。」
維心は、見るからにショックを受けた。炎嘉が…死んだというのか。
「炎嘉は…死んだか。」
碧黎は、維心を見た。
「主、あれを面倒に思うておったのではないのか。」
維心は、下を向いた。炎嘉を、面倒などと思ったことは無かった。もちろん、維月の件では困っていたが、それでも炎嘉が居なくなるぐらいなら、我慢してもいいと思えた。
その炎嘉が、前世に次いで今生も、先に逝ったというのか。
碧黎は、そんな維心を見て、息をついた。
「まだ、死んではおらぬ。だが、時間の問題。嘉楠が己も瀕死の重傷を負いながら、宮へと炎嘉を連れ帰ってすぐに治癒の者達が必死にその命を留めようとしておる。一度は確実に死んでおったのだから、嘉楠の執念の賜物よな。」
維心は、維月を見て、そして、外を見た。
「…我も参る。十六夜と主に任せてただ結界に籠っておるだけなど…我が最強であるのに!」
碧黎は、首を振った。
「これはまだ序の口。享の最後の狙いは、主よ。主を殺すために、闇などを創り出そうとしておるのだ。しかし、まだ闇になる前の状態。その誕生の力を利用しながら、新月は誕生の地へと呼び出されて向かっておる。闇へと変われば、十六夜との戦いぞ。今は中途半端で十六夜の力を新月の中の月の命でしのぎよる。直に新月の中の月は闇の爆発的な力に負けて消滅しよう。その時が、勝負ぞ。主は今は維月を守るしか出来ぬ。炎嘉のようになりたくなければ、主はここに居れ。十六夜が主を庇おうとして負けたらどうするのだ。」
我が足手まといというか。
維心は、歯ぎしりした。確かに闇など自分にはどうしようもない。だが、闘神の自分が、自分の宮でこもり切りで居るなんて。
碧黎は、そんな維心に構う余裕がないようで、維月を一瞬抱きしめると、そっと寝台へと寝かせた。そして、維月を見つめたまま、維心に背を向けて、言った。
「己の存在が世にどれほどの影響を与えておるのか考えよ。主が生き残らねば、十六夜が闇を消した後も面倒は残る。炎嘉も居らぬのだぞ?主にしか、治められぬ。」
維心は、碧黎がもう炎嘉が死んだ前提に話すのに、炎嘉が助かる可能性が低いのだと悟った。それでも、今はどうしようもない。死の淵に居る友を、見舞うことも出来ないとは。
碧黎は、スッと消えて行った。
維心は、物思いに沈んで寝台へと座り込んだ。
享は、新月を通して、龍の宮を見ていた。
龍の宮は、やはり強固な結界に守られ、今の新月ではとても破れそうになかった。
やはり陰の月は、闇を解放してからにするか。
享は思い、新月を操って岩屋へと戻って来させた。
背後の岩屋の入口に、新月が降り立ったのを感じた。享が振り返ると、まるで大きな人形のように、棒立ちになった新月と、傍らには転がされた公明、明蓮、紫翠が一か所に集まって、こちらを見ている。
享は、口の端をゆがめた。
「待っていたぞ。ああ我はこの時を待っておったのだ!龍など闇の力の前には無力よ。月だとて陰の月という切り札を手にすれは敵ではない。主らを糧に、闇を復活させようぞ!」
明蓮は、震えて来る体を抑えられなかった。闇の糧…我らは、闇の糧にされるために、集められたというのか。
紫翠が、必死に泣くものかという風に、口を真一文字に結んで、薄っすらと目を赤く光らせてじっと享を見ている。享は、それに気付いて面白そうに言った。
「おお鷲か。鷲の血が騒ぐか。主はこれから母に会えるぞ?己の中で母に会い、母の言う通りにすれば良い。さすれば何も苦しむことはあるまいが。案じるでないわ…その力、我が存分に使ってやるゆえ。」
紫翠には、言っている意味が分かっているのかは分からなかった。しかし、じっと黙ってただ享を睨みつけていた。
公明が、立ち上がると紫翠と明蓮の前へと出た。
「主などに、利用などされぬわ。我ら、地を平らかに治めるために生まれ出た命。主のように乱すために生きておる歪んだ命に、いいようにされるいわれはない。」
公明は、震えてはいなかった。その着物には、律の血がこびりついていてまるで公明自身が怪我をしているように見える。しかし公明は、その小さな体に王の威厳を持ってそこに立っていた。
享は、目を細めてそれを見ていたが、顎を振った。
「こっちへ来い。世を治めるように生まれついた者など居らぬわ。決められた宿命などあってたまるものか。己の生き方は己が決める。我は命さえも自由に操れるのだ。神の中の神、龍王など我の足元にひれ伏して踏み潰される存在なのだ!」
公明が動かずじっと立って睨んでいるのを見て、享は気で公明を掴むと、岩屋の奥へと放り投げた。
「公明!」
明蓮が叫ぶ。公明は、岩屋の奥で身を投げ出されて転がっている。次に享は、明蓮を見た。
「主も!さっさとしろ、闇の糧になるのだ!」
明蓮は、紫翠を庇おうと咄嗟に享に背を向けて紫翠を抱きしめた。しかし、その紫翠ごと持ち上げられると、奥へと放り投げられ、そして岩肌にたたきつけられた。
明蓮は、必死に紫翠を庇った。紫翠は、明蓮の腕の中で震えている。それでも、泣きはしなかった。
「来い!」
享は、手を上げた。すると、棒立ちになっていた新月が、スーッと飛んで来て明蓮達と同じ場所に立った。
「復活ぞ!月に邪魔をされる前に、闇を復活させる!結界を!」
新月は、スッと手を上げた。すると、岩屋の回りには、月の気がする結界が形作られた。
「…月…闇であるのに、なぜに…?」
明蓮は、呟く。月の結界…月の眷属しか、張れないものではなかったか。では、これは月の眷属なのか。
「さあこれがある間にさっさと闇を復活させねば!」享は、手を上げた。「そら、糧ぞ!喰らえ!」
背後にある、魔法陣が光り輝く。
そこから出た光は、公明、明蓮、紫翠の体を捉え、そして三人は何かに吸い上げられるような感覚に声を上げた。
「あああああ!!」
気が、遠くなる。
明蓮は、もう最後かと視界が狭まって行くのを感じた。母の顔、父の顔が脳裏に浮かぶ。そして、なぜか簾と律の顔が、思い出された。
…決して見たものを信じてはならぬ…
律は、あの時公明にそう、言っていた。明蓮は、横でそれを聞いたのだ。
それで、どうしたらいいのだ。
明蓮は、そう思ったのを最後に、暗い世界へと落ち込んで行った。




