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手立て

やっと対抗できる魔法陣を構築し、お役御免になっていた玲は、ぐっすりと休んでいたのだが、また叩き起こされることになった。

今度は、あの皇子の新月の身の中にある、仙術を取り出す方法を考えるという事だった。

慌てて参じた王の居間では、碧黎がジッと手を翳して、新月の体を調べていた。

蒼が、隣でその様子を心配そうに見守っている。

長くそのままだったが、しばらくして、碧黎は手を降ろした。

「いかがでしょう、碧黎様。」

蒼が言う。碧黎は、重い口を開いた。

「そも新月は月と龍の間の命。完全な龍ではあるが、身のうちに月を持つ。半分普通の神である和奏と、半分陰の月である晃維との間に生まれた奏とは違い瑤姫は完全な龍であるから、龍の割合は多いしほとんどが龍よな。そんな新月の中に闇を仕込もうとしても、普通は消される。月は僅かでも闇に敏感で側にそれがある事を許さぬ性質であるからの。蒼は月そのものと同等の命で陽の月であるし、陰の月ならどうにでも操れると消さぬで制御する事も考えられるが、新月の中には陰はない。なのであり得ない。」

蒼は、焦れったげに言った。

「でも、新月の中に闇があるのでしょう。だから十六夜の結界はあれほど敵意を示したのですし。」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。我も探るのに深く潜ったが間違いなくある。しかし、潜って見なければ気取れなかった。つまり、その仙術は隠されておる。何かで包んで新月の中の月に気取られずに長い年月眠って来たのだ。我は地、本体であるし、十六夜も月そのもの。力は純粋で強い。なのでそんなものは貫いて中身を気取るのだ。なのでああなったのだろうの。」と、新月を見つめた。「新月、主が十六夜と蒼に話すことを我は地から聞いておったが、主、維月に惹かれたと言うておったの。それも、道理なのだ。」

蒼は、驚いた顔をした。確かに碧黎ならどこに居ても聞こうと思えば何でも聞けるので、聞いていたのかもしれないが、ここには玲も居る。そっと玲を見ると、玲は聞いてはいけないと思ったのが下を向いていた。

新月は、碧黎を真っ直ぐに見て言った。

「それは、どういうことでしょうか。」

碧黎は、頷いた。

「闇ぞ。闇は、性質が似ておる陰の月に惹かれるのだ。陰の月は、闇を操ることが出来、そして、闇も陰の月なら取り込むことも出来る。陽の月に到底敵わぬ闇が、唯一抵抗するとしたら陰の月を取り込むしかないからだ。陽の月も、陰の月には抵抗出来ないゆえな。お互いの力を相殺する力であるから。その上、主は身の中に陽の月も持っておる。そんなわけで、主が陰の月に惹かれるのは当然なのだ。理屈ではなく、命が求めるからぞ。ゆえ、主はよう維月と離れておれたものと感心するわ。人も神も、己の命から欲するものを拒絶するなど並大抵の精神力では無理ぞ。それを成したのは、瑤姫から続く龍の王族の血よ。主の中では、いろいろなものが複雑に入り混じっておるのだ。」

新月は、それを聞いていろいろなことが見えて目の前が開かれるようだった。理屈ではないのだ。維月以外が目に入らず、全く関心も持てなかったのは、命に関わることが自分の中でせめぎ合い、渦を巻いていたからだったのだ。

「…よう知りもせぬあの祖母を、なぜにこれほどに想う気持ちがと我も不思議であり申したが、やっと理解出来申した。ならば、この身の中の闇が消えたら、少しはこれも収まりましょうか。」

碧黎は、頷いた。

「恐らくはの。そも、主は陽の月は少しであるし、ほとんどが龍。維心ほど極端ではなくとも、元々が謹厳であるから、滅多なことではそのような感情などに翻弄されぬものなのだ。とにかくは、その闇を何とかせねば。しかし厄介な事に仙術だけは、我もよう分からぬ分野であっての。」

蒼は、そこで割り込んだ。

「だからこそ、玲に来てもらったのです。」と、じっと黙って聞いていない聞いていないと下を向いていた玲を見た。「玲、主はこの仙術は気取れるか。」

玲は、やっと自分の話が向いたので、慌てて新月に歩み寄ると、ひざまづいて、胸の辺りに手を翳した。じっと見ていたが、新月の体の中にはまるで玉のような物があり、一見してそれは、石かガラスのような印象を受けた。確かにそれには仙術が掛かっており、表面に魔法陣があるのが見えたが、しかしその中身までは分からなかった。

玲は、ため息をついて手を下ろした。

「…王、我にはその、外側しか見通すことが出来ませぬ。そこまでの力が無いので、外側の鉱物のようなものしか分かりませんでした。とはいえ、それに掛かっている仙術は、気取れまする。表面に、魔法陣が描かれておりました。封じの魔法陣で、それが完全に中身を封じて外へ漏らさぬようにしておりまする。そしてもう一つ…よう見えぬのですが、その封じの下に、何かが見えまする。闇とはまた別ではないでしょうか。」

碧黎は、息をついた。

「本来なら、それを取り出せば良いと申す所であるが、長くあるゆえ徐々に侵食し、心の臓に食い込んでおるような形ぞ。」

玲は、蒼にも分かるように、自分が人世に居た時の知識を動員して言葉を選んだ。

「王、要は、癒着しておるのです。完全に成長なさる前に仕込まれたので、それを持ったまま成長し、大きくなった心の臓と一体化しておるような形であって、とてもこれを引き剥がすことは出来ませぬ。人世で居ったら、切り開いて長い時間をかけてちょっとずつ剥がして行く作業をして、それでショック症状が起きないか賭けのような手術となりまする。」

蒼は、ショックを受けて黙り込んだ。人世に居たのは数百年前のことだが、姉も妹も医者であり、自分は看護師だった蒼は、その大変さが分かったのだ。

「では…では、どうしたらいいのだ。術で消し去ることも出来ぬのか。」

玲は、残念そうに下を向いた。

「はい。消せたとしても、消した後心の臓がそれに耐えられるかどうかわかりませぬ。新月様の月の修復能力であれば、もしかしてといった成功率でございます。奏様でも、心の臓を貫かれても、拍動するまでは回復させたという力ですので、もしやと。」

碧黎が、小さくため息をついた。

「奏の場合、心の臓は普通の形であったし、修復するだけで良かったからああなった。しかし新月の場合、術の部分が同化しておるような状態であるから、形が変わるであろう。それを修復ではなく補佐するのであるし、確かに賭けよ。出来るかどうか分からぬ。それに…取り除く際に、もし外側の封じておる場が欠損したら、中身が出て参るやもしれぬ。そうなった時、何が起こるか我にも分からぬ。闇の力は大きい。真の闇が出て来たとしたら、新月の中の陽の月では対応しきれぬだろう。ただの闇の術ぐらいであったなら、消してしまうだろうがな。」

蒼は、我がことのように憔悴した顔をした。しかし、新月の方は落ち着いていて、特に表情も変えなかった。そして、言った。

「もはや覚悟は出来ており申す。我がそんなものを身の内に持っておると知った時から、我がこちらへ戻ったのは、この術と共に死ぬためであったのではないかと思うておりまするゆえ。北の、何の黒い霧もないような場で、我が死に、闇などが出て参ったら大変なことになりましょう。ここならば、月の結界の中であり、十六夜も父上も居る。地も側に控えている。闇など一瞬で消えましょうぞ。ならば、我はここで朽ちるのが、我の最期の責務であったと思いまする。」

新月の、真っ直ぐな言いように、さすがの碧黎ですら、黙った。確かに、その通りだったからだ。このまま、新月がここで死んで中から闇が出て来ようとも、十六夜の陽の月の結界の中、闇は一瞬で消されるだろう。陰の月は、遠く龍の宮で龍王の結界に守られている。前世二人が命を落としたようなことは、起こる心配はないのだ。

「…よう弁えておる。さすがは龍王の血筋ぞ。」碧黎が言うのに、蒼は顔を上げたが目は暗く落ちくぼんでいた。碧黎は続けた。「蒼、案ずるでない。我も此度は腹に据えかねておるのだ。地の存続に関わる闇などというものを生み出すような術を使うやからは、徹底的に痛めつけねばならぬ。新月のこと、我とてせっかくの清い命、長らえて地のために働かせたいもの。手だてを考えようぞ。」

蒼が頷きかけたその時、侍女が居間へと駆け込んで来た。

「王!たった今龍西の砦の明維様からご連絡が!晃維様の妃であられる、和奏(わかな)様がご危篤であられると…!」

和奏は、蒼と今は亡き妃の(かつら)との間の子。年明けより病づいていたが、もう寿命なのは知っていた。晃維が、老いを止めている中でも和奏はなだらかに老いていたのだ。

なので、蒼も覚悟はあったが、今は娘の奏も死に逝こうとしている時。

蒼は、晃維の気持ちを想った。

そして度重なる不幸の知らせに、蒼自身も苦しんでいた。


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