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一時の平穏

公青は、奏の部屋に居た。

公明、紫翠、明蓮発見の知らせが十六夜から来て、自分の結界に新しく構築された魔法陣を言われるままに貼り付け、そして、軍神達も引き上げさせて後はあちらに任せて、今は奏の側に居てやりたかったのだ。

今は、晃維からまた明花に代わって気の補充がされている。

奏の顔色は、もう死んでいるかのように真っ青なまま動かなかったが、それでもまだ生きているという事実だけが、公青に希望を与えていた。

公青は、奏の手を握りしめて、聞こえているのか分からないその耳に言った。

「公明が見つかったぞ。奏、今皆が見守って炎嘉殿の結界の側まで来ておるそうだ。もう心配はない。もうすぐ、ここに公明が戻って参る。」

奏の表情は、ピクリとも動かない。

それでも、分かっているのだと思いたかった。

公明は、とても賢い子供だった。この宮で、あれほどに賢い子が生まれて例はこれまで無いと、皆が誉めそやす自慢の皇子だった。最初は龍だと皆に反対され、王妃に相応しくないと言われて大変だったが、公明が賢いのも、ひとえに奏が持つ月と、龍王の血が混じったせいだと皆が喜び、最近では王妃として尊重され、幸せそうに生活していたのに。やっと、幸福にしてやれると、すっかり安心していた矢先に、このようなことに…。

涙を堪え公青の肩に、誰かの手が置かれた。

公青が顔を上げると、そこには晃維が立っていた。晃維も、いつもは龍王に似ていながら穏やかな表情をしているのに、今日は疲れ切った顔をしている。

その晃維が、言った。

「主は少し休んだ方が良い。公明は龍軍が見ておるゆえ、何かあることはない。奏は、我と明花が見ておるから。」

公青は、首を振った。

「少しでも、奏の側に居たいのだ。晃維殿、我は…奏に、婚姻の折かなりの心労をかけてしもうた。それなのに、幸福にしてやることが出来ず…主に何と申せば良いものか…。」

晃維は、首を振った。

「主はそれでも、王座を捨ててまで奏を望んでくれたではないか。これは僅かな間でも幸福であったと思う。後は、公明に会わせてやることだけぞ。我は、それ以上は望まぬ。」

公青は、下を向いて嗚咽を漏らした。もう、どうあっても奏は逝ってしまうのか。我は、何も出来ないのか…。


その頃、日が昇って明るくなったので、歩いていると目立つというので、側に見つかった大きな木の(うろ)の中に避難していた。

飛べばすぐの距離も、歩いて移動するとかなりの移動距離になり、時間が掛かった。

ずっと簾の背に揺られていた明蓮も、移動が止まったのでハッと目を覚ました。…もう、かなり日が高くなっている。

「…目が覚めたか?よう眠っておったの。」

明蓮は、少し気恥ずかしくなった。すっかり寝入ってしまっていて、全く意識が無かったのだ。

「眠り込んでしもうた。だが、体は軽くなったように思う。」

簾は、薄っすらと微笑んで頷いた。

「子供は眠らねばの。我らも交代で見張りに立って眠ったもの。そのうちに、起きておっても軽々気を補充できるようになったのだ。」

律は、頷いて言った。

「日暮れにここを出てあと数時間で、龍南の管理地の結界ぞ。幸い追手も掛かっておらぬし…」と、上に見える空を見上げた。「なぜに主らを取り返しに来ぬのか。案じられる。」

明蓮も、それは気になっていた。なぜ、自分達を探しに来ないのか。何かに、使うつもりだったのではないのか。それとも、何かとんでもないことを企んでいるのではないのか…。

公明は、律から紫翠を受け取って、膝に乗せている。明蓮は、その隣りに身を寄せた。

「公明?疲れたか。紫翠は我が面倒を見るゆえ、主はここで休んではどうか。」

公明は、頷いた。

「ああ。すまぬの、夜通し歩いて疲れたようぞ。これほどに長い間歩いたのは初めてであるから、さすがに疲れたわ。」

律が、公明の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「チビの癖によう頑張ったわ。やはりこの中で一番の年長だけあるの。」

公明は、ムッとしたような顔をして横を向いた。

「うるさいの。子ども扱いするでないわ。子どもではあるが。」

律は、不貞腐れながら目を閉じる公明に、スッと表情を曇らせた。明蓮は、その変化に気になって、紫翠を抱きながら、言った。

「…どうしたのだ?傷が痛むか。」

律は、フッと苦笑すると、首を振った。

「主が治療してから痛みというものは全く感じぬ。だが、時に身の中で何か軋むような感じを受けるゆえ、緩やかにでも浸食は進んでおるのかと思うだけ。我が思うたのは、そうではないのだ。」と、公明に視線を移した。「主の母を刺したのは、我よ。」

公明が、ハッと目を開いた。明蓮も、急なことに心配そうに公明を見る。公明は、律を睨んだ。

「…知っておる。見ておった。母上が我を突き飛ばして守ろうとなさったのを、主が刺して、そして我に気を放って気を失わせて連れ出した。我は主を許してはおらぬ。」

律は、頷いた。

「それで良い。主の母は、恐らくは即死。せめて苦しまぬようにと急所を一突きにした。なので、今は死んでおろう。主が我を恨むのは当然のことぞ。」

明蓮は、息を飲んで公明を見た。公明は、唇をわなわなと震わせていたが、フンと横を向いた。

「…それは、後のことぞ。今は休む。我は母上のためにも、生きて宮へ戻らねばならぬ。恨むのは、それからぞ。」

そうして、こちらに背を向けて丸まって目を閉じた。

明蓮には、その目から涙が流れて落ちるのを見たが、すぐに目を反らした。きっと、公明はそれを知られたくなかったと思ったからだ。

律は、言い訳のように明蓮に言った。

「我らは、恨まれるようなことばかりして来た。ゆえ、許してもらおうなどと思うてはおらぬ。だが、こうして己の生を脅かされて初めて、自分は何のために生きて来たのかと思うたのだ。(あるじ)のため、と思うて来た。だが、(あるじ)にとっては我らなど捨て駒ぞ。それを知った今、言われるままに他の神達を苦しめるようなことをして、いったい何のために生まれ、生きて来たのかと思うのだ。龍に恨みなど、我らにはない。接する事が無いのに恨みを持つ理由もないからの。ただ、我らを世話してくれたあるじの命に従ったのみ。主らのように、世を背負うために賢く生まれた命もある。いろいろと思いが巡って、このまま死ぬとどこへ行くのかとか思うわ。」

明蓮は、目が覚めた紫翠の頭を撫でながら、今なら答えるのかもしれない、と聞いてみた。

「その(あるじ)とは、名は何という?」

律は、少し考えたが、口を開いた。

「…享様という。我の記憶であのかたの姿が変わったことはない。かなりの昔から生きておられ、最強と言われた五代龍王がまだ皇子の頃、理不尽に宮で祖父の王を殺されたのだと申しておった。何でも、破邪の舞いとかいうものを、遊戯で舞ってそんなことになったそうだ。その後、何とかして一矢報いたいと小競り合いを繰り返していたら、焦れた龍王がいきなり攻め入って来て、父王も、一族郎党皆殺されたと。享様だけは、仙人に地下から逃がされたのだとか。そして、その仙人と共にいろいろな仙術を学び、そして作って行ったと…。」

律は、そこでふと黙った。簾が、横から言った。

「…もう、我らは関わらぬと決めたではないか。所詮、享様にとって我らなど、いつかこうして使い捨てるために育てていた駒に過ぎぬ。もう、誰かに命じられて意の沿わぬことをして、誰かの恨みを買うようなこともせずとも良いのだ。とにかくは、我ら、今一度命が長らえたなら、自分の思うように生きてみようではないか。」

律は、黙って頷いて下を向いた。

明蓮は、どう言っていいのか、分からなかった。こんなことは、書には書いていなかった。神の争いや、神の歴史は書いてあっても、こんなはぐれの神達が、いったいどうやって生きていたのか、そんなことまで書いてある書は宮には無かったのだ。

自分は、恵まれていたのだ。

明蓮は、生まれて初めてそれを知った。

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