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維心は、居間で報告を受けていた。隣りには維月が居るが、涙ぐんで今にも泣き崩れそうになっている。その前には、十六夜が珍しく人型でやって来て、座っていた。

「維月、気を落とすな。親父はあんなこと言ってたが、きっと何とかなるって。新月が何に使われようとしてるのか分からねぇが、それを全力で阻止しよう。幸い闇がらみなら、オレ達の専門だ。オレだって戦い慣れてるし、前みたいなことにはならねぇよ。」

維月は、涙ぐんだまま十六夜を見た。

「でも…その感じだと心臓に術があるんじゃないの?長くあるなら、引き剥がすのは大変だわ。絶対に、損傷は免れないもの…。」

維月は、自分で言って涙をこぼした。維心が、隣りに座っていたので急いでその肩を抱き、困ったように息をついた。

「面倒なことよ。黒幕の居場所がまだ見つからぬ。子を取り返しに来ることはなく、手詰まりの状態よ。何をするつもりなのだ…新月の中の術は、それにかかわりがあるのか。分からぬ…しかし闇となれば、我に手出しは出来ぬ。我には封じることしか出来ぬからの。」

「だからだよ。」十六夜まで泣き出しそうだった。「親父が言ってた。維心に対抗しようと思ったら、闇を発生させるしか方法はない。今まで何をしようとしているのかと思っていたが、もしかして闇を生み出す術のような物があるのではないか、って。そんなことに新月を使われたら、オレ達も手出しが出来ねぇ。それを見越して、新月を使ってるんじゃないかって…。」

ここ最近の心労で、十六夜の人型はエネルギー体なのにやつれて見えた。維月は、泣きながら言った。

「酷いわ。いくらなんでも酷すぎるわ。だから月の宮から新月をさらったの?そうして、いつかこうして利用しようと術を胸の中に仕込んだっていうの?回りの状況が整って、それを成せる時が来るまで…。」

維心は、維月の肩を撫でながら、優しく答えた。

「主らのせいではない。恐らくは一度、北へ逃れる前に捕らえられた時があろう。その時に、明玄という神ではなく、定士が謀って仕込んだのやもしれぬ。そうして野に放し、利用するために。定士はそれを見ることなく死んだが、生きておる輩が居るのだ…維月が聞いたと申しておった、簾とか律とか申す神が言うておったことを思い出せ。あれらの(あるじ)とやらは、2千年生きておるとか言うてはおらなんだか?」

維月と十六夜は、顔を見合わせた。そう、確かにそう言っていた。

「…では、新月は見たことがある神かもしれませぬ。定士に会いに参った神で、そのような輩が居らなんだか聞いて参ったら…、」

十六夜が、すっくと立ち上がった。

「すぐに聞いて来る!」と、居間を横切って行った。「維心、お前名前聞いたら分かるな?!」

維心は、確信を持って頷いた。

「この二千年以上、我が知らぬ神など居らぬ。気の色まで覚えておるわ。任せよ。」

「よし!すぐに知らせるからよ!」

そうして、十六夜は光になって打ち上がって行った。

維月は、まだ涙を流したままだった。


十六夜が新月の部屋へと駆け込むと、蒼が新月の部屋に居て、椅子に座っていた。

新月は、いくらか顔色も良く、大きなソファに深々と座って半分横になっているような状態だ。蒼が、慌ただしく入って来る十六夜に顔をしかめた。

「なんだ、十六夜。病人が居るのに。」

十六夜は、蒼には鬱陶しそうに手を振った。

「ああ、お前じゃねぇ。」と、新月を見た。「新月、思い出せ。お前、定士の宮に居た時の事思い出せるか?」

新月は、まだ力なく答えた。

「我はあまり忘れるということはない。何を聞きたいのだ。」

十六夜は、遠慮なく新月の前へと座った。

「定士だよ。誰か、友達みたいなのは来てなかったか?客は?変なヤツとか胡散臭い奴は居なかったか。」

新月は、眉を寄せた。

「それは神の王であるから、客はよう来ておったが、しかし…いつも、あまり良い印象を持たぬ輩が一人、来ておったな。悪い意味で目立っておった。明玄が言うに、術を使って己の生を止め、どこかに居る寿命を司る存在とやらから隠れて命を伸ばす方法を編み出したとか何とか。定士がその方法を知りたいとしょっちゅう宮へ呼んでは、手土産を持たせたりと機嫌を取っておったが、一向に教える様子はなかったようだ。胡散臭い輩だと思うて、我はあまりその前には出なんだがの。」

十六夜は、ずいと新月に寄った。

「それだ!名前は?!」

新月は、あまりに十六夜が近いので、少し退いた。

「名?ええっと…確か、こう…いや、(きょう)。享であったな。それについて来ておったのは…」

新月が続けようとするのに、十六夜は空に向かって言った。

「維心!享だってよ!知ってるか!」


龍の宮では、いきなり降って来た声に維心が驚いて窓を振り返っていた。義心から報告が来るので出て行こうとしていたところだったのだ。

「…なんと申した?享?」

維月もびっくりしている。十六夜の声は頷いている。

《ああ、享だ!なんでもどこかに居る寿命を司る存在から隠れて命を伸ばす方法を編み出したとか言ってたらしいぞ!》

維心の顔が、見る見る険しくなった。維月は、それを見て驚いた…何かに思い当たったのだろうか。

維心は、出て行きかけていたのを、戻って来て椅子へと座った。維月も慌ててその横へと座る。

「忘れいでか。享は我が消した宮のひとつの、皇子であった男ぞ。我が舞いで奴の祖父の王が死に、父王がその後うるそう我らを突っつくし弱い龍を女でも構わず殺して回るので適当に理由を付けて宮ごと滅した。懇意にしておった仙人に地下から逃がされてあれだけは一族で生き残ったのだ。随分と探したが、見つからずで炎嘉に散々馬鹿にされたもの。とっくに寿命で死んでおると思うておったのに!」

十六夜の声が、呆れたように言った。

《お前が取り逃がした奴が、二千年生きてこんなことになってるってことかよ。》

維心は、唸った。

「忌々しいがそう言う事だの。今度こそ息の根を止めてやろうぞ。」

維心は、余程悔しかったのかギリギリと歯を食いしばった。十六夜の声が、首謀者らしい名前がやっとわかったと少し気が楽になったのか、力を抜いて言った。

《ま、親父もその男の術とやらで見えてなくて、寿命を切ってなかったんだろうがよ。親父だって同罪だっての。今度ばかりは力を貸してもらおうや。》

すると、碧黎の声が割り込んだ。

《しようがないの。だが我も仙術は専門外だと申すに。あのように自然に逆らう術には手は出せぬのだ。地の気を使っておるというのなら、それを使えぬようにすることも出来るやもしれぬが、ま、やってみるだけやってみようぞ。ただ、身に取り込んだ神の気はその神のものであるから。我は制限することは出来ぬ。それを使って術を放たれたら、我にはどうしようもない。そう思うて掛かると良いわ。闇など発生させて、また維月と十六夜に何かあるなら我の命を懸けても守り抜こうがの。》

維月が、驚いて言った。

「お父様、ご無理はなさないでくださいませ!お父様が地上を支えておるのに、いらっしゃらなくなったらそれこそ地上は…」

碧黎の声は、穏やかになった。

《主は案ずるでないぞ。どうでもよい命の寿命を切らずに無駄に命の気を使わせておったこと、我とて己に腹が立つのだ。本来ならさっさと命の気を絶って滅してしもうても良いのだが、直接手を下すことにもなろうしの。育んでやっておる我を欺こうとは許すことは出来ぬわ。》

維心は、同じ命として身震いした。自分を育んでいる大地を怒らせたら、きっと生きてなど行けない…。

蒼の声が、割り込んだ。

《維心様、新月の命が懸かっております。どうか、よしなにお願い致します。》

維心は、それを聞いて気遣わしげに見る維月と視線を合わせてから、答えた。

「我とて前世の甥がそのような輩に利用されるがままな生を送るなど、許せるものではないわ。何とかして助ける術を探そうぞ。」

たくさんの、命が犠牲になろうとしている。しかも、近しい者達ばかりが…。

維月は、未だかつてないほど一気に押し寄せて来る不安に、心が潰れてしまいそうで胸を押さえていた。

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