表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/213

神の舞い

それは美しい姿だった。

前世今生合わせて、炎嘉が舞うのを初めて見た十六夜と維月は、呆けたようにそれをじっと見つめていた。炎嘉自身が華やかで美しい神であることもそうだが、その動きの無駄の無さや、流れるような立ち居振る舞いにはため息がこぼれた。

十六夜の打つ扇の音だけが響いているのに、炎嘉の舞いからは華やかな笙の音までもが聴こえて来るかのようで、心が沸き立って心臓の音が煩く感じる。炎嘉が持つ生来の華は、その舞いにも現れていた。

遠い記憶であるだろうに、炎嘉は一度も止まることなく、約10分ほどの舞いを、静かに終えた。

しばらく、シンと終わったことも忘れて呆然と立ち尽くしていた十六夜と維月だったが、炎嘉が姿勢を戻してこちらを見ることで我に返った。

「…どうよ?覚えたか?」

炎嘉が微笑むのに、維月は真っ赤になってブンブンと首を振った。

「あの…思わず見とれてしまって。覚える暇もありませんでした。」

十六夜が、自分を正気に戻そうとしているかのように首を振ってから、言った。

「なんて言うか…神ってのを侮ってたよ。何度か人が舞うのは見て来たから、そうでもないだろうって思ってたのに。」と虚空へ視線を向けて、自分の記憶を確かめるような動きをした。「…だが、見たもんは頭に入ってるな。思い出すのは簡単だ。お前ほどに舞えるかわからねぇが、まあオレ達はオレ達でやってみる。」

炎嘉は、おかしそうに笑った。

「おお、付け焼刃であるのに。我とて舞など何百年ぶりかの。ならばもっと気を入れて舞えば良かったわ。指南するだけのつもりで舞ったゆえ、これが我の実力ではないのだぞ?」と、まだ熱を冷ましている維月の手をスッと取った。「これだけのことで主を惹き付けるのなら、なんと易いこと。次の人の秋祭りの時には、求婚の舞をようよう励んで主の前で披露するか。さすれば我を愛する心地にもなろうほどに。」

維月が赤くなる。それをじっと黙って聞いていた、維心が横から矢のような素早さで遮って維月を自分の袖の中へと引き込んだ。

「ならぬ!鳥の中にはそのような舞いを持つ種族が多いのは知っておるが、主はもう龍であろうが!」

炎嘉は、興が覚めたと言わんばかりの顔になって、側の椅子へとどっかりと腰を下ろした。

「ああそうだの、どうせ我はもう鳥ではないわ。だがの、求婚の舞いは忘れておらぬからの。前世勝手に寄って来るゆえそんな必要も無かったし、ついぞ舞わなんだが維月相手ならいくらでも舞おうぞ。龍にはそんなものはあるまい?」

維心は、自分の定位置へと維月を伴って座り、炎嘉を睨んだ。

「確かに、龍にはの。だが、我とて求婚の舞いの一つや二つ知っておるわ。馬鹿にするでない。」

それには炎嘉は、驚いたような顔をした。そして、椅子へと座り直すと、身を乗り出した。

「…求婚の舞いを?主が、知っておると?」

真面目に驚いているようで、その顔にはからかうような色は全くない。十六夜が、横の椅子を維月の近くへと引き寄せてから座って、炎嘉を見た。

「なんだよ、そんなに珍しいものなのか?」

炎嘉は、十六夜を見て何度も頷いた。

「珍しい。そうか、主らは知らぬか。あれはの、人前で舞うものではないのだ。婚儀の時でも、あくまで身内だけ。たくさんの賓客が居ったとしても、その舞いが舞われるのは身内が集まる別の部屋なのだ。なので、他の種族はその種族の舞いを見ることが出来ぬのよ。まあ我は、前世も妃の前でだって一度も舞ったことはないが、父が舞うのを何度か見ておるから知っておるがの。」

維月が、口を押えた。

「まあ。ではそうそう見れるものではありませんのね。」

炎嘉は、何度も頷いた。

「形式上と形ばかりに申すが、ほとんどの舞いには力があっての。己の想う相手に向けて力を集中し、渾身の力で舞うのだ。なので下手なヤツが舞えば、回りに波及して大変なことになる。心ならずも何人もそれで妃にしておった王も居ったの。身内ならそんな心配もないので、自然これを見せるのは身内だけと限られることとなったのだ。」と、炎嘉は維心を見た。「故になぜ、龍族には無い求婚の舞いなど知る由もないはずの主が知っておると申すのかと言うのだ。どこで見た。」

維心は、ぷいと横を向いた。

「記憶を見せてくれたのよ。それで知っておる。いつでも舞えるわ。」

維月が、パッと明るい顔をすると、維心を見上げて言った。

「まあでは、維心様はそれを見せてくださることがあるかもということですの?」

維心は、維月を見てから、慎重に頷いた。

「…もちろん、主にならば。だが、主以外にはならぬがの。」

「待て。」炎嘉が、遮るように言った。「思い出した。主、舞いで一度騒動を起こしておったのではないのか。我にも遠い記憶であるが…確か、まだ前世の皇子の頃のことぞ。我もまだ幼かったがあの事だけは覚えておるぞ。あの、物凄い力が地上を這って神世が大騒ぎになった…、」

維心は、いきなり立ち上がったかと思うと、維月を引きずって歩き出した。

「もう良い!用は済んだ、帰れ、炎嘉!」

炎嘉は、同じように立ち上がるとその背に憤って叫んだ。

「こら維心!何を勝手な、呼び出して置いて!」

「うるさい!」

維心は、止まることなくそのまま奥へと入って音を立てて戸を閉じた。十六夜が、あまりに急なことに咎めるのも忘れていたが、ハッとして炎嘉を見た。

「炎嘉。お前、何を言おうとしてたんだ?維心が、前世なんだって?」

炎嘉は、ブスッと膨れっ面で居間の戸を廊下へとズカズカ歩いて行きながら、答えた。

「あやつは舞いたくても舞えぬと言うておるのだ!あれの力が並大抵でないことは主にも分かろうが。あやつは前世、父王が舞うのを見て同じように庭で見よう見まねで舞っておって、かなりの数の神が死んだのだ。龍王に伝わる、破邪の舞いぞ。」

十六夜は、炎嘉に並んで歩きながら、目を丸くした。

「その舞いは知ってるが、死んだって?破邪の舞いなのに?」

炎嘉は、急に神妙な顔になって頷いた。

「破邪の舞いの力は凄まじい。なので、舞うと決まったら神世に告示され、神の王達は自分達に邪な気持ちなどないことを示すために龍の宮へ集った。そして、その目の前でその舞いを披露し、世の邪な物をその名の通り切り裂いて破壊した。そうして清浄な世の中にして、そこからの治世を穏やかなものにしようと歴代の龍王は考えたのだ。実際は、神の心の奥底に巣食うものまでは殺せなんだが、それでも表に出ておるものは消え去り、戦の種もそれで一時は消えたからの。」

十六夜は、まだ解せなかった。

「で、なんでそれで神が死んだんだ。」

炎嘉は、眉を寄せた。

「維心だからぞ。」十六夜は、まだ怪訝な顔をしている。炎嘉は続けた。「まだ子供であったあれが、父王に倣って庭でこっそり舞ってみたのだ。なに、子ならば誰もがやることぞ。我だって求婚の舞いを舞ってみたりしたことがあったからの。だが、維心の舞いはとてつもない力を持って、この地上を覆って行った。それこそ北のヴァルラムの土地まで影響したのではないか。その頃は交流もなかったし分からぬがな。そしてそれは、父王の力の比ではなかった。」

十六夜は、目を見開いた。もしかして…。

「まさか、心の底にあった邪なものってのも、消しちまったのか。」

炎嘉は、大きく一つ、頷いた。

「そうよ。」と息をついた。「あれで神世は一気に緊張した…維心の代になって、あれが破邪の舞いなどを舞ったら龍に叛意を持つ者などひとたまりもないことが分かったからぞ。まだ子供であってあの力。あの時は力は地上を覆ったが、心の中まで切り裂かれたのは龍の宮周辺だけだった。なので、死んだのもその辺りだけにとどまったが、成長した暁には恐らく全てが滅しられよう。龍に立ち向かおうとしていた誰もが無駄だと分かっていても、皇子の間に維心を消してしまおうと画策したものだった。あれが皇子の頃に刺客に襲われまくっておったのは、そのせいぞ。」

十六夜は、その威力の凄まじさを知った。破邪の舞いが悪い所をオールリセットすると碧黎は言っていたが、間違っていないのだ。そして、維心の代には一度も舞われていないと…維心は、自分の力を知っていたから舞わなかったのだ。

「そうか…だから維心は、一度も舞わなかったんだな。だから将維も、知らずに退位した。」

炎嘉は、頷いた。

「そういうことだ。だから維心が求婚の舞いなど舞ったら、維月どころか神世の女が大挙して龍の宮へやって来るのではないかと我は言いたかったのだ。それなのにあやつ、聞きたくないのか突然に去って行きおってからに。」

十六夜は、深刻そうな顔をした。

「…確かにな。あいつは維月が絡むと無理をしようとするだろう。舞いだって、恐らくこれまでそんなこんなでトラウマでも抱えてるだろうに、維月が少しでも自分を愛してくれるなら、なんて考えて、無理に舞うかもしれねぇじゃねぇか。困ったな…今にも奥で舞ってそうで…。」

炎嘉は、足を止めて十六夜を見た。

「だがあれは己の舞いの破壊力を知っておるからの。今まで舞っておらぬのだから、今すぐ維月に舞って見せるなどということはないであろうが、しかしこのように舞いのことが話題に上っておる時は分からぬ。しばらくは気を付けて見ておいた方が良いかもしれぬぞ。」

十六夜は、真剣な顔をして頷いて見せた。

「分かった。命に別状はないだろうが、あっちからもこっちからも維心維心と女が押し寄せたら、さすがに面倒なことになる。維月だってそんな強烈な術を受けて正気で居られるか分かったもんじゃねぇし。ちょっと引き返して、そこんところは釘を刺しとくか。」

炎嘉は、呆れたように肩をすくめると、また歩き出した。

「今はやめておいた方がいいのではないか?聞く耳など持っておらぬだろうよ。あれは意地になるゆえ。時を置いた方が良いわ。」

そうして、炎嘉はそこを去って行った。

十六夜は今来た道を振り返って、嫌な予感を消すことが出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ