魔法陣対魔法陣
維心は、憮然として居間に出て来ていた。
維月も、案じるように維心を見て居間で隣りに座っている。
十六夜の声が、言った。
《お前な、状況が分かってるのかよ。お前が知らせろって言ったんだろうが。不機嫌バリバリで出て来るな。》
維心は、それでも憮然とした顔のまま言った。
「分かっておるわ。もう奥へ入っておる時間だと分かっておっても知らせねばならないことであるのだな。」
維月は、横から言った。
「維心様、大切なことですわ。玲が、何日も寝ないで考えてくれたのですから。これで神世の結界は守られるのですから、とても良かったではありませぬか?」
維心は、維月を見た。
「それはそうやもしれぬが、聞いたところ、その魔法陣の動きは我の結界の魔法陣対策とあまり変わらぬようではないか。魔法陣全体を検知してそれを消し去るのだろう?」
十六夜の声は答えた。
《だからお前のは焼き消すんだろ?玲のは消し去るんだよ。だから結界を抜けることは出来ねぇ。お前の魔法陣対策の結界は、結局は神の気で作ってるんだからあの神の気用魔法陣には無効化されるんだが、それでもお前の気は強いから通ってく過程で焼くんだ。でも玲の奴はまっとうな仙術だから神の気を使わねぇ。仙人たちと同じように自然にある地の気を使うから、あの魔法陣に勝てるんだそうだ。何でも結界の内側からそれを貼り付けておくだけで、勝手に地の気を使って消すんだぞ。便利じゃねぇか。》
維心は、ふーっと息をついた。
「分かっておるわ。それを聞いて思うたが、やはりその原理だとあやつらは月の結界は抜けれぬな。地と月という自然の力に対抗する魔法陣を作らない限りは、あの魔法陣では抜けられぬのだ。」
そう言われて、十六夜は明るい声になった。
《お。まじかよ。こっちでも月は大丈夫そうだなって話だったんだが、いまいち決め手が無くて警戒してたんだけどよ。お前の話で確信が持てた。じゃ、すまないがお前、神世にこの玲の魔法陣を知らせてくれ。オレは、公青と翠明に知らせておくからよ。》
維心は、窓から見える三日月を見上げて、頷いた。
「分かった。夜遅いと言うてられぬし、すぐに臣下に遣いを放たせるわ。して、義心はどうだ?どこまで行っておるか主、見えるか?」
十六夜は、少し黙った。義心を探しているのだろう。それから、言った。
《…ええっと、北へ向かってるが、止まってるな。どうも、まだ奴らが隠れ家へ到着しねぇらしい。大きな箪笥を持った二人の男だが、見つけては居る。だが、お前はそいつらが黒幕の所へ帰って黒幕の隠れ家を見つけてから知らせろって言ったんだろ?だから様子を見てるだけなんだよ。》
維心は、息をついた。
「なぜに止まるのよ。先へ進めぬか。」
十六夜は、また少し黙った。そして続けた。
《…うーん、なんだか具合が悪いみたいだぞ?両腕に怪我してるみてぇだ…っていうか、結構えぐれてるな。うわっぐろー。見たくなかった。》
維月は、顔をしかめた。
「ちょっと十六夜、やめてよ。思わず私も見ちゃったじゃないの。」
維月は、同じ月なので十六夜の見ているものを見ようと思えば見えるのだ。維心が言った。
「主らな、これは真剣な戦いなのであるぞ?なんぞ、遊戯でもあるような言い方を。」
十六夜が抗議するように言った。
《お前は自分で殺してくんだから見慣れてるのかもしれねぇが、維月やオレは見慣れてねぇの。昔蒼が人だった時にしてたホラーゲームのゾンビの腕みたいなんだもんよー。》
維心は、ため息をついた。
「それは我の気に焼かれたからぞ。我が龍しか知らぬ術を、また同族の龍が使わねば、その傷は癒えぬ。どんどんと身を浸食して腐り落ちて参る。だからであろうな。」
十六夜は、げーっと嫌なものを見た時のように言った。
《お前の気ってえげつねぇな。戦場でお前の気にちょっとでも当たったら苦しんで死ぬってことかよ。生き残れねぇじゃねぇか。》
維心は、首を振った。
「いや、そういう風に気を使った時だけそうなるのだ。我の結界に焼かれたらそうなるようにしておるのよ。全部が全部そうではないわ。そこまで気を遣っておったら疲れるではないか。」と、息をついた。「しかし困ったの。そやつらが黒幕の居る場所へ誘導せねば、子を助けてそれで終いぞ。あくまでその元凶を叩かねばならぬのに。」
十六夜の声は、困ったように言った。
《義心に治させるか?でもつけてるのがバレるだろうが。》
維心は、考え込むような顔をした。
「もうしばらく様子を見るしかないの。義心なら子の安全だけは見ておるであろうし、まあ子のことは案じることは無うなったと公青にも知らせておくが良い。」
十六夜の声は、呆れたように答えた。
《だからそんなに義心を信頼してるんなら、ちょっとは維月に…、》
「ならぬというに!」維心は、また不機嫌になった。「もう良い、引き続き見張るように申せ。ではの。」
十六夜の声も、不機嫌になった。
《へえへえ、お偉い龍王様だもんな。月を自由に使うなんざ、お前にしか出来ねぇよなあ。》維心がぐっと黙ったのを見てから、十六夜は続けた。《オレは空気読めるから今は言うこと聞いてやるが、後で覚えとけよ、維心。前にも言ったが、オレはお前の臣下じゃねぇ。好き勝手言ってたらお前が一番恐れてることが起こると思いな。》
「ちょっと待て十六夜…、」
維心がまずい、と感じて言い訳しようとするが、十六夜の声は一方的に消えた。聞くつもりが無くなったら、本当に聞かないでいられるのが十六夜なので、もうこちらの言うことなど聞いてはいないだろう。
維心が、フッと息をついて肩を落とすと、維月が横から気遣わしげに言った。
「維心様…今は十六夜もいっぱいいっぱいで、いろいろとイライラしておるのだと思いますの。すぐに機嫌は直しますから。ご案じなさいますな。」
維心は、維月の手を取って立ち上がりながら、言った。
「それなら良いが、あれは怒ると何をしよるか分からぬからの。前世から…主をいきなり連れ帰ったり。あれが怒るのも分かるのだが、つい、の。」
維月は、苦笑した。
「維心様には命じたことしかあられないのですから、しようがないのですわ。また機嫌が直ったら十六夜に申してみますから。もう本日は休みましょう。」
維心は、頷いた。
「そうよな。それにしても…いろいろと、気が重いことよ。」
そう言いながら、維心は維月を連れて、奥の間へと戻って行ったのだった。
その頃、公青と明蓮、紫翠は、揺れの止まった箪笥の中でじっと外の様子を伺っていた。
何分か前、まるで落とされるように地上へと置かれたのが分かったが、それっきり、持ち上げられることもなく、そこに置かれたままになっている。
休憩なのか何なのか、外の様子は窺い知れなかった。
《のう…夜に移動と申して、これほど休んでおったら見つかるのではないのか。本来なら、夜のうちに移動し終えようと急ぐはずぞ。あの二人は屈強そうであったし、あれぐらいの時間でバテるとも思えぬが。》
公明が念で言うと、明蓮も頷いた。
《我もそのように。疲れると申して軍神がたかが子供三人運んだぐらいで休むというのはおかしい。》と、箪笥に手を置いた。《…外の様子は気取れぬな。やはり膜のせいか。》
紫翠が、うつらうつらしていたのだが、目を開いて言った。
《ねむいのではないのか?我はねむいぞ。力を使い過ぎたら、ねむくなるのだ。さっき屋敷で暴れたゆえ…》
明蓮は、紫翠に頷いた。
《主は寝ておってよいぞ。赤子は気を消耗しやすいのだ。何かあったら我らが起こす。眠れる時に寝ておくのだ。》
紫翠は、頷いてすぐにまた目を閉じた。途端にスース―寝息が聞こえる。この状況でこの寝つきの良さは、さすがは赤子だった。
《赤子の世話などしたことがない。こやつ、誠に乳無しで大丈夫なのか?いきなり死なれたら寝ざめが悪いのだが。》
明蓮は、公明を見た。
《案じるでないわ、我が知っておる。妹が生まれるからと育児書を母上と共に読んだ。全て頭に入っておるわ。気が足りぬなら、己のを与えたら良いのよ。指をくわえさせて、そこからそっと気を放てば終いぞ。紫翠が気を消耗し始めたら、主もそうせよ。我では、そうそう気を与えられぬのだ。主は身が我より大きいのだから、少しぐらい大丈夫であろうし。》
公明は、どこまでも真面目で勤勉な明蓮に、恨めしそうな顔をした。
《主は…誠に何でも知っておるの。》
《たまたまぞ。我とて妹が生まれなんだら知らぬところよ。》と、箪笥の内側に耳を当てた。《…待て。何か話しておる。》
公明は、それを聞いて慌てて自分も明蓮と同じように箪笥の板に耳を当てた。
簾と律の低い声が、ブツブツと聞こえて来た。




