気配
物凄いスピードで炎嘉は飛んだが、維心はその炎嘉に難なくついて行き、そして義心も炎嘉の軍神の嘉楠も、いつもの事なので軽々ついて来ていた。
そんなわけで維心も炎嘉も後ろを振り返りもせずに、目的地へと到着した。
炎嘉が速度を緩めてうろうろとして下を見始めたので、維心もその場に浮いた。
「この辺りか?」
維心が言うと、炎嘉は頷いた。
「あの辺りに残っておるが…」と、木々の間へと降りて行く。「お。」
炎嘉は、下から維心に向けて手を振った。
維心は、それを見てすーっと炎嘉の居る場所まで降りて行った。
そこには、小さな屋敷があったが、シンと静まり返っていて、何の気も感じられない。維心がじっとその屋敷を見ていたが、言った。
「…気を遮断する膜は無い。ここは無人ぞ。」
そう言って、屋敷の方へと歩いて行く。
炎嘉は、その後ろをついて歩いて行った。
屋敷の中は、維心が言った通りもぬけの殻だった。
それでも、まだ少し気の残照があるような感じがする。部屋は、入った所に一つ、奥に二つほどだったが、炎嘉は迷わず奥の部屋のひとつへと足を踏み入れた。
「ここぞ。」炎嘉は言って、その辺りを指さした。「この辺りから、西へと流れておるが、ただの残照であるし消えかかっておる。意識的に放ったものであるから、こうして強く残っておるのだろうが、今は放っておらぬのか気取れぬな…」
炎嘉は、考え込むようにして周囲を探っている。
維心は、鳥族の周波数どうのが気取れなかったので、その部屋を見回した。辺りの厨子やら褥やらがバラまかれてぶつかって壊れ、大変な惨事になっていた。
それでも、そこにある大きな籠はあちこち飛んだ様子もなく、中に褥らしき物が敷かれたままになっている。
維心は、そこを覗き込み、それがまだ真新しく廃れてもいない布であるのを見てとった。
「…確かに、ここに赤子が居ったのだろうの。この籠は、恐らく赤子を入れておったもの。」
義心が、あちこちひっくり返して調べていたようだったが、戻って来て膝をついた。
「王、どうやら二人が居たようでございます。あちらに、僅かながら二人分の血液が。」
維心は、眉を寄せた。
「案内せよ。」
義心は頷いて、先に立って入口前の部屋へと出て行く。維心は、その後ろについて行くと、そこには粗末な椅子が二つ、向かい合って置いてあり、テーブルの上には、賭け事に使うような形の違う石が幾つか転がっていた。酒瓶が床に二本ほど転がり、盃はテーブルの上に二つ。そして、その近くに確かに血痕が残っていた。
維心は、その上に手を翳した。
「…確かに二人。腕を怪我して治っておらぬということは、我の結界に焼かれたの。ならばその腕、そろそろ腐り始めておろう。我の気を受けて、龍の手当なく無事で済むことはない。」
義心は、頭を下げた。
「は。では、気を探れずともこの血の匂いを辿って参れば、行先は知れようかと。」
維心は、頷いた。
「軍神を使え。主はそれについて行き、居場所を突き留めたらその場に留まれ。報せは月へ。十六夜には言うておく。」
義心は、また頭を下げた。
「は!御意!」
義心は、すぐに出て行った。
炎嘉が、隣りの部屋から出て来て言った。
「手がかりぞ。赤子でもやればできるではないか。さすがは鳥族よ。」
維心は、ちらと炎嘉を睨んだ。
「鳥ではなかろうが、鷲ぞ。」
「同じようなものよ。」炎嘉は涼しい顔で言った。「ようは人で言うたら日本人か中国人かといったところぞ。仕えておる場は違うし血も確かに違うが、しかし元は同じようなもの。分かっておってもお互い意地がある。そういうことぞ。」
維心は、顔をしかめた。
「そういうこととは何ぞ?人は皆人であろうが。分からぬわ。ではな、炎嘉。我は行く。また連絡するゆえ。」
炎嘉は、頷いた。
「頼んだぞ。我も調べさせておく。」
そうして、炎嘉も嘉楠を連れて南へと飛び立って行ったのだった。
その頃、綾も同じように紫翠の「糸」を見つけていた。
翠明がそれを知らされて急いで向かった先には、もはや何も無く、しかしいつも紫翠に使わせていた褥の布が残されているのが見つかった。
「なんと…誠紫翠はここに居ったのだ!」翠明は、叫んで屋敷から飛び出すと、上空へと上がって気を探り、あちらこちらを見渡した。この辺りは、龍の結界の南西に当たり、ここより西に龍西の砦、南に龍南の管理地がある。龍の西の砦は虎の宮跡地、龍南の砦は鳥の宮跡地と聞いていた。
「…どう考えても、ここから賊が逃れて行ける場所と言うたらここより北から東辺りしかない。他は強い結界があって、当然のこと強い王が守っておるから、いくら結界を抜けられたとしても潜むことなど出来ぬだろう。」
「よう分かっておるではないか。」翠明は、急に自分の上から降って来た声に驚いて構えて見上げた。そこには、龍王が浮いていた。「これほど迅速に来るとはの。主には鷲の周波数は分かるまい?綾か。」
翠明は、慌てて頷いた。
「維心殿!知っておられたか、その通りよ。綾が、紫翠の周波数がこちらから来ると見つけたゆえ、ここまで来た。だが、遅かったようよ。やはり、気を遮断する膜のせいで分からなんだものが、それが無くなってゆえ分かったのか。」
維心は、首を振った。
「いや、恐らくは紫翠はずっと前から綾に向けて周波を送っておったのだろうの。それが、届かなんだだけぞ。気を遮断する膜は、鳥族特有の周波数を遮断することは出来ぬ。なので、それが使える紫翠と綾は、大変に有利なのだ。我も炎嘉に言われてそれに気が付いて、こうしてここまで調べに参った。炎嘉が先ほどまでここに居って、我に気取って知らせてくれたのでな。あれは南へ帰ったが、面倒な輩を探すために調査しておるはず。我は、主が近付くのを気取って着くのを待っておったのだ。」
翠明は、維心を見上げた。
「ならば、我は何をすればいいのか教えて欲しい。紫翠は無事であるということよな。あれは、いったい何に利用されようとしておるのだ。」
維心は、それには首を振った。
「分からぬ。だが、恐らく嬉しくない事態が起ころうとしておるのだ。のんびり構えられては子が案じられるゆえ、我はあれらを追い詰めようとしておる。子の事は、我らに任せよ。今は、主らに出来ることは無い。下手に動かぬ方が良い。いよいよの時は、呼ぶゆえ。綾には、周波を放って紫翠を元気づけてやるように申せ。綾からは気取れずとも、恐らく紫翠からは綾の位置が分かっておって、母の周波を受けておるはずよ。それから、一緒に捕らえられた二人は成人顔負けの利口な子だと知らせてやるが良い。紫翠は、恐らく二人に守られて生き残ろうと努めておるはずよ。」
翠明は、薄っすらと涙ぐんだ。己の子が、そんな目に合いながらも幼い姿で必死に耐えているのかと思うと、さすがに哀れに思ったのだろう。
だが、次の瞬間には持ち直して、維心に頭を下げた。
「感謝し申す。紫翠のこと、くれぐれもお願い致す。」
維心は、頷いた。
「神世にとって貴重な賢しい命達よ。失う訳には行かぬ。」
翠明は、それを聞いて微かに頷き返すと、くるりと踵を返した。
「宮へ戻る!」
そうして、軍神達を引き連れて、帰って行った。
維心は、義心からの報告待ちだと龍の宮へと単身戻って行ったのだった。
月の宮では、蒼が暗い顔をして自分の居間で座っていた。
窓からは、三日月が見える。だが、蒼にはその月の暗い部分、つまりは、影の部分もハッキリ見えるので、相変わらず月は丸く見えていた。
その月から、十六夜が言った。
《…維心が、明蓮達が捕らえられていたらしい場所を見つけたって連絡があった。炎嘉が来て鷲の周波を見つけたらしいんだが、そこへ行ったら誰も居なくて、もぬけの殻だったんだと。でもってその男達ってのが、実行犯らしいんだが、維心の結界で焼かれた傷が治ってねぇのか出血してて、その血の匂いを追って行けると義心と軍神が追ってるんだと。隠れ家を見つけたらオレに言うから、知らせろってさ。オレは携帯電話かっての。》
そう言いながらも、十六夜の声も暗かった。
蒼は、頷いた。
「とにかく、そっちだけでも解決してくれなきゃな。きっと維心様が舞うってのを聞きつけて動き始めたんだろうし。黒幕を捕らえて何をするつもりなのか問い質さないと、これからだって安心してられないだろう。」
十六夜は、頷いたようだった。
《あまりにもあっちこっちでいろんなことがあり過ぎて、オレも正直気持ちがもたねぇ。お前は奏に会いに行かなくていいのか?蒼。》
蒼は、首を振った。
「王は宮を離れるべきじゃないだろう。特に、こんな時は。月の宮の結界が大丈夫かどうかなんて、まだ分からないじゃないか。新月が居るんだ。オレも王の責務を真面目にこなして、それを見せなきゃと思ってるからな。」
十六夜の声は、同情したような感じに変化した。
《お前…無理するなよ。新月だって、別にお前がお前ならそこまで望んでないと思うぞ?自然なお前でいいと思う。気を張ってたら、ここに新月が留まる時疲れちまうぞ。》
蒼がどう答えようかと思って考えていた時、いきなり居間の戸の外から声がした。
「王!玲です、魔法陣が出来ました!あの、魔法陣に反応して消し去る魔法陣です!」
蒼は、驚いて扉を気で開いた。
「入れ!見せてくれ!」
玲は、フラフラの状態で居間へと入って来た。
十六夜も、固唾を飲んだのが蒼には分かった。




