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潜伏場所

公明は、ハッと目を開いた。いつの間にか、ウトウトとしてしまったらしい。

その屋敷では、また夜を迎えていた。

時が過ぎるのだけは分かる…上にある窓から、日が差し込むからだ。

それでも、その光は膜を通って来るので少し黄色い色がついていた。

ここへ来てから、誰もこの部屋へ入っては来なかった。誰かが入って来る時に開く戸の向こうを見てやろうと思っていた公明だったが、そんなわけでそれは果たされていなかった。

明蓮は、部屋の隅にじっと座って何かを考え込んでいる。その様は、あれほどに小さな子供なのにまるで父の公青を見るようで、公明は劣等感を持っていた。自分が一番だと思っていた己が恥ずかしく、もしも宮へ戻れたならば、もっと軍神の話も聞き、西の島以外の歴史も、そして仙術のこともしっかり学ぼうと思っていた。

ふと、明蓮がこちらを向いた。

「…公明?まだ休んでおって良いぞ。今宵も何もないやもしれぬし、疲れておるのではないのか。」

公明は、まるで兄のような言いようだな、と思いながら答えた。

「主こそよ。いくら賢しいというてまだ身は幼いのだからの。そう何日も眠らず居れぬだろうが。」

明蓮は、首を振った。

「昼にいくらか眠った。それに、眠りの制御は父に教えてもろうたから出来る。主、出来ぬようではないか。」

公明は、顔が赤くなって来るのを感じた。確かに、そんなことはまだ教えてもらっていない。だが、軍神家系の子である明蓮は、軍神の父からいろいろなことを教わっているのだろう。龍の宮の軍神は、確かに厳しい序列争いの中で生きていると聞いている。だからこそ、己の子には幼い頃からいろいろなことを自然に出来るように教えるのだろう。

「…我は…井の中の蛙であるな。」

公明が苦々しい口調で呟くのを聞いて明蓮は、少し驚いたようにこちらを見た。

「何を言うておる。主は皇子であろう?ならばまずは政務のことを習うであろうし、我らのように早くから戦うことなど想定されては居らぬだろう。それが臣である我と、王族の主との違いぞ。我らは、王を守らねばならぬ。いくら幼くても、家長である父が戦で居らぬようになれば、次にその任に就くのは我ぞ。いつそのようなことになっても我が困らぬようにと、父が幼い頃から我を仕込んでおるだけのこと。軍神は、いつ任務で散るか分からぬからの。」

公明は、恨めし気に明蓮を見た。

「主は優秀過ぎるのだ。我の宮の軍神の子など、そこらの庭で走り回っておるわ。眠りの制御など成人近くならねば出来ぬものと思われておって、親が幼い子に教えることなどない。我は西の島しかまだ知らぬで育っておって、主がそちらの地の普通であったら、愚かよと罵られても返す言葉もない。」

明蓮は、困ったように言った。

「先ほども言うた。我は賢しいと言われておった。なので、普通ではないと思う。だが、父上の友も、己の子には分からぬとは思うても早くからいろいろなことを教えておくのだと言うておったものよ。それが理解出来ておらぬでも、教えるのが親の義務、というのが我らの地の考えのようぞ。我は、理解出来たので使っておる。それだけぞ。」

公明は、じっと明蓮を見た。

「我も、そのような親が居ったら良かった。父上は、いろいろなことを知っておるし主らの地との道を開いた聡明な王ぞ。そちらの王達とも対等に渡り合っておる。だが、我はいつまで経っても子供扱いで、まだ早いと教えてもらえぬことが多い。」と、ずいと明蓮に寄った。「のう、無事に帰ったら、我を主の屋敷にしばらく置かぬか。共に学べば、我だって主ほどにいろいろなことが出来るようになろう。我だって、学びたいのだ。」

明蓮は、それには戸惑ったような顔をした。

「このような場であるから対等に口をきいておるが、主は王族であろうが。それが、一介の軍神の屋敷になど来てどうするのだ。どこかの宮にせよ。父上だってどうしたらいいか分からぬわ。」

公明は、それでも諦めずに首を振った。

「知らぬ宮などに行ってもそこの王や皇子が愚かであったら我の学びにならぬではないか。主の屋敷なら父も序列は高いしあり得ぬことではないわ。そうしようぞ。我から父上に申す。」

明蓮は、それこそ困っているようだったが、仕方なく言った。

「…我は王のご意思に従うゆえ、王が許可されたならしようがないやもの。」

紫翠は、今は眠っていた。何と言ってもまだ赤子なので、長く周波とやらを放っていたら、疲れてしまうらしい。

明蓮が満足げにしている公明にフッと息をついて窓を見上げた時、何の前触れもなく、いきなり戸が開いた。

「!!」

公明も明蓮も、驚いてそちらを見る。

すると、そこにはあちこち擦り切れた黒い甲冑を着た、がっちりした小山のような体の男が二人立っていた。

「…ここへ我を連れて参った男ぞ。」

明蓮が、口を微かに動かして言った。公明は、その男を睨んだ。

「母上を刺した男だ。」

どうやら、この二人が実行犯らしい。

その二人の両腕には、治りきらない火傷の跡のような物があった。通常、神にとって火傷など大した傷ではなく、さっさと治すことが出来る。だが、神の気に焼かれたものは、その力が強いほど治りにくいと言われていた。

緊迫した空気に、紫翠が目を覚ました。

「…ははうえ…。」

明蓮は、いけない、と思って、紫翠になだめるように言った。

「紫翠、案じるな。我らが居る。」

紫翠は、事態を悟ったようで、起き上がって、固まった。じっと黙ってこちらを見ていた男が、口を開いた。

「まだ名乗ってもおらなんだの。主らの事はよう知っておる。どれほどに賢しいのかもの。我は、(りつ)。こちらは(れん)。これより主らを、我らが(あるじ)の元へ連れて参る。面倒なことを考えずでついて参るが良い。我らは主らを殺すことは出来ぬ…だが、傷をつけることは出来るぞ。赤子など一撃ぞ。瀕死であろうと生きておったら良いと言われておるのだ。それをようよう考えて無駄な足掻きはせぬことぞ。」

公明は、ちらりと明蓮を見た。明蓮は、じっと険しい目で律という男を睨んでいるだけだ。

ここは、じっとしていた方がいいのか。

公明はまた視線を律へと向けた。

すると、その背後に立っていた簾という男が、大きな扉の着いている箪笥のようなものを持って来て、床に倒して置いた。そして、顎を振った。

「これへ。三人入ると手狭であろうが、大きいと面倒ぞ。」

明蓮は、それを見てから、言った。

「どこへ連れて参る。」

律は、フッと口を歪めて笑った。

「今言うた。我らが主の元ぞ。ほら、さっさと入れ。」

その男は、刀を抜いた。

どうやら、本気でこちらに傷をつけようと思っているらしい。

公明が明蓮を見ると、明蓮は、仕方なく頷いた。公明は、こんな男達の言いなりになるのが腹が立って仕方がなかったが、まずは無事で居なければならない。

黙ってその箪笥へと入って胡坐をかいて座ると、明蓮が、紫翠を振り返っているのが見えた。

「紫翠、己で動けるか。こちらへ参れ。」

紫翠は、まだ歩くのは得意でないのか、気で軽く浮いた状態で、明蓮を見上げた。

「われは、いかぬ。ははうえのところへかえる。」

明蓮は、急いで紫翠を引っ張った。

「ならぬ。ここは共に。そら、こちらへ。」

紫翠は、驚くような力で、明蓮を振り払った。どうやら、気を使っているらしい。

「いやだ!ははうえー!」

「紫翠!」

明蓮が止めようとしたが、紫翠が気を暴走させて辺りにはその辺にあった厨子やら褥やらが巻き上がって飛び回った。

公明は、必死に飛んで来る厨子を避けて伏せた。

「この餓鬼が!」

律は、手を上げて気の拘束を放った。その手から帯のように出た光は、小さな紫翠に巻き付いて、簡単に締め上げた。

「う…う…!」

紫翠が、じわじわと絞めあげられて苦し気な声を上げる。顔が赤くなってきていた。

「やめよ!まだ赤子であるのに!」

明蓮は、律に飛びついた。まさかいきなり横から明蓮が飛びついて来るとは思っていなかったらしい律は、後ろに向かって倒れ、気の拘束はフッと消えた。

「放せ、この餓鬼!」

明蓮は、律に振り払われて床を転がって壁に叩きつけられた。

「明蓮!」

箪笥の中から立ち上がって明蓮の元へ行こうとした公明を、律が睨んで手を翳して止めた。目の前で、いつ気を放つか分からない神の手を見て、公明はそのままそこで固まった。

「ぐ…、」

明蓮は、起き上がろうとうつ伏せから四つ這いの形になる。その明蓮に歩み寄った簾が、その背をがっつり掴んだ。

「小童が。いくら気を多く持っておっても使い方を知らねばこの有様ぞ。おとなしく入れ!」

そう言って、公明の居る箪笥の中へと明蓮を投げ入れた。どさり、と自分の足元に落ちた明蓮を、公明は急いで助け起こそうとした。

「明蓮…!どこか傷つけたか…?」

しかし、明蓮は答えずそのままぐったりとしていた。紫翠は、自分のせいで明蓮がそんなことになったのが、分かったらしい。茫然と床に座り込んでいたのを、また簾が掴んで箪笥へと放り込んだ。

「フン、おとなしくしておればよいものを。まあ少しは胸がすいたわ。」

律はそう言って、箪笥の戸を閉めた。

真っ暗な中、箪笥の戸の隙間から漏れるのは、またあの、黄色い色の膜の、断片だけだった。

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