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浄化

それから一週間後の龍の宮では、維心が政務を終え、居間へと戻って来たところだった。

いつものように入って行くと、維月が立ち上がって維心を見て笑いかけた。

「お帰りなさいませ。」

維心は微笑んで、手を差し出した。

「今帰った。留守中変わりないか?」

いつものことだが、朝出て行ってから午前中ほんの4時間ほどしか離れてはいなかった。なので、維月はいつものように答えた。

「はい。本日は炎嘉様がいらしてくださるということですので、十六夜ももう降りて参るのではないかと思っておりまするわ。」

維心は、ため息を付きながら維月を椅子へといざない、正面の椅子へと並んで座った。

「主らが舞いのことを聞きたいと申すからの。とにかくは昔の記憶を辿って語ってくれと書状を送っておいたのだ。炎嘉のことであるから、覚えておらぬやもしれぬぞ。何しろ、我らと同じように一度死んだ、鳥族の王の頃の記憶であるから。我だってあまり意識しておらぬ前世の記憶を問われても、思い出すまで時間がかかるかと思うがの。」

維月は、驚いたように維心を見上げた。

「え、維心様でも忘れてしまわれておることがあるのでございまするか?」

維心は、苦笑した。

「あのな維月、我は前世1800年生きたのであるぞ。今生400年近く。全てをしっかりと覚えておるかは疑問であるわ。確かにそのうち思い出すやもしれぬが、膨大な記憶であるからの。」

維月は、確かに、頷いた。

「確かにそうですわね。あまりにすんなりと何でも思い出されるので、全て完璧であられるのだと思ってしまいましたわ。」

維心は、維月の肩を抱いて、微笑んだ。

「わかっておろう、我は完全無欠ではないのだぞ?主のことなら前世今生と忘れた事など何一つないがな。」

維月は、微笑み返して維心の頬を両手で挟んだ。

「まあ維心様…誠でありまするか?もう長く共でございますのに…」

維心は嬉し気に維月に唇を寄せた。

「我が偽りを申したことがあるか。主に偽りなど恐ろしゅうて申せぬわ。」

そうして維月に口づけた時、窓の方から声がした。

「またかよ。いつ来てもベタベタベタベタしやがって。お前らほんとに飽きねぇな。感心すらあ。」

維月が、パッとそちらを振り向いて明るい顔をした。

「あ、十六夜!蒼の用事は終わったの?」

十六夜が、歩いて入って来ながら維月に手を差し出した。

「ああ、あっちは平和だからな。親父が面白がって気が向いたらしくて、最近宮の会議に出て来るんだよ。何も発言しないが、じっと聞いてるもんだから蒼以外の奴らは固まっちまって。スムーズに会議が進むから時間が掛からなくていいって蒼は言ってたけどさ。」

維月は、立ち上がって十六夜の手を握った。

「まあお父様ったら、神のことは神に任せておくのが良いとか申されて、会議には出て来られなかったのに。きっとお父様もお母様がいらっしゃらないし、時間を持て余していらっしゃるのではない?」

十六夜は、うーんと顔をしかめた。

「どうかなー親父だけはよくわからねぇからな。何か他に考えがあるのかもしれねぇし。」

すると、維心がぐいと維月を後ろから引っ張った。

「こら。いきなり来て宮の主に挨拶もなく妃を腕に抱きおって。」

維月が、ハッとして慌てて維心の方へと戻った。それを見て十六夜が、不機嫌な顔をした。

「だーかーらオレの嫁でもあるんだっての。ま、ここはお前んちだから譲ってやらあ。」

維心は、ホッとして維月を腕に椅子へと座りなおす。

すると、勢い良く居間の大きな両開きの扉が開いた。維心、維月、十六夜がびっくりしてそちらを振り返る。この宮で、こんな無粋な神など居ないから、今までこんな風に入って来る者は居なかったのだ。

「よ!維心!我と昔語りしたいなど、主も歳を取ったの!」

炎嘉だった。

炎嘉は、別だった。炎嘉だけはいつもこんな風にいきなり来るのだ。

維心はいつもなら散々文句を言うところだったが、今回は自分が呼んだのできつく言う訳にもいかない。しかし、むっつりと不機嫌さを前面に押し出した顔で炎嘉を見た。

「炎嘉。いくら旧知の仲でも少しは礼儀をわきまえぬか。主は最上位の宮の王であろうが。」

炎嘉が、機嫌よく笑っていたのにみるみる口をへの字に曲げた。

「何ぞ、せっかくに機嫌よく出向いてやったというのに。主が昔の記憶を語ってくれと申したのではないのか。なので忙しい中足を運んでやったのであるぞ。」

維月が横から申し訳なさげに言った。

「あの…私が維心様にお頼み申したのですわ。」

それを聞いた途端、炎嘉がすぐに表情を変えた。

「おお維月、主が我と昔語りしたいと?」と、手を取った。「主の前世と申すと我との最初の夜のことか。ならば主が南へ参れば良かったのに。このように維心と十六夜が居ったら、邪魔が入るではないか。」

維心が、慌ててその手を払った。

「違うと言うに!維月がそんな頼みを我にするはずがなかろうが!」

炎嘉は、訝し気に維心を見た。

「今維月が己の口から我に申したではないか。」

維心がぶんぶんと首を振って言い返そうとしたが、十六夜が見かねて口を挟んだ。

「別に茶ぁ飲んで昔話しようって呼んだんじゃねぇよ。親父から聞いたんだ。お前、前世鳥の宮へ人が献上した浄化の舞いってのを覚えてるか?」

炎嘉は、すっと真顔になった。そして目を細めると、遠い目をした。

「…そうか。あれをの。」と、側の椅子へとどっかりと座った。「碧黎は我からあれを習えと申したのか。」

維月が、頷いた。

「はい。対の舞いであったし、私達に合うのではないかと。十六夜とも、知っておいて良いのではと話し合いまして、炎嘉様にこうして来て頂いたのですわ。」

炎嘉は、頷いて肩肘をついてそこへ顎を乗せた。

「人の舞いであったし、我には他にもいろいろと献上して参っておったから、全てを覚えておるわけではないのだが、浄化の舞いだけはよう覚えておる。あれは人が舞っておるのに、それはよう出来た型でな。毎年決まった時期に献上するので、その時には近隣の宮から神を招いて宴を催しておった。そして、舞いを眺めながら酒を飲んでおったものよ。月を背にそれは美しいものであったわ。」と、維心を軽く睨んだ。「こやつも毎年招いておったのに、滅多に宮から出て来ぬ奴でついに見ず終いよ。ま、他の宴などには引きずってでも連れて参ったりしておったし、それは良いが。」

維心は、不愛想に言った。

「我は何も興味が無かったからの。しょっちゅう宴だ何だと遊び回っておる主らの心持は我には理解出来ぬわ。」

炎嘉は、いーだをするように唇を横へひき、歯を少し見せた。

「面白味が無いヤツよの!そのせいで維月に舞いを教えてやれぬくせに!」

維心は、痛い所を突かれて、うーっと唸った。

「炎~嘉~!」

維月が、慌てて割り込んだ。

「あの、炎嘉様!それで、浄化の舞いとはどういったものでしょうか?」

炎嘉は、維心に何か言いたそうにしていたが、睨むだけに止め、維月に向き直った。

「全て同じ。鏡を見ておるような型でな。」と、足を後ろへと踏み出して皆と距離を取った。「見ておると良い。片方の舞いを舞って見せようぞ。この間隔で、扇を打って拍子をとってくれぬか。」

炎嘉は、パン、パン、と一定間隔で膝を打ってその間を伝える。

十六夜が、ゴクリと唾を飲んだ。

「オレ達は何でも模倣出来るけどよ、一度で覚えると思うと緊張するな。」

維月は、フフと笑った。

「十六夜、覚えててよ?私、そういうの覚えが悪いから。」

十六夜は、余計に眉を寄せた。

「プレッシャー掛けるなっての。」

そんな二人の横で、維心がニコリともせずに炎嘉を凝視した。

炎嘉は、それに構わずスッと扇を胸元から抜き取ると、それを開いて自分の前で顔を隠すように構え、そうして、言った。

「では、拍子をとってみせよ。」

十六夜が、維月から受け取った扇を手に、炎嘉に倣って音を出す。

炎嘉は、静かに舞い始めた。

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