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破邪の舞

維月は、不安げに月を見上げて維心の居間の窓際で佇んでいた。

維心は、内宮で義心達と協議しては対処してと繰り返し、まだ戻って来ていない。維月が奏に治癒の者達を送る段取りをしている間に一度居間へと戻って来たようだったが、また出て行って臣下との臨時会議だ何だと宮の中をあっちこっち飛び回っている。

十六夜は、蒼と奏の様子を見るために月の宮や公青の宮の方にばかり意識をおいているようで、こちらには全くだった。話し掛ければ答えるのだが、心ここにあらずなので何かを知らせてくれるまでこちらからは話し掛けない事にした。

そうして、あっちこっち心配なことが点在する状態に維月が座っていることも出来ずにウロウロしていると、居間の戸が開いて、維心が入って来た。

「維心様!」

維月は、思わず駆け出して維心に飛びついた。維心は、疲れているようだったが維月を抱きとめた。

「維月…」と、抱きしめてから、離して言った。「すまぬの、時が掛かった。いろいろと段取りを付けねばならぬで。」

維月は、首を振った。

「私のことはお気になさらず。それで、明蓮は…?」

維心は、息をついて維月を正面の椅子へといざなった。そして、そこへ並んで座ると、言った。

「まだ見つからぬ。しかし、もしやと思うての。主、陰の月の力が使われたら気取れるの?」

維月は、戸惑ったように頷いた。

「はい…ですが、維心様も常申されておりまするが、月の力は自然過ぎて、いくら己の気と同じでも気取るのが難しい時がありまする。常の夕刻なら、皆が屋敷内などに入るので外が静かで、気取ることは容易でありまするが、今のように軍神などが出払って騒がしい時や、昼間などは気がかき消されて気取るのは難しゅうございます。十六夜も、同じかと。」

維心は、息をついた。

「そうか。そうであろうの。まして血が薄まって僅かな気であったら、尚の事であろうな。」

維月は、不安げに維心を見上げた。

「それは…明蓮が、維心様の結界を抜けようとするということですの?」

維心は、渋々ながら頷いた。

「新月の時のことを考えてみよ。明蓮も、(さか)しい子であった。騙されておるのやもしれぬ。普通の子であったなら恐怖で泣き叫ぶもの。だが、あれらはなまじ賢かったゆえ、黙って連れて行かれておると思われる。もし、己の体の中に流れる僅かな月の命に気付いたら、それを使って結界を抜けようとしよるかもしれぬのだ。」

維月は、口を袖で押さえた。では、明蓮は…居なくなった公明も、それに紫翠という幼い赤子も、同じ場所へ集められようとしているのだろうか。誰が、どうして…?

「…なぜに、罪もない子供を。新月のように、長く離れて過ごすなどということがあっては…。無事で居るのか、親はずっと苦しまねばなりませぬ。神世の争いに巻き込まれる幼子など、維心様の御代に居ってはならぬのに。」

維心は、ふさぎ込む維月を抱き寄せながらため息をついた。

「我一人が面倒でも知らぬふりをして、監視さえしておったら良いと思うて、世を乱す輩を見逃しておったのが悪いのだ。やはり、甘やかせてはならぬ。我の代ならば、我が守らねばの。」

維月は、下を向いた。

「やはり…戦に…?」

それには、維心はすぐに首を振った。

「そうはならぬ。」維心が即答したので、驚いた顔で見上げた維月に、維心は微笑した。「案じるでない。戦になど、なる時も与えぬわ。」

不敵に笑う維心に、維月は少し、不安げにした。維心がそれに気付いて更に口を開きかけると、戸の外から声がした。

「王。兆加でございます。縫製の(さい)を連れて参りました。」

維月は、この夕刻に?と驚いた顔をしたが、維心は当然のように言った。

「入るが良い。」

すると、その言葉通り兆加と、縫製の長の崔が並んで入って来た。崔は、大きな厨子を手に持っている。

二人して頭を下げて維心と維月の前に膝をついて頭を下げると、維心は言った。

「表を上げよ。」

兆加が、顔を上げた。

「は。王、何分儀式のお日にちまでひと月でありますので、ご衣裳の布をお選び頂きたく急ぎ崔を連れて参りましてございます。当日はお直衣では動きづらいので、歴代の王は闕腋袍けってきのほうを着て、下に半臂はんぴ下襲したがさねあこめひとえ表袴うえのはかま大口袴おおぐちばかまというご衣裳と記録にございまする。滅多にない事でございますので、王がおっしゃるように狩衣ではあまりに見栄えが…。」

維月は、滅多にない儀式ってなんだろう、と目を丸くして黙って聞いていたが、維心はため息をついた。

「大層な。あれこれ動きづらいではないか。石帯(せきたい)平緒(ひらお)もあろうが。あまり重いのは好かぬ。」

崔が、それを聞いて困ったように兆加を見る。兆加は、そんな崔と顔を見合わせて、そしていつものように、維月が何か言ってくれるのでは、という期待に満ちた目でこちらを見た。

維月は、いつもなら知っていることなので絶対に庇うのだが、生憎何のことだが全く分からない。なので、困って維心を見上げた。

「維心様…あの、何やら大層な儀式があるのでしょうか。私は長く王妃をさせて頂いておりまするが、闕腋袍を着ておられる様は見たことがありませぬわ。確か、人の平安時代に武官が来ておった正装ですわね。」

維心は、頷いた。

「おお、主には知らせておらなんだ。来月の始め、我は歴代の王がその在位中に一度か二度しかせぬ儀式、破邪の舞いの式を行うことに取り決めた。これらはその、準備をするため来たのよ。」

維月は、仰天して口を両手で押さえた。えええええ?!十六夜が、維心様が舞ったら世界の終わりとか言ってた、あれをおおおお?!

「ええ?!あの、あの、維心様が舞われるのですかっ?!将維ではなくっ?!」

維心は、顔をしかめた。

「将維は知らぬだろうが、我が前世舞っておらぬし。良い機会であるし、将維にも維明にも維斗にも見せておこうと思うての。我が世を放って置いたばかりにいろいろとややこしいことになっておるのだし、ここらで舞っておくかと思うてな。」

維月は、焦って言った。

「で、ですが維心様、あの、維心様が舞うと大陸も影響があると父が言うておりましたし、あの…、」

維心は、今気付いたようにポンと手を打った。

「おおそうであったの。」と、兆加を見た。「ヴァルラムにも日時を知らせておくが良い。あちらも知りたいであろうしな。」

兆加は頭を下げてから、顔を上げた。

「はい。ですがご衣裳でございまするが…」

維心は、面倒になったようで手を振った。

「ああ、主らの良いようにすれば良いわ。歴代の王がそうしたと申すなら、それで良い。」

崔は、慌てて横から言った。

「いえ、我らが調べることが出来ましたのは張維様の時のご衣裳でございまして。では、それでよろしいでしょうか。」

維心は、頷いた。

「良い。色目も任せる。間に合うようにすれば良いわ。」

兆加も崔も、ホッとしたように目を合わせてから、頭を下げた。

「はは!では、そのように。」

そうして、二人は出て行った。それを見送ってから、維月は急いで維心を見上げた。

「い、維心様、あれを舞ったら、付近の宮どころか地球上のすべての神の心根が悪い者は…!」

維心は、維月を見つめた。

「それの何が悪いのだ。」維月は、グッと黙った。維心は続けた。「面倒な輩を放置したからこうなった。全て良し無い命は滅してしまえば良いのだ。我は舞うだけでそれが出来る。案じるでないぞ、維月。全部消してしもうてやるゆえ。」

維心は、不敵に笑う。

維月は、これは大変なことになった…と、十六夜に早く言わねばと窓越しに月を見上げた。しかし、奏の様子を知らせて来る様子もなく、十六夜はまだこちらに向けては沈黙したままだった。

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