表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/213

見舞い

鶴の宮は、こじんまりとした建物ではあったが、月の宮に似て大変に美しく頑強な造りだった。

それと言うのも、そもそもここが月の宮の領地に一部を接触するように建てられたのは、人の世の開発によって命の気の枯渇に苦しみ、滅びようとしていた鶴の宮を、助けるため。つまりは、建てたのは月の宮王の蒼から依頼を受けた、龍達だったからだ。

同じく月の宮も、維心が維月との婚姻のために、結納のつもりで龍達に建てさせたもの。

似ていて当然だったのだ。

先に立って歩いて行く緑黄について、維心と維月、そして十六夜が歩いて行くと、月の宮と接している部屋の一室に、緑青は座っていた。

大きなソファにもたれ掛かって体を預け、自分で座っているようではなかったが、それでも寝台に横になっているのとは違い、幾らか元気そうには見えた。

だが、その髪はもはや真っ白になり、顔にも皺が深く刻まれ、若い姿を知っていた維月は少なからずショックを受けた。もう、こんなに老いていたなんて。

維心も同じように思ったのか、誰か入って来たのを気取った緑青がこちらを向いたのを見て、言った。

「緑青、しばらく会わぬ間に老いが進んでおったのだな。話でもと思うて、来たのだ。」

緑青は、顔をしかめた。

「これは維心殿。ご無沙汰しており申す。ま、一度死んでいらした貴殿とは違い、我はずっと生きておるただの神であるし。そろそろかとも思うておるよ。先に逝った妃達も待っておるだろうしの。」

緑黄が、気遣わしげに歩み寄った。

「父上…。」

それを見た緑青が、鬱陶しそうに手を振った。

「ああ、また主は。病ではないわ、ただ老いておるだけだというに。それにこれでもかと月の気が更に威力を増してここへ流れ込んで来ておるのに。そう簡単には死なぬ。」と、維心達に椅子を示した。「このような姿勢ですまぬな。そこへ掛けてくださるが良い。」

維心と維月は頷いて、側の椅子へと座った。十六夜だけは座らずに、緑青の近くへと寄った。

「…そうか、まだ大丈夫そうだな。ここに居たら、もうしばらくは平気だろうよ。オレの気は寿命まで長くは出来ねぇが、それでも体の悪い所を浄化する。他の所に居るよりは長生き出来らぁな。」

緑青は、苦笑した。

「そう長く生きたいわけでもないのだ。友も先に逝っておるし、最初の妃も、次の妃の雛も、我を置いて先に逝った。あれらが待っておるのだから、我は緑黄がこれほど案じねばもうとっくにあちらへ旅立っておったところぞ。」

緑黄は、下を向いた。何と言っても、まだ若いのだ。恐らく200歳を過ぎたばかりだろう。父王が晩年になってから設けた子だったので、若くして王座に就かねばならなかったのだ。まだ不安も多いはずだった。

「まだ若いが、しかし緑黄は会合でも立派にやっておるゆえ、案じることはない。我も炎嘉も居るしの。蒼もよう見てやっておる。恐らくは主は長くはないが、それでも後を憂いることはない。」

緑青は、笑いながら何度も頷いた。

「感謝し申す。炎嘉殿もついこの間忍びで訪ねてくださって、そこは申しておったから。後は本人の覚悟だけかの。」

そう言われて、緑黄はいたたまれなくなったのか、少し後ろへと下がると、頭を下げた。

「では、父上。我は政務がありますので、これで。」と、維心と維月、十六夜を見た。「何かありましたら、侍女に申しつけてください。」

そして、そこを出て行った。緑青はそれを見送って、ため息をついて言った。

「あれもなあ、妃の一人も居らんで。せめて孫の一人でも作って落ち着いたのを見てから逝きたかったもの。」

維心が、薄っすらと呆れたように笑った。

「まだ若いゆえ。いずれ我が兆加にでも言うて誰かあてがってやっても良い。」

緑青は、肩をすくめた。

「しかし維心殿は鶴の求婚の舞いを知るまい?」維心は片眉を上げる。緑青はクックと笑って続けた。「我ら鶴に伝わる舞いぞ。その家々で違うのだが、王族のものはまた凝っておってな。あれに教えようにも、今の我にはどうにもならぬ。しようがないので、逝く前に記憶の玉を残そうかと思うておるのだ。」

それには維月が、身を乗り出した。

「まあ。本日は舞いの話がよう出ること。父もいろいろな舞いのことを申しておった折も折ですの。どういったものなのか、私も興味がありまするわ。」

緑青は、維月を見て微笑んだ。

「おお、主相手であるならば、我とて今でも舞えるやもしれぬなあ。しかし、維心殿が我が宮を滅ぼすであろうから、それは出来ぬ。」

維心が、ぐっと維月の肩を抱いて言った。

「ならぬ。こやつは何にでも興味を持つゆえ、油断ならぬわ。」

緑青は、今度は声を立てて笑った。

「それほどに強力な舞いでもないのだ、ただの形式ぞ。ただ、伝統であるし、緑黄には遺さねばならぬと思うておるまで。龍も確か、強力な舞いを持っておると聞いたことがあるし、月とて何かあるのではないのか?」

十六夜が、維月と顔を見合わせてから、言った。

「オレ達は、何しろ親父がアレだし舞いなんて何も。ただ、聞いたところによると、炎嘉の所の人が献上してた舞いの中に、浄化の舞いがあるとか聞いた。それならオレ達だって舞えるだろうって。」

緑青は、顔を輝かせた。

「おお、あれか!知っておるぞ、我がまだ幼い頃であった。鳥の宮で父と共に人が舞うのを見て、炎嘉殿は酒を飲んでおったの。人が作ったにしては良い動きで、楽しめたものよ。そうか、あれを月が舞うか…見てみたいの。対で舞っておったし、ちょうど良いではないか。」

十六夜は、緑青へ身を乗り出した。

「え、対なのか?二人で舞うのか?」

緑青は思い出すように遠い目をした。

「そう、それぞれに対象の色目の衣装をまとっての。思えば主らと同じ、陰陽を表しておったのやもしれぬなあ。」

十六夜と維月は、顔を見合わせた。

「それって…やっぱり習っておくべきよね。」

維月が言うと、十六夜は頷いた。

「そうだな。何事も起こるのは意味があると親父が言ってたし。知っておいた方が後々何かあっても困らねぇだろうし。」

維月は頷き返して、十六夜に言った。

「じゃあ、炎嘉様の所へ行って…」

「待て。」維月が言いかけると、維心が割り込んだ。「里帰りももう数日ではないのか。我と共に龍の宮へ帰るのであろうが。これから炎嘉の宮などに行ったら、次はいつ我が宮へ戻ることになるのか。王妃があちこちうろうろするでない。これ以上は許さぬぞ、維月。」

維心が厳しく言い放つのに、維月は言い返そうとしたが、出来なかった。維心が言っていることは、もっともだったからだ。

十六夜が、膨れっ面で維心を睨んだ。

「なんだよ、ちょっと行って聞いて来るだけじゃねぇか。」

維心は、十六夜を睨み返した。

「神世の常識を考えよ。我は寛容な方であるぞ。妃がふらふらと外へ出て参るなど、あってはならぬ。」と、しゅんとして下を向いている維月の顔を覗き込んだ。「維月、弁えておるから何も言わぬのは分かっておるが、そのように沈むでないぞ。炎嘉に用があるなら、呼べば良いのだ。我があれを宮へ呼ぶゆえ、好きなだけ聞くが良い。そこへ十六夜が来るのなら、我は何も言わぬ。」

維月が、ぱっと明るい顔をして維心を見上げる。十六夜は大きく肩で息をついた。

「あーあ、しょうがねぇな。じゃ、それでよしとしてやらあ。で、すぐに呼ぶんだろうな。オレはこうと決めたらぐずぐずするのは性に合わねぇんでぇ。」

維心はさも面倒そうな顔をした。

「あれも王の端くれ。忙しいやもしれぬのに。今日呼んで明日来るとは限らぬ。緊急性が高いことなら別であるが、舞いであるぞ?もう少し忍耐を持たぬか。」

十六夜は、ふんと横を向いて言った。

「神の事情なんか知ったこっちゃねぇよ。やる気がなくなるかもしれねぇから、早くしてほしいだけだ。」

維月が、十六夜の手を握って、苦笑した。

「気ままなのは私も同じだけど、今度の事は退屈しのぎになりそうじゃない?最近十六夜も、結構退屈してたじゃないの。お父様も、十六夜がだらけておるとおっしゃっておられたもの。舞いを覚えるなんて、とっても面白そうだわ。ちょっと人前で披露するのは私も遠慮したいけど。」

それを聞いた緑青が笑った。

「舞いを覚えておりながら、人前で披露せぬなど。我は父王にも褒められたほどの腕前であったのだぞ。雛を迎えた折にはここで舞ったのに、ならば主らに見せてやれば良かったかの。臣下達もそれは称賛してくれたもの。まあ婚姻の舞いなど、あまり外の者に見せるものでもないが。」

維月は、ふふと笑った。

「緑青様の舞い、見とうございましたわ。と申して、私が緑青様に嫁ぎたかったのではありませぬが…。」

維月が維心を気遣ってそう付け足す。緑青は微笑んだ。

「ほう維月よ、ただの興味と分かっておるが、それでもそれは、我ら鶴には言うてはならぬなあ。舞いを見たいとは、相手に嫁ぎたいという意思であると捉えられるのであるぞ。この宮では申してはならぬ。」

維心も、何度も頷いた。

「そういう習慣を残す神も居るから、我も警戒しておるのだぞ。維月、軽々しく何事も口にしてはならぬ。」

維月は、ばつが悪そうな顔をした。確かに、まだ全ての神の習慣を知っているわけではない。維心は全て知っているだろうが、その記憶を見たことのある維月でも、全てを把握しているわけではなかったのだ。

十六夜が、背伸びをした。

「難しいな。未だに神のことはよく分からねぇことがある。親父も言ってたが、オレもなかなか全部把握なんか出来ねぇなあ。」と、維月を見た。「じゃ、まあここは月の宮へ帰るか。緑青も思いのほか元気だし、オレが気を送ってる限り今すぐどうのなりそうにねぇ。維心がうるせぇし、明日ぐらいには帰るだろうが。今日はオレとあっちこっちの温泉でも見て回ろうや。」

維月は、すぐに表情を明るくすると、頷いた。

「行こう!ねえ北の温泉で白い湯の所があるから、そこへ行きたいのよ!」

十六夜は、笑って維月の手を取って立ち上がった。

「よし!明日まで遊ぶぞー!」

維心が、慌てて言った。

「こら、どこへ連れて行くのだ!必ず明日には戻るのだろうの!」

十六夜は、鬱陶しそうに振り返った。

「うるせぇなあ、戻るって。オレ達は双子、同じことが楽しいんだよ。じゃな、維心。」と、維月を抱き上げて緑青を見た。「じゃあな、緑青。また来るよ。」

そして、窓から維月と共に飛び立った。それを見送りながら、ため息をつく維心に、緑青は言った。

「主もいろいろと大変であるな。妃が落ち着かぬと己も落ち着かぬもの。」

維心は、頷いて緑青を見た。

「あの二人は今生双子で生まれて共に育った。維月は十六夜に全幅の信頼を寄せておるし、十六夜は維月の好みも習慣も全てを理解して把握しておるのだ。我は今生神の王族として育ったのは変わらぬし、未だ理解が追いつかぬ。同じように共に転生しておるのに、不公平だと思うことがある。」

緑青は、同情気味に維心を見ていたが、しばらくしてから口を開いた。

「…そうよなあ。本来これは、鶴以外には教えぬのだがの。我らの舞い、実は形式的だと申したが、そうではないのだ。」

維心は、驚いたように緑青を見た。

「何らかの効力があると?」

緑青は頷いた。

「そうなのだ。もちろん力の無い者が舞っても何も効力はない。我ら王族が舞ってこその力。あれはの、相手との絆を深め、その心を己から離さぬ効力を持っておるのだ。力の向きははっきりと求婚する相手に向け、力が強ければ強いほどそれは強くなると言われておる。実は我は、雛を月の宮で見つけた時に、座興だとあれの前でこれを舞って、我を想うように仕向けた。ゆえ、あれほど簡単に雛は我に嫁いだのだ。雛はもちろん、それを求婚の舞いだと知らぬであったが、ここで婚姻の折に同じ舞いを披露したので、後で知ったらしいがの。」

維心は、身を乗り出した。

「我も同じことが出来ようか?」

緑青は、苦笑した。

「主に出来ぬことなど無いであろうが。だが、もう既に妃であるし想われておるのに、更にと本当に思うのか?」

維心は、力強く頷いた。

「思う。繋がりは強ければ強いほど良いに決まっておろう。しかし、主は我に指南出来ぬであろう…体が動かぬのだから。記憶の玉を作るのを、待つしかないか。」

緑青は、頷いた。

「このように老いてはの。では、舞いに関する部分の記憶の玉を、緑黄に手伝わせて作るようにしようぞ。今の我は、記憶の玉を作るのに気を使うことも出来ぬのだ。」

維心は、立ち上がって緑青に寄って来た。

「ならば我が。複製を作ってやろうぞ。さすれば記憶の玉を作っても主の記憶は消えぬ。」

緑青が、驚いたように維心を見た。

「複製を?そのようなことが出来るか。」

維心は笑った。

「我に出来ぬことなど無い。だが、炎嘉も箔翔も出来るぞ。」

緑青は息をついて手を腹の上に組んだ。

「気の大きさか。生まれ持った気が大きい者達の、能力の高さにはこの歳になっても驚かされる。では、頼むとしようか。どうすれば良いか。」

「そのままで居れば良いぞ。」維心は、手を翳した。「その舞いのことを思い浮かべよ。己が一番、上手く舞ったと思う様を最初から最後まで思い浮かべれば、我がそれをすくいとる。」

緑青は黙って頷くと、目を閉じた。維心は、緑青の頭の方へと手を向け、そうして緑青に術を掛けて行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ