面倒
公青は、定例の会議に四方を治める翆明、定佳、甲斐、安芸を呼んで出ていた。
いつものようにこの四人に願い出て来た事を、公青が聞いて吟味する。
面倒ではあったが、もっとたくさんのどうでもいい事はこの四人が肩代わりしてくれているのだからと、公青も毎度真面目に聞いていた。
それも終わってホッとして茶を飲んでひと息入れている時、公青はふと言った。
「そういえば安芸。主の妃はどうよ?大層に美しいが大層に気が強いしっかり者だと聞いておる。第二皇子が出来たのだろう?」
安芸は、フッと鼻から息を吐いた。
「…知っての通りあれは半神なのでどうのと臣下達は申しておりましたが、生まれたら結構な気を持つ皇子で。今ではそれもなく宮での地位も安定し、気楽にやっておりまする。我は気楽ではないが。」
公青はクックと笑った。
「まあ主にはあれぐらいが良いわ。」と、今度は翆明を見た。「主はどうか?厄介者をとかなり案じたが何やら模範的な妃だと新光が言うておるのは聞いたが。そういえば赤子の癖にやたらと美しい皇子だとか聞いたが、子はどうよ。」
翆明は、他の三人も居たのでどうしようかと思ったが、どうせ知れること。なので口を開いた。
「その事なのですが」
翆明が座り直したので、公青は驚いたような顔をする。茶席で軽く聞いただけのつもりだったらしく、公青は眉を寄せた。
「…なんぞ。もう離縁とか言うのではないだろうの。せめてあと一年ぐらいは堪えぬか。」
翠明は、首を振った。
「綾は問題ありませぬ。我とて分かっておったし、それにあれは意外にもよう我に仕えておって、不満もありませぬし。そうではなく、紫翠でありまする。」
公青は、寄せた眉を上げた。
「皇子がなんぞ?」
翠明は、頷いた。
「今公青様がおっしゃったように、紫翠は生まれた直後から綾に似てそれは美しい子で。宮では乳母も侍女も取り合って大変な事になっており、それが高じて我は、此度乳母と綾以外が皇子に触れることを禁じて奥宮の侍女を一掃したのでございまするが。」
公青は、うーむと唸った。
「まあのう、主の妃は見目だけはかなりものであったしな。そうなるのも道理であろうて。して?」
翠明は、視線を落とした。
「それが…つい先日、また同じように皇子を抱こうとした侍女が居って、綾が気付いて見に参ると知らぬ女だった。すぐに頼光を呼び事なきを得ましたが、奥宮の我に結界の中にそのような女が紛れるなど、考えられぬ事態でございまして。」
公青は、驚いたように目を丸くした。他の三人も同様で、顔を見合わせている。
公青は、言った。
「…主の結界、そのように脆いものではあるまいが。ここに居るこやつらでも簡単には破ることなど出来ぬ。それなのに、知らぬ女と?主にも気付かれず、その女はどうやってそれをやったのだ。」
翠明は、首を振った。
「分かりませぬ。頼光もそれを調べようと捕らえた女を尋問したのですが頑として口を割らず。あまりやると死ぬゆえ、今は地下牢に捕らえたままになっておりまする。一度封じの結界を容易く抜けて出て逃げようとしましたが再び頼光が捕らえ、今は頑丈な格子がある牢に移しておるところ。がしかし、このままという訳にも行かぬので、公青様に原因を探っていただこうと思うておりました。」
公青は、顎に手をやって考え込むような顔をした。
「ならば我がそやつの記憶を玉にして取るよりないの。してその女は、何か変わった所はなかったのか?」
翠明は、顔を上げた。
「何も。気もそこらの侍女程度、とても我に太刀打ちできるような女ではありませぬ。変わった所と言うと、腕に何やら変わった模様の入れ墨がございましたが、その程度で。なぜに我の結界も、封じの結界も簡単に抜けるのでありましょうか。」
公青は、ため息をついた。
「分からぬの。だがしかし、月の眷属などは結界に掛からぬから、そうやっていとも容易くあっちこっちの結界を出入りするのだとは聞いておる。しかしあれらは、特有の気を持っておるから、そこらの侍女程度の気ではないわな。我の妃だって、蒼の孫であるから月の力をある程度使うが、あの気は小さなものではない。」と、また考え込んだ。「そうか面倒よな…しかしその入れ墨とやら気にかかる。あちらの地でも一時問題になったと聞いておる、仙術の類がそのようなものを使うとあちらで聞いた。こちらでも、仙人が居ったであろうが。あやつらの術を思い出してみよ。」
翠明は、言われてハッとした。確かに、あの規則正しい形は魔法陣と言われるものと同じような気がする。
「…確かに、おっしゃる通り。ならば我が、公青様にその画像をお見せすればよろしいか。」
公青は、渋々ながら頷いた。
「そうよの。面倒でも解決しておかねば、こちらの宮とて同じようなことが起こるやもしれぬから。我はそれを見て、蒼に見せて問うてみようぞ。」と、側の侍女を見た。「何でも良い、紙を。」
侍女は、急いで奥へと引っ込み、そして白い和紙を持って戻って来た。公青は、それを翠明へと押しやった。
「記憶にあるそれをこれに焼き付けよ。我がそれを持って蒼に問い合わせに参る。」
翠明は頷いて、そこに記憶にある丸い形の図柄をそこへと気で焼き付けた。公青は、それをじっと見て、険しい顔をした。
「…やはりの。魔法陣だの、これは。」
公青は、それを見て段々と険しい顔になる。それを横から見ていた安芸が、驚いたように言った。
「これは…これならば、我も覚えがありまする。」
皆が、驚いたように安芸を見る。安芸は、あまりに皆がみるので驚いたようで慌てて続けた。
「いや、何であるかは分からぬが、我に宮にも先日、知らぬ女が紛れておって、もうその時には宮の外へと出ようとしておったところであったが、侵入者として圭が捕らえて参ったのだ。」
圭とは、安芸の筆頭軍神だ。公青は、目だけで安芸を見た。
「その知らぬ女とやらの腕にも、これが?」
安芸は、頷いた。
「はい。ですが結界を抜けて参ったのがなぜかはわかりませなんだ。行商の者にでもついて来たのだろうと思うて、深く考えず。それよりその女が侵入して来ておったことを罰しました。聞いたところ、妃も奥宮で見かけたらしいのだが、新しい侍女か何かなのか、と気に留めておらなんだようで。ご存知のように、我が宮の牢は皆、結界だけの戒めではなく格子がある形であるので、抜けることもなく今も脱走もした形跡はありませぬ。通常死ぬまで入れておくので様子も見ておらぬが。」
公青は、ふーんと息を吐いた。
「ならば同じ方向の賊よ。しかし主の所の皇子は、さらうほどではなかったのやもな。なので皇子を見るだけ見て、出て行こうとして捕まった。」
安芸は、面白くなさげに頷いた。
「まあうちは翠明の所のような絶世の美女を迎えたわけでもないし、美しいと言うて一般の神並みであるからの。」
翠明が、心底面倒そうに言った。
「あのな、我とて好き好んで選んだのではないわ。あまりに不憫であったゆえ、つい勢いで迎えただけよ。こんな面倒なら、子など要らなんだと思うておるほどであるのに。」と、息を吐いた。「…しかし綾にはまた子が…、」
「何と申した?もう?」公青が割り込んだ。「まあ出来るものは出来るのだから我とて言えぬが、しかし奥宮がそんな風なのにまた一人とな。少し考えぬか、生まれるまでに対策が練れなんだらどうするのだ。それこそ生まれた子が不憫であるわ。」
翠明は、下を向いて頭を下げた。出掛けに、綾からまた子が出来たようなので、乳母を探しておいてくれと言われたばかりで頭が痛かったのだ。
公青は、そんな翠明を見て困ったように大きく息をついて、言った。
「まあ良い主が悪いのではない。本来子は多い方が良いし、それが麗しかったらこれよりのことはないのだ。それにしても困ったものよ…ならば主、しばらくここに妃と子を置くか?我の結界も恐らくは抜けて参るかもしれぬが、我は知らぬ気はすぐに気取るゆえ入って来ても気付かぬようなことは無い。これが解決するまで、ここで面倒を見ても良いがな。」
翠明は、未熟な自分を晒されたような気持ちになっていたが、安芸とてそうだった。滅多に知らぬ神などが侵入して来ることのない土地柄、常に結界内の気を探っているわけでもないし、そんなことに自分の気を割いていたら他の事が進まないので、やって来なかったのだ。公青は、それをやっている。それだけのことなのだ。
「…しばし考えて、お願いするやもしれませぬ。」翠明は、そう答えた。「我にも、結界内を常探る癖を着けねばならぬということでありまするし。」
安芸も、関係ない甲斐も定佳も神妙に下を向いている。公青は、手を振った。
「ああ、別に責めておるのではないぞ。主らの父王にくれぐれもと頼まれておるゆえ、親の心地で申しただけのこと。それにの、我は宮の結界内を見ておるだけぞ。隼が優秀であるし、結界を抜けて入って来た輩でも宮の結界の前でまず気取って捕らえるからの。それすら抜けた場合のみ、我が宮の結界内で捕らえたら済むこと。主らも、軍神をもう少し躾けた方が良いな。あちらと繋がって、いろいろ訳の分からぬ輩も増えて参る頃合いぞ。これまで通りというわけにはいかぬ。宮を躾け直すようにせよ。さすればあちらでも序列がつき、主らもそれなりに地位を持って堂々と渡り合えるようになるゆえ。」
そういう公青は、自分達とあまり変わらぬ外見だった。父王達のようになだらかに老いて行くのではなく、こうして老いを止めて君臨しているからだ。
四人は、頭を下げた。
「は!早急に宮を整えまする。」
そうして、その日の会合は終わったのだった。




