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帰還

もう遅い時間だったが、月夜は屋敷の皆をひと所へと集めた。

ここに居るのは、ほんの10人ほどの神達で、ほとんどが何かから追われて行く場所がないとか、そんな神達でしかなかった。

だが、小雪だけは違った。

小雪は、側の神の宮の王の子だったが、あちらも小さな宮で、子が増えて来て嫁に出したいと月夜に打診して来たのだ。

だが、月夜は妻を娶る気持ちなどなく断った。だが、それでは困るようだったので、ならば妻という形ではなく、客としてこちらで面倒を見ようと引き取った皇女だった。

客と言ってもあちらも小さな宮から来たので、小雪は何でも自分で出来た。なので、屋敷の皆と同じように、家事などをして暮らしていたのだった。

月夜は、皆に向けて父が来たことを話し、最後に言った。

「…なので、我はしばらく月の宮へ戻って来ようと思う。留守は、城井(きい)に頼んで行くが、主らは城井に従っておるようにの。まだどうなるのか我にも分からぬが、もしもこちらへ戻ることが無くとも、報せは入れるゆえ。」

城井とは、月夜の次に力があると、皆にある程度敬われていて、頼りにしている男だった。

じっと聞いていた、小雪が顔を上げた。

「では新月様には、御父上様の宮へ落ち着いてしまわれるかもしれぬということでしょうか。」

新月は、首を縦にも横にも振らなかった。

「分からぬと申したの。我は、己が離れておった間の神世が分からぬのだ。父が迎えに参って、知らぬことでここに籠っておるとお叱りを受けた。我も、その通りだと思うゆえ、あちらで学んで来ようと思うておるのだ。我がこれほどに老いぬのも、責務を果たしておらぬからだと分かっておったし、我は己の責務を考えねばならぬ。それがあちらの地にあるなら、我はあちらに残るやもしれぬの。」

小雪は、目に涙をためて下を向いた。克己が、見かねて進み出て言った。

「新月様、我らこちらで何不自由なく、このままこのお屋敷を使わせてもらえるのなら新月様のお留守も立派に守り切る自信がございまするが、小雪様は…あちらの佐久弥様から新月様の細君にというお話があったかたでございます。このまま、ここに置いて行かれるのは…。」

月夜は、克己を見て、首を振った。

「我は誰も娶るつもりはないと申した。小雪は客でしかないのだ。ここに置けぬというのなら、佐久弥殿に連絡して戻るようにしても良い。我は、今それどころではないのだ。」

小雪は、ポロポロと目から涙を落として、居たたまれずそこから駆け出して行った。克己が、その様子を心配そうに見送っているのを見た月夜は、言った。

「…克己。放って置けぬのなら追って参れ。我はもう話すことは無いゆえ。」

克己は、驚いたような顔をしたが、月夜に深々と頭を下げると、そこを出て行った。

月夜は、克己が小雪を想っているのは知っていた。しかし、主人である自分との話があった皇女であり、言い出せずに居るのを見ていたのだ。もう遠慮することはない、という月夜の意思表示だった。

他の者達が、見上げているのを見て、月夜は言った。

「…ではの。城井は頼りになろう。我が居らずでも心配はない。また、我からの報せを待て。」

皆が頭を下げる中、月夜はその部屋を出て行った。

そして、空で待つ蒼と十六夜の元へと向かったのだった。


次の日の朝、朝日が昇って来て、維心は目を開いた。

当然のことながら、維月はまた眠っている。日がある程度高くならねば起きないのは、前世と変わらなかった。

スース―と寝息を立てて幸せそうに眠っているのを見て、フッと頬を緩めると、維心は維月を抱き寄せて額に唇を寄せた。いつもながら、なんと愛らしい。この気を受けてこうして抱きしめている時が、一番に幸福だ…。

維月は、いつものことなので慣れていて、維心に抱きしめられていてもめげずに眠っている。維心は、そんな維月が起きるのを、いつもこうやって抱きしめたまま待つ時間を楽しんでいた。

だが、いつもは二時間ほど続くその時間が、いつものように長くは続かなかった。

…十六夜が来た。

維心は、居間にその気配を気取って眉を寄せた。恐らくは、月夜との話の内容を知らせに来たのだろうが、このように朝早くから来るなど、いつもながら勝手なことよ。

維心が維月を起こそうかと迷っていると、維月はううん、と唸って目を開いた。

「…維心様…?何やら、居間に十六夜の気配がするような…。」

さすがに維月も月の端くれ、相方の気を気取って目覚めたらしい。まだ眠そうだが、手で目をこすって目覚めようとしている。

維心は、頷いた。

「ああ、今来たようぞ。まだ寝ておるか?我が出直すように申すが。」

維月は、ハッと急にはっきりしたような顔をした。

「そうですわ、月夜ですわ!十六夜は、知らせに来てくてくれたんですわ!」と、いきなり体を起こすと、キョロキョロと辺りを見回した。「袿は…」

すると、侍女が気配を察知して入って来て頭を下げた。

「お目覚めでしょうか。」

維月は、頷いた。

「十六夜が来ておるでしょう。出るわ、着替えを。」

「はい。」

侍女は、また頭を下げて出て行く。着物を取りに行ったのだ。維心は、フッと息をついて、自分も身を起こした。

「日が昇ってからでも良いのに。あれは気が向いたら性急であるのだから。」

維月は、寝台から降りながら苦笑した。

「私が案じておるのを知っておるから、一刻も早くと思うてくれたのでしょう。さあ、維心様もお着換えあそばして。共に参ってくださいませ。」

侍女達が着物を持って入って来る。

維心は、渋々ながら寝台を降りた。

「もちろん、共に行かぬなどという選択肢はないが、もっとゆっくりしておっても良いのに。」

維月は、まだブツブツ言っている維心を着替えさせ、自分も侍女達に手伝ってもらって着替えると、維心と共に居間へと出て行った。


十六夜は、居間の椅子に座って待っていた。

「遅い。」十六夜は言った。「お前らなあ、オレ相手にいちいち着替えなくてもいいだろうがよ。寝間着のままでも何も言やしねぇよ、見慣れてんだしよー。」

維心が、憮然として維月の手を引いていつもの定位置に座った。

「これでも急いだわ。これも礼儀ぞ。他に誰か来たらどうするのよ。」

維月が、維心をなだめるように見てから、十六夜を見た。

「それで、話は出来た?月夜は、何て?」

十六夜は、頷いて手を前に組んで、祈るような形にして前のめりになった。

「聞いて来た。で、結論から言うと、しばらく月の宮へ帰って来ることになったんでぇ。今、蒼と二人で月の宮に居る。」

維月は、口を手で押さえた。

「まあ!いったい、何が原因で隠れておったのかしら。そんなにすんなり帰って来るなんて…。」

十六夜は、少し困ったように維心を見た。維心は、これは何か維月に面倒なことがある、と一瞬で悟った。

「…まあ順を追って話を聞こうぞ。」と、十六夜を見た。「それで、失踪の原因からよの。」

十六夜は、少しほっとしながら、月夜から聞いた顛末を、維月がどうのというところを省いて話した。つまり、定士の宮から明玄と一緒に北へと向かった、ということにして話した。

維月は、真剣に聞いていたが、ホッと息をついた。

「まあ…ならばこちらを恨んでおったのではないのが分かって良かったこと。それにしても、なぜにそれなら帰って来なかったのかしら。その明玄という軍神と一緒に北へ行って、そのままそこで暮らすなんて。まあ育ててもらったようなものだから、父親のように思うたのかもしれませんけど。」

十六夜は、急いで頷いた。

「そうなんでぇ。それで明玄が死んでも、今更どの面下げて帰って来れるって感じで、こっちは死んだと思ってるし、あっちで潜んでたみたいなんだ。ま、だからお前もまた帰って来た時会ってみたらいい。こっちへは、神世とかいろいろ学ぶために帰って来たから、まだ居つくかどうかは決まってない。そのうち、話も出来るから、お前は気にせずこっちで王妃やってたらいいからよ。」

維月は、頬を膨らませた。

「まあ、前世とはいえ孫なのよ?帰って来たならすぐにでも会いたいじゃないの。」

しかし維心が横で首を振った。

「維月、主には王妃の責務があろう。己で乞うて引き受けておることではないのか。我と同じく、それを処理してから参るが良い。」と、十六夜を見た。「それでよいの?」

十六夜は、何度も頷いた。

「ああ。もう年末だからお前らも忙しいだろうから。」

維心は、そこで何かに気付いたように維月を見た。

「そうよ、我も今日は謁見が詰めておるが、主正月の飾りの花を選ぶのではなかったのか。」

維月は、バツが悪そうにした。確かに、宮で居ても暇だからと、いろいろな仕事を維心に頼んで振り分けてもらっているのだ。それを放り出して行くのは、確かに出来なかった。

「でも…あの、私はお正月まではそれぐらいで他にはありませんわ。それを済ませたら、行って来てもよろしいでしょうか?」

維心は、わざと少し考えるような顔をしたが、すぐに顔を上げた。

「…そうよの。正月を過ぎたらまた節分であるしの。ならば今からさっさと済ませて参れ。十六夜には主がそれを済ませるまでここで待たせよう。それで良いか。」

いつも帰るとなると引き留める維心が、珍しく物分かりの良いことを言うので、維月はパアッと明るい顔をしたかと思うと、頷いて立ち上がった。

「はい!では、まだ早いですけれど行って参りますわ!」と十六夜を見た。「待ってて、二時間ぐらいで帰って来るから。」

十六夜は、手を振った。

「ああ、待ってるよ。」

そうして、維月は駆け出して行った。

その背を見送りながら、維心は十六夜に声を抑えて言った。

「…で?真実、あれは何を思うてあちらに潜んでおった。」

十六夜は、深刻そうな顔をすると、ポツポツと維心に事の真相を話したのだった。

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