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新月3

その軍神達は、皆月夜が幼い姿の時から世話をされて来た者達だった。つい先日も、側の空き地で共に訓練した者達だった。

それでも、月夜は刀を上げた。自分は、これらに謀られていたのだ。父上と叔父上を信じられなかった自分の責とはいえ、自分は何としても帰って、その事実をお話してお詫びせねばならないのだ。

月夜は、巧みだった。

やはり血筋は争えず、遊びの立ち合いとは比べ物にならないほどの読みの深さで、軽々と皆を斬り捨てて行った。しかし、戦えないように腕を狙ったり指を狙ったりと隙を作りながら外へ外へと出て行った。

そうしている間に、宮の定士の軍神達も騒ぎを聞きつけて合流して来始めた。月夜は、心の中で舌打ちをした…さすがに、この大勢の軍神を相手では分が悪い。

何しろ、今まで気を放って誰かと対峙したことが無かったのだ。

「…隙だらけぞ!」

月夜は、ハッとした。軍神達の囲いを抜けて出ると、目の前に明玄が浮いていたのだ。

「しまった…!!」

明玄は、刀を振り切った。

月夜は、成す術なくその太刀を受けて地上へと落下した。地面に激しく叩きつけられて、月夜は目の前が暗くなるを感じ取った。

「…我が牢へ繋ぐ。」

明玄の声が聴こえる。

月夜の意識は、そこで途絶えた。


月夜は、ハッと目を覚ました。

そこは、宮の地下にある牢の中だった。

冷たい岩をくり抜いただけの牢の格子には、誰かが張った封じの結界があった。上を見上げると、小さな明かり取りの窓があったが、もちろんのこと月夜が抜けて出られるほど大きなものではない。

月夜は、座り込んで考えた。自分は、殺されなかった。恐らくは、まだ何かに使おうと考えているんだろう。だが、こうなってはあちらの言うことは何も信じず、自分が思う通りに動かないのはわかっているはずなのに。もしかしたら、定士の判断を待っているだけなのか。

月夜そんなことを考えながら、胡坐を組んで座り込んでいると、真っ暗な牢の格子の向こうから、何かの気配がした。

「…誰ぞ。」

月夜が暗闇を睨みつけて言うと、スッと目の前の格子の結界が消え去り、見慣れた明玄の姿が牢へと入って来た。

処分しに来たか。

月夜は、警戒して、立ち上がって後ろへ下がった。

「傷は消えておるようだの。」

月夜は、じっと明玄を睨みながら答えた。

「…いつなり、あのようなものすぐに消える。」

月夜の傷は、本当に治りが早かった。治癒の術など必要がなかったほどだ。

明玄は、頷いて言った。

「定士様は、主を消すように言うた。主のそのうちに秘めた力が怖いらしい。何も知らず従っておる時は良いが、真実を知って逃げ出そうとした今、龍王に己の所業が知れるのを恐れて、消してしまいたいのよ。」

月夜は、フンと鼻を鳴らした。

「愚かなことよ。己の太刀打ち出来ぬものを使おうなどと考えるのだからの。我も愚かであるが。」

明玄は、ふふんと笑った。

「神は皆愚かなのだ。龍王を弑してそして何が残るのか、考えたこともないのだろう。我とて、己一人生きて行くぐらいならあんな愚かな王になど仕えようと思うてはおらぬ。だが、我を頼っておる仲間の居場所は作ってやらねばならぬのだ。」

月夜は、ハッと表情を変えた。確かにそうなのだ。龍王を、もし殺したとしても、今は将維という皇子を筆頭に四人の皇子が居るのだ。皆龍王の直系で、現龍王に敵わなくてもそれは大きな力を持っている。あれらが世を抑え、結局は殺した方が皆殺しにされてしまうだろう。それを、分からないわけではないのに。

「…定士という王は、愚かなのか。」

明玄は、苦笑した。

「龍王に逆らおうという神は皆愚かよな。たった一人であった頃ならいざ知らず、今はもう龍族に逆らえる神などどこにも居らぬ。仮に主を欺き通せたとしても、主一人であれらを滅するのは荷が勝ちすぎるしの。」

月夜は、睨むのも忘れて、それでも鋭い目で明玄を見た。

「…ならば、なぜにそんな愚かな王などについておるのだ。」

明玄は、答えた。

「言ったではないか。仲間の居場所を作るため。主もう分かっておるだろう、我らのようなはぐれ者は、受け入れてくれる宮などあまりないのだ。それでも、どこかに依存せねば神世では生きて行くのは難しい。我は平気であるが、あれらは無理だろう。愚かな王であっても、宮を持ち神世では力を持つのだ。精々利用させてもろうただけよ。」

月夜は、じっと明玄を見た。明玄は、丸腰だ。甲冑を着ているのに、刀を腰に差していない。自分は、どこに居ようと刀を呼び出すことが出来る…。

月夜は、隙を探した。刀が実体化する時間を考えても、相手の気弾の最初の一発を反らせることが出来たら、今は消えている格子の結界を抜けて、外へ出ることが出来るはず。

じっと明玄を見つめて機を伺っていると、明玄はそんな月夜を見てフッと笑った。

「…刀を、呼び出さぬのか?」

バレている。

月夜は、グッと眉を寄せた。確かに自分は未熟で、自分の考えることなど、明玄には全て見えているのだろう。何しろ、明玄に全て教えてもらったのだ。分からないはずはない。

「なぜに、分かっていて丸腰で来たのだ。我など、刀などなくとも消せるということか。」

明玄は、クックと笑って首を振った。

「そのような。我など血筋から違うのですぞ、新月様。」明玄は、わざと丁寧に言うと、手を前に構えた。「逃げるが良い。そうして龍王の結界へと入れば、定士は主に手は出せぬ。月の力を使え。それで己を包めば、結界の内へ龍王の許可がなくとも入ることが出来る。我を気で突き飛ばして出て行ったことにするゆえ、さあ。」

月夜は、それを聞いて刀を呼び出しかけた手をふと止めた。

「…何を言うておる?我を行かせては、主らが…」

明玄は、笑った。

「利用させてもろうたが、もうこれ以上はの。我らは北へ発つことにした。」月夜が目を丸くしたが、明玄は焦れて手を月夜に向けた。「早う!我らだってここを逃れるのだ。主が行かぬなら、ここへ籠めたまま放って行くぞ!」

月夜は、慌てて開いた格子の方へと足を向けた。明玄は、じっとその場に立って動く様子もない。格子の場所を抜ける時、月夜はちらりと明玄を振り返った。

明玄は、こちらを見ながら微笑して、軽く会釈した。

月夜は会釈を返すと、そのまま地下牢を後にして、そして定士の結界を抜けて龍王の結界を目指したのだった。


この数十年、定士の宮の結界から出た事の無かった月夜にとって、世界は書庫で見た地図が全てだった。

それを頭の中で見て、月夜は間違いなく龍の結界である場所にたどり着き、その強力な結界を僅かな月の結界を、それは薄くオブラートのように自分の体に張って難なく抜けた。

朝日が昇りつつある中、記憶の中に微かにある、荘厳で神世一大きな宮がその光に照らされて美しく輝いているのを眩し気に見た。

宮は、起き出そうとしている最中のようで、宙の浮いていては目視で見つかる可能性があることに気付いた月夜は、そっと庭へと降り立ち、庭の立ち木の間に身を潜めて歩き出した。

よく考えれば、龍王の元へ行けばだけのことだった。恐らく見つかったところで、あの叔父ならば父にすぐに連絡を入れて、自分を咎めることなどないだろう。

だが、数十年もどこへ行ったいたと責められることを考えると、まだ堂々と出て行く踏ん切りがつかなかった。


ふと、宮の池の方に、誰かの気配がした。

月夜は何気なくそちらを見て、そして息を飲んだ。

美しい黒髪の女が一人、鯉にエサをやっていた。だが月夜が息を飲んだのは、その女の持つ、感じたことのないほど珍しい、癒しの気だった。

なんと…!なんという慕わしい気なのだ…!

月夜がその気の衝撃に我を忘れてただ茫然と見ていると、その女の背後から、背の高い男が歩み寄って来て、その肩を抱くのが見えた。

「こら、主は。我が目覚めるまで側に居よといつなり申しておるではないか。居らぬと慌てるのだ。このような場に来ておるなど。」

女は、困ったようにその男を見上げて言った。

「申し訳ありませぬ。まだ暗いうちに目が覚めてしもうて、まだお休みであったし、しばらく待っておったのですけれど退屈になりまして。ならば久しぶりに鯉にエサでもと思いましたの。」

男は、女を抱きしめた。

「我より鯉が良いと申すか?主はいつなり日が高くなるまで寝ておるのに。」と、宮の方角へと女をいざなった。「参れ、維月。まだ起きるには早いであろうが…今少しゆっくりとしようぞ。の?」

女は、苦笑していたが、素直にそれに従った。

「はい、維心様。」

二人は、月夜には気付かずそこを去って行った。

月夜は、呆然とそれを見送った。

そうだ、あれは維月…父上の母、龍王の妃。そして、龍王、維心。母の兄であり、我の叔父。

月夜は、衝撃を受けてそこに立ち尽した。

お祖母様と呼んでいた。あの頃には、思ってもみなかった。いや、あれほどに強い癒しと催淫の気など発していただろうか。それとも、我が子供であったから、そんなものには気付かなかったとでもいうのだろうか。歳を取っておらぬ…確かに月は、歳を取らぬ。我は、どうしてしまったのか。あれを見て、まるで胸が掴まれるよう…何が起こっておるのか、我には理解出来ぬ!

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