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会合へ

維心は、立ち上がった。

「では、行って参る。」

維月も立ち上がって、頭を下げた。

「はい。行っていらっしゃいませ。」

維心は、機嫌良く維月の手を取った。

「まあそれほど時は取らぬ。すぐに戻るゆえの。待っておれ。」

外向きの着物に着替えてそれは美しい維心に見とれながら維月が微笑んで頷こうとすると、居間の扉が勢いよく開いた。

「維心!行くぞ、話があるゆえ共に参ろうぞ!」

維月は、目を丸くしている。維心も、今の今まで機嫌よくしていたのに、途端に不機嫌に眉を寄せてそれを振り返った。

「炎嘉。主はまた礼儀も弁えぬ奴よの!話があるならもっと早う参れ!ここで話せば良かったではないか。」

炎嘉は、面倒そうに手を振った。

「あやつらと話して参ったのだ。まあ思うた通りの反応よ。面倒が起こらぬように先に釘を刺して参った。とにかく、歩きながら話す。もう皆会合の間へ向かっておったわ。無駄に広いゆえ我がここまで来る間に皆収まったのではないのか。さあ参れ。」

維心は、仕方なく維月の方を見た。

「水を差されたが行って参るわ。なるべく早う戻るゆえな。」

維月は、苦笑して頷いた。

「はい。お帰りをお待ちしておりまする。」

維心は維月の額に口づけると、その手を放して炎嘉に従って長い回廊へと歩き出て行ったのだった。


名残惜し気に居間を振り返りつつ歩き出した維心を、炎嘉は面白くなさげな顔で軽く睨んだ。

「また。あのな、政務に気を入れぬか。維月は今主の懐であろう?少し離れるぐらいで。」

維心は、自分の胸に手を当てた。

「確かに維月は我の懐の中であるが、それでもあの人型だって慕わしい。だが、主の言う通りよ。頭を切り替えようぞ。して、あれらは納得したのか。」

炎嘉は、ため息をついて前を向いて、歩きながら答えた。

「ああ、あれらも良識は持っておる。納得はしておらぬが承諾はした。此度は翠明の件で西中央を糾弾することはない。安芸はどうやら議題に上げるつもりであったようであるがの。」

維心は、息をついた。

「やはりな。先に申しておってよかったであろう?あれの気性なら会合に出ていきなりでもやりおるのではと思うたわ。」

炎嘉は、立ち止まって維心と向き合った。

「何がよかったであろう、よ。我が聞いて参ったのではないか。主は危惧することばかり挙げて、対応するのは皆我よ。いい加減にせぬか、主だってあやつらに書状を送るなり義心をやるなり何なり対応のしようがあったであろうが。何もせずで会合当日ではないか。ほんにもう。」

維心は、片眉を上げた。

「何を言うておる?我が申したら主がわかった、と申したのではないのか。ならば主が対応するということだと我は判断しておった。任せておったのだから、我が何某かすることなどないわ。そんなこと常の事ではないか。何を憤っておるのよ。」

炎嘉は、はあと大袈裟にため息をついて、また歩き出した。

「そうか、常の。まあ良い、対応は出来たわけであるし。だが我の宮のことを知っておろうが。今は他人の宮を気遣っておるような場合ではないのだ。主も少しは動け。間に合わぬようになるぞ。」

維心は、それを聞いてスッと眉を寄せて背筋を伸ばすと、炎嘉を鋭い目で見た。

「…やはり面倒が起こっておるか。」

炎嘉は、同じように厳しい顔で頷く。

「目に見えぬがの。主が言うた通り、やはり動きがあるわ。我もゆえ、今は長く宮を空けたくないのよ。」

維心は、表情を引き締めた。

「ならばさっさと済ませてしまおうぞ。西の島などの事にかまけておる場合ではないわ。このままでは神世全域に同じような面倒が起こることになろう。それに備えねばならぬ。」

目の前に見えて来た会合の間の大扉を前に、炎嘉も背筋を伸ばした。

「そうよの。では此度もさっさとし切って終わらせるわ。」

二人が並んで大扉の前に立つと、龍の臣下が声を上げた。

「龍王維心様、鳥王炎嘉様、ご到着でございます!」

大扉は、左右に大きく開かれる。

中で待つ神の王達が一斉に立ち上がって頭を下げる中、二人は肩を並べて奥の上座へと足を進めた。


公青は、西の島中央の宮で歯ぎしりしていた。

少ないこの気ではとても会合の責になど行くことは出来ない。だが、翠明の件をもし翠明が会合で議題にでも挙げようものなら、あちらの理屈ばかりが通ってこちらが全面的に悪いことになるだろうと危惧していたのだ。

もちろん、確かに公青が悪いのだろう。それは、公青自身にも分かっていた。

しかし、言い訳も出来ない状態でつるし上げられるのだけは避けたかった。

なので、今回はまだ小さ過ぎるのは分かっていたが、自分の名代として、幼い公明に行かせた…もちろん、公明は何も知らない上に、他の神の王になど簡単にやりこめられてしまうだろう。だが、こうも考えたのだ…何も知らない公明に、強く出ることも出来ぬだろうと。

そうして、回りを重臣に囲ませて公明を送り出したのだが、今回の会合には翠明は出ないようだった。どんな目的があるのか皆目分からなかったが、それでも翠明が出ないのなら少しは安心出来た。他の三人など、所詮は新参者の中の新参者。何を言ったところで、相手にされるはずがないのだ。

公青は、とにかく今は公明を使って、その公明自身のためにも何とかして宮を回していかなければ、と必死になっていたのだった。


公青が案じたようなことは何も起こらず、会合はさっさと予定通りに終わった。

炎嘉はサクサクと議題を処理して行き、維心はその隣りで皆の動きに目を光らせて黙っている。常のことだったが、それを珍し気に見つめる瞳が、安芸、定佳、甲斐の他にもう一人居た…小さな体でメインテーブルに座る、公明だった。

気を遣った蒼がその隣りに座り、いろいろと面倒を見ていた。会合が終わった後は、蒼の後について、志心に促されてしっかりと顔を上げて歩いていた。他の王達も、公青に対するような構えることもなく、公明には親切に接していた。

当の公明はといえば、会合が終わった時には疲れ切っていた。

蒼は優しい月で、気遣ってくれていたがそれでも気の大きな神達に囲まれた、慣れない場所での会合は本当に気を張って疲れていた。

公明がうなだれながらもトボトボと自分の控えの部屋へと向かって歩いていると、脇の布が揺れて、そこから見慣れた二人が出て来た。

「公明。」

公明は、ハッとしてそちらを見た。そこには、明蓮と紫翠が並んで立っていた。

「明蓮!紫翠!」

公明は、それまで父の代行だからと気を張っていたのも忘れて、二人に駆け寄った。明蓮が、笑って隣の紫翠に言った。

「なんぞ王なんぞになって、我らも声を掛けづらいと思うておったというのにの、紫翠。見よ、やはり中身は変わらぬようぞ。」

隣りの紫翠も、おおよそ赤子らしからぬ風情でフッと笑った。

「ほんに我らと変わらぬわ。まだ小童よの。」

公明は、ムッとしたように頬を膨らませた。

「主らは。我は王ではないわ、父上がご病気であられるゆえ、我が来るよりなかったのではないか。ここには主らが居ると聞いておったし、もしや会えるのではと思うておったが嬉しいことよと思うておったのに。」

紫翠が、公明を見上げて言った。

「維月様が、我の世話をしてくれておるのだが、主が心細くしておったらならぬから、こっそり様子を見て参れと主の控えの間を知らせてくれたのだ。なので参った。その様子では主、相当参っておるの?明蓮が案じておったが、その通りのようよ。」

公明は、驚いたように明蓮を見た。

「主、我が疲れておると?」

明蓮は、頷いた。

「慣れぬことをさせられておると聞いておった。王妃様は我の祖母に当たるのだが、いろいろと主の話を聞かせてくれたのだ。友を案じておるでしょう、と申しての。父王が主の母が亡くなったのを悲しんで引っ込んでおる間、主が宮を見ておったのだろう?突然にいろいろなことが降りかかって、主も大変であろうなと案じておった。」

公明は、胸が熱くなった。西に自分の友は居ないが、この二人は離れていても案じてくれていたのだ。自分は、一人ではなかった…。

「…我も、こちらで学びたいわ。だが、父上のご病気が治らぬ限り、ここへ来ることなど出来ぬ。本日も、会合が終わったらすぐに戻るように言われておるのだ。」

明蓮は、表情を曇らせた。

「ならば…ゆっくり話しておる(いとま)もないの。」

公明は頷こうとしたが、少し考えた。そして、言った。

「…いや、良い。今は我が王の代理。我が良いようにする。我は、主らと話したい。のう、しばし語らおうぞ。我だって、たまには息抜きしたいと思うておるのだ。」

紫翠は、気遣わしげに公明を見上げた。

「良いのか?父王に戻れと言われておるのではないのか。」

公明は、ブンブンと首を振った。

「良い。父上は最近、おかしいのだ。何を考えていらっしゃるのか分からぬ時もある。ゆえ、我も良いようにする。」

明蓮もしばし戸惑っていたが、息を付くと、公明を促した。

「ならばこちらへ。我らが常共に遊んでおる場があるのだ。王妃様が良いとおっしゃっておったゆえ、主も参れ。」

公明は、嬉しそうに笑った。

「おお、楽しみよの。久しくこれほど気が楽なことはないわ。」

三つの小さな背は、笑い合いながら宮の奥へと入って行ったのだった。

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