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その理由

翠明が奥宮に近い応接間へと入って行くと、義心が膝をついて待っていた。翠明は、その前の椅子へと進み、そこへと腰かけて言った。

「義心。ご苦労であるな。伝言を聞こうぞ。」

義心は、顔を上げた。

「は。我が王は、此度の件を神世へどう告示すれば良いのか検討中のため、次の会合には安芸様、甲斐様、定佳様のみにご出席いただき、翠明様にはこちらへ留まって頂きたいとのことでございます。」

翠明は、それを聞いて眉を寄せた。

「…それは良い。だが、公青はどうであるのだ。あれが出席するのなら我とて参らぬわけには行かぬ。我を捕らえて傷つけようとしたのは確かであるし、その責任の件も会合で提示せねばと思うておったところ。我が欠席して公青が出席したとなれば、あれの言い分だけが通るのではと案じられる。」

義心は、表情を変えずに答えた。

「我が王のお考えはどうか存知ませぬが、我としてはそのご心配はないのではないかと。」

翠明は、義心の目を見返した。

「あれは欠席すると?」

義心は、首を振った。

「いえ、公青様からのお返事も未だ。ですが、あの状態では会合になど出て参れぬかと。あの宮から参るにしても、恐らくは公明様となりますでしょう。公明様は何もご存知ないと我は確認しておりまするし、翠明様が案じておられるようなことは無いかと思われます。」

翠明は、それを聞いて公青はやはりまだ気が弱ったままなのだと思った。あの時碧黎が言ったことは、真実だったのだ…自分は、やはりこの島を統治していかなければ…。

「龍王殿には、あい分かったと伝えよ。安芸、甲斐、定佳の三人には我から報せを入れる。」

義心は、頷いて、更に膝を進めて言った。

「時に翠明様、我が王より安芸様がたとの会合は、いったいどのような内容であったのかとお知りになりたいとのことでございまするが。」

翠明は、義心を睨むように見た。そんなことまで、把握しようというのか。…確かに、こちらも龍王に頼っているのに、コソコソと己の都合でだけ向こうに問い合わせるのもおかしいということだろう。

翠明は、ため息をついた。

「恐らくは維心殿なら推察できておるかと思うが、あれらは公青の管理を面倒に思うて来ておった。我に、この地の管理を任せて己らで困ったことだけ良いように集まって話し合い、治めて行きたいと思うておったのだ。それを、此度降ってわいたようにこの気が我の身についた。あれらとしては、一気に公青を滅してこの島での己の地位を楽にしたいと思うたようだ。だがしかし、我は碧黎の言葉を聞いておる。あれは、公青に太平の世を守る役目を担わせておったのだと。戦の種を撒くような輩は要らぬと、ああなったのだ。ならば我は、どうあっても戦などしてはならぬのだと。それを話して、とにかくは理解させた。あれらも、龍王の指示を待っておる状態よ。我ら、面倒を起こそうとは思うておらぬゆえ、案じることはないと伝えて欲しい。」

義心は、じっと翠明の話を聞いていたが、頭を下げた。

「は。確かにそのようにお伝えいたしまする。翠明様にも、くれぐれも御身お気を付けくださいますよう。」

翠明は、それを聞いて驚いたように義心を見た。

「我?今の我は怖いものなどない。維心殿に紫翠を任せておるし、綾も居る。ここ数週間は燐殿が維織殿を連れて滞在しておって、誰に攻められる危険もないゆえな。この気で張った結界が、あまりに強いので我も驚いておるほどであるし。」

義心は、頷きながらも立ち上がった。

「もし、でございまする。王は何もおっしゃっておられぬので、あくまでも我が個人的に申し上げまするが、翠明様、気と申すもの、急に扱いを覚えるものではありませぬ。徐々にそうなったのなら案じることもありませぬが、翠明様にはいきなりのこと。前ならば己の力の限界も全て知っておられたが、今は恐らく把握し切れておられないのではないか。王もおっしゃっており申したが、大きな気を持つほど、摂取のタイミングには気を遣うのだとか。常に気の濃い場所では多めに、少ない場所では摂取せず、体の中の気を調節しつつ見ておるのだとか。なぜなら、いきなり多くの気を摂取でもしようなら、辺りの生き物が生息出来ぬほどの量を摂取してしまい、回りの者達を衰弱させ死に至らしめることもあり得るのだと。しかし己の気が無くなれば己が死に至る、そこまででなくとも力が足りぬで存分に術を使えぬなどということになるので、我が王でも幼い頃から自然に摂取の仕方は他と違うものになったのだと。」

翠明は、思ってもいなかったことに目を丸くした。気の摂取の仕方と。そんなことは、考えた事も無かった。だが、確かにそうなのだ。この気の量は、自分が今まで経験したことのないものだった。維心ほどではないものの、炎嘉ほどにはありそうなこの大きな気。いくら使っても減ることもないように感じてはいたが、しかしやはり消耗はしていた。それを、今は結界ぐらいしか使う場所がないので自然に摂取出来ていたが、これが戦や、有事の際には恐らく大変なことになるだろう。いざという時、気が足りぬで誰も助けられなかった、と言う事にもなりかねない。

「…知らなんだ。確かにそうか。気の摂取のタイミングの。我が足りぬと一気に摂取でもしようものなら、回りの者達は大変なことになろうな。肝に銘じて、考えておこうぞ。」

義心は頷くと、翠明に頭を下げてから、出て行った。

翠明は、軍神ですらあの能力である龍に、叶うはずなどないと心底思っていた。それにしてもなんと細かい所にまで気が付くことよ…。


蒼は、駄目なのは分かっていたが重い足を引きずるようにして碧黎の対へと向かっていた。

新月はああ言ったが、それでも自分は長い間公青と友として付き合って来たのだ。奏の件では長く一緒にここで政務を手伝ってもらった。公青は落ち着いたとてもよい王で、その判断は的確で無駄がなかった。

そんな公青がああなってしまったのは、奏が殺されたせいだった。

悲しんで籠っていた間に状況は変わり、そうして我に返った時には、その宮の地位を失っていた。それを奏の遺した公明のために回復させたいと焦るあまり、きっと常ならば絶対にしなかったような事をしてしまったのだろう。

普通の時なら、それも問題なかったのかもしれない。ただの宮同士の争いぐらいにしか見ていなかったかもしれない。しかし、今は時期が悪かった。

碧黎が、神世に関与し始めていたからだった。

碧黎は容赦ない。それは十六夜たちの前世で、あれほどにいろいろと面倒を起こしたのだから分かろうはずだったが、それでもここ最近はこちらの話も聞いて、合わせてくれていたのだ。

それが、闇の復活などという碧黎の手が及ばないような危機に際して、変わってしまった。

そもそもあれほどの力を持っていて神世を乱す恐れがあり、やり過ぎると一時力を使えないようになると、何もして来なかったのは碧黎自身なのだ。

あの消滅させられた享がやった事は、地という存在を変えてしまうほどの事であったのだと、今更ながらに蒼はため息をついていたのだった。

碧黎の居間の前の扉に立つと、蒼は声を掛けた。

「碧黎様、蒼です。」

中から、よく響く声が聴こえた。

「入るが良い。」

蒼は、扉を押し開いて中へと入って行った。

碧黎は、正面の椅子に腰かけてこちらを落ち着いた様子で見ている。外が暗くなって来ていたが、侍女達が火を持って来なくてもここは明るかった。

蒼は、碧黎の前に進んで頭を下げた。

「お話がしたいと参りました。」

碧黎は、何でも見通しているようなその青い瞳でじっと蒼を見つめながら、前の椅子を示した。

「座るが良い。」

蒼は、そこへ腰かけた。そして、何から話そうかと下を向いて思案していると、碧黎は苦笑して先に口を開いた。

「…公青の宮より書状が来ておったようだが?」

蒼は、顔を上げた。やはり、碧黎は皆知っているのだ。

「はい。あの…では内容もご存知でしょうか。」

碧黎は、苦笑したまま答えた。

「書状の中身までは知らぬ。想像はつくがの。」

蒼は、身を乗り出した。

「碧黎様、公青が愚かなことをしたのは分かっております。でも、奏が殺されたからなのです。王座を捨ててまで奏を望んで、そうしてやっと幸せになったと思ったら殺されてしまった。公青が引きこもってしまうのも、仕方がないことだと思います。こうして碧黎様に力を取り上げられて、きっと改心しているかと思うのです。だから…、」

「…力を返してやれと?」

碧黎が割り込むのに、蒼はすがるような目で碧黎を見上げた。碧黎は、フッと息をつくと、ゆっくりと首を振った。

「主が言うのは分かる。だがの、今は世を乱しとうない。戦などしておる場合ではない。享は、消滅してなお地上を乱す輩よ。あれがしたことが、いろいろな事象を生み出し状況が悪い方へと転がろうとしておる。我はそちらを見ておるのに時を取っておって、西の戦などに気を取られておる場合ではないのだ。あれにとっては、あの宮が大切であろうの。だが、我にとっては別にどの宮が西を統治していようと良いのよ。平和に穏やかにしておってくれたらの。」

蒼は、必死に言った。

「でも!きっと公青はもう、戦をしようなんて思っていないと思います!碧黎様の力を見てるし、そんなことをしたら次はどうなるかって分かると思うし…。」

碧黎は、ため息をついた。

「力が戻れば、別の方法で己の宮の力を取り戻そうとしよるわ。蒼、そもそも翠明の何が悪いのだ。良いではないか、あれは公青が呆けておる間、西を回しておったのだ。しかも、あれは維心について政務を学んでそれなりに良識も育って良い神になっておる。鷲の妃も居り、子の気の強さも申し分ないし、此度の事があっても、じっと黙って己の力を周囲にひけらしたりせず、維心の指示に従おうとしておる。我はあのような王の方が扱いやすくて良いのだ。今の世の問題は、もっと別の所にある。蒼、主も月なら、それを気取らぬか。」

蒼は、そう言われてグッと黙った。気取ると言って、蒼には皆の感情は月からよく気取れるが、それが何を意味していて、そしてどうなろうとしていて何が危ないのかの判断が出来ない。

碧黎は、蒼が戸惑うのを見て先を続けた。

「命の問題ぞ。」蒼がまだ戸惑っていると、碧黎はまた苦笑した。「主には難しいかの。しかし維心は恐らく気取って見ておると思うぞ。享のヤツはの、闇のことだけでなくいろいろと面倒なことを神世に見せて消えて行ったのよ。鳥の宮も面倒に巻き込まれようとしておるのだ。炎嘉はそれを知っておるだろう。西にばかりかまけておる場合ではないのだ。」

蒼は、炎嘉と言われてやっと思い当たった。炎嘉は、嘉楠の命をもらって復活した。命の問題…そんなことが出来るという事実を、享は神世に知らせる事になってしまっていたのだ。

「それは…神世は、命を繋げる方法を取り合うようなことになりそうだと?」

碧黎は、じっと蒼を見つめた。

「なりそうなのではない、なっておるのだ。水面下で、蠢く邪な意思を感じぬか?己を生かしたい、そのためなら臣下の命さえいとわないという輩の、暗く浅ましい念よ。維心はそれを見越し、術を知る者達に箝口令を敷いた。炎嘉もそれに呼応し、あの術は失われたとした。だが、それを探し出そうとする輩は居る。黄泉の道へと逝くことが、余程に怖いのであろうの。我にすれば黄泉などぬるい。消滅の方がよほど恐れるにたる事態なのだと知らしめる必要があった。」

蒼は、口を押さえた。

「だから、享を消したのですね。」

碧黎は、頷いた。

「そうよ。闇を発生させるようなことを考えぬようにというのが表向き、しかし裏は、黄泉へ逝けるならまだ良い方、他にもっと恐ろしいことがあると知らしめるため。神は愚かぞ。目の前に突き付けられねば分からぬのだ。そして、突きつけられても分からぬ輩も居る…我はまだまだ、何人を消滅させねばならぬのかと思うの。」

蒼は、うなだれた。そんな深くまで、考えている余裕もなかったし、頭も回らなかった。そこに見えている事だけを見て、処理している自分はまだ、本当に王として未熟なのだ。

碧黎は、そんな蒼の頭をポンと叩いた。

「主は我らに比べたらまだ子供。炎嘉や維心は前世の記憶も持ち我の認めた優秀な王ぞ。あれらに敵うはずなどないのだ。ゆえ、主の気持ちは分かるが、公青の力のことはあきらめよ。今はそれどころではないのだ。西は、翠明に安定して治めさせ、我らはこちらの命の問題に向き合って、愚かなことを考える輩を根絶することに努めねばの。」

蒼は、何も言い返すことが出来ず、碧黎の居間を後にした。

碧黎はそんな蒼を見送ってから、窓へと歩み寄り、そうして暗くなった空を、どこかへ飛び立って行ったのだった。

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