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その様子を、十六夜は翠明の目から見ていた。

維心は義心の目から見ていたようで、目を十六夜へと向けた。

「…気の大きさが入れ替わったな。」

一人何も見えて居なかった維月が、驚いたように目の前の文机から顔を上げて維心を見た。

「何のお話でございますか?」

維心は、維月を見た。

「公青と翠明の気の大きさを、碧黎が入れ替えたのだ。我も初めて見たわ。」

維月は絶句している。十六夜は、険しい顔で維心を見た。

「…親父の力には底がねぇ。オレにはそんな事は出来ねぇし、思いもしなかった。まさか…そんな事をしようと思ってたなんて。」

維月は、十六夜を見て言った。

「お父様は寿命を切るとかおっしゃっておったの。でも、まだ復帰しようとしているところだからと、私は止めたのよ。その時は考え直されたようなのに、此度はなぜ?」

維心が答えた。

「碧黎は寿命を切ることも考えたと申しておった。だが、公明の事を考えたようよ。それでは宮の維持に支障が出よう。世を戦国に戻すやり方に我慢がならなんだようだの。それにしても、あれが神世に関与し始めて我も楽になるわ。思いもせぬやり方をしよる。あれは出来る事が多いゆえな。」

「オレにも出来るのかもな。」十六夜は、硬い表情で言った。「親父は、そういう事をオレにやらせたいと思ってたんだろう。だからこそ、維心について学ばせて、地上の王にしたかったんだろうよ、前世は。」

維心は、十六夜を見た。

「ならば我はいらぬだろうが、此度は我の事も何やら必要なようよ。なので主も、そこまで気負うことは無い。僅かの間に、よう理解するようになっておるではないか。今少しここで学び、しばらく経てば碧黎も気強く主を一人にはしておらぬよ。案ずるでない。」

維心が、十六夜を気遣ってそう言っているのが、維月には分かった。碧黎がどこまでを望んでいるのかなど、分からないのだ。維心を月にする、と言っていたということは、維心ぐらいのレベルで物事が理解出来て解決できないと、満足しないのかもしれない。

碧黎の、合格レベルがどこまでのか、あくまで未知数だった。

十六夜は、それが分かるようで、首を振った。

「お前が気を遣ってくれてるのは分かってる。親父が何か言ったんじゃねぇのか?オレにはあんまり言わねぇんだが、お前には話に行ったりしてるみてぇだしよ。」

維心は、息をついた。

「別にそう頻繁に来るわけではないぞ。一度来たきりよ。その時も主の学びのことについて話して行っただけであるしな。なので、我にも主の成長には責任がある。ここで、我の政務を見てよく学べば良いのだ。」

十六夜は、維心を驚いたように見た。

「オレの教育まで任せたのか?お前も大変だな。ちょっとは分かって来たつもりだったけどよ、今回の親父の動きとか見てたら、オレもあんまり自信がなくなって来たよ。親父とおんなじことは出来ねぇ。おんなじとを考えることも無理だ。親父がオレに何を求めてるのか、最近じゃ分からなくなって来てるんでぇ。」

話しているうちに、段々に真剣な顔になって来る。維月は、横から言った。

「十六夜…無理をしないで。お父様が維心様について政務を見ても分かるって言ったんでしょう。それだけ、十六夜は短期間で成長したってことよ?きっと大丈夫。このまま、今度は維心様の考えを学んで行ったらいいんだから。」

十六夜は、息をついて維月を見た。

「お前は気楽でいいだろうが。今は石だが維心ががっつり守ってるしよ。分かってる、親父はオレじゃお前を任せるのに心もとないって思ってるんだろう。だが、オレはオレでやるしかねぇ。」

維月は、お前は気楽と言われて、確かにその通りなので何も言い返せなかった。維心は、急いで割り込んだ。

「維月に当たるでない。維月はいつも我らに守られておってそれで当然だったではないか。皆の手の届かぬ月である間は良かったが、こうして石になどなってしもうては危険性も増すゆえ。我が見張っておるだけぞ。とにかく、主も早う一人前に。それで、碧黎が折れたら我ら元通りであるのだから。」

十六夜は、暗くなった空を見た。月が昇って来ている…もう、夜だ。

「…分かったよ。今日はもういいだろう?オレは月へ戻る。明日から、お前の謁見やら会合やらについて回るさ。じゃあな。」

維月がまだ何か言いたそうにしたが、十六夜はそのまま、月へと打ち上がって行った。

やはりどこかよそよそしい感じになってしまっている十六夜に、維月が心配そうに空を見ながら佇んでいると、維心がその肩を抱いて、言った。

「気にするでない、維月。仕方がないではないか、十六夜の試練の時ぞ。あれは、さっきも言うた通りしっかりして来ておる。我も明日からの政務に身が入ろうというもの。」

維月が黙って頷くと、義心が入って来て、膝をついた。

「王。ただいま戻りました。」

維心は、頷いて義心を振り返った。

「ご苦労だったの。見ておった。翠明の気、公青と入れ替わったようだ。」

義心は、顔を上げて維心を見上げた。

「は。目の前で碧黎が行なったのを見ておりました。そんな大きな術を使っておる様子もなく、あっさりと。我も、何が起こったのかわかりませんでしたが、気を読んですぐに事態が呑み込めましてございます。」

維心は、重々しく頷いた。

「碧黎に出来ぬことなどないということよ。ここ数カ月で尽く神世の常識ではあり得ないことをしでかしてくれおって。これで地の地位は安定よな。誰も逆らえぬだろう。そうして、碧黎が真実何がしたいのかは我にも分からぬが。しかし、十六夜も良い方に考えが変わって来ておるようよ。とりあえずは碧黎の言うようにしておくのが良いであろう。」

「は。」

義心は、頭を下げた。維心は、義心に頷きかけた。

「主はもう任務を離れよ。明日からに備えて今夜は義蓮(ぎれん)か明輪に夜番をさせよ。油断ならぬ情勢ぞ。」

夜は、普通序列がもっと下の者を配置したりするのだ。それなのに、義蓮は義心のたった一人の息子で序列は今4位、明輪は3位。それを指名することで、維心は義心には休め、だが警戒は怠るな、と言っているのだ。

義心は、頭を下げて立ち上がった。

そうして、居間を出て行った。

それを見送りながら、維心は呟くように言った。

「…あれも長く我に仕えておることよ。これほどに生きて、苦しまぬでも良いのに。」

維月は、それを聞いて下を向いた。義心は、忠実な家臣だ。維心も、義心を重用していて、これは前世から変わらなかった。滅多に他人を信用しない維心が信じて使っているのだから、義心がどれほど優秀で忠義に厚いのかわかる。一度は自分の寿命のことを考えて軍を退いていたが、老いが来ないのを見て再び軍に復帰した。本当なら、働かなくても義蓮が仕えているのだから生活には困らないはずなのに。

そして、維月を愛してずっと見守っている男だった。維月は、前世からそれを気にして来たのだ。

維心は、維月のその様子を見て、苦笑した。

「主が気にすることではない。あれが選んだ生き方ぞ。我も、そう思う事にする。」

維月は、維心を見上げた。

「維心様…。」

維月が維心を見上げると、維心は維月の頭を撫でた。

「長らく物思いを持っておるものよ。主が唯一の月であったから起こったことであったが、今は石であるし。そう思い悩むことはないのだ。」

維月は頷いたが、納得はしていないようだった。

維心はため息をついて、維月を促して湯殿へと向かったのだった。

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