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翠明は、公青の宮の地下牢で、座っていた。

捕らえられるのは、想定内の事だった。しかし、連れて来た頼光がどうなったのかが気になった。翠明が帰らないとなれば、この情勢で間違いなく捕らえられたのだと判断するだろう。頼光を帰せば、それが宮に伝わり、いち早く周りの宮や安芸達が気取り、攻め入って来るはず。

翠明は、それを避けたかった。

それは公青も同じだろうと思われた。だが、頼光には生きていて欲しかった。幼い頃から共に育った軍神なのだ。筆頭に座ってからも、よく仕えてくれていた。

自分には、臣下を助ける力も無い…。

翠明は、歯痒かった。

するとそこへ、何かの気配が入って来た。思わず身構えると、それは公青だった。

「本当の気持ちを話す気になったか。」

翠明は、公青を睨む。

「…頼光はどうした。」

公青は、フフンと笑った。

「軍神など気遣っておる場合ではないぞ。宮を無事に守りたいのだろう。」

翠明は、同じようにフフンと笑い返した。

「今頃綾の息子が訪問しておるはずよ。前夫の子だとて我は快く受け入れるゆえな。しばらく放って置いたので、母が気になると申して今朝方こちらへ参ると行って来た。今攻め込むのはまずいのではないか?」

公青は、思い切り眉を寄せた。鷲の王族か。

「…やはり、主は策しておったか。そうしていろいろな力のある神と繋がって、我の隙を探しておったのだろう。隙を見せたのは我の不覚。たが、返してもらおうぞ。主などにこの島は守り切れぬ。」

翠明は、公青を睨んだ。

「どこまでも我を悪者にしたいようよな。我はただ、島を回せなくなって参ったから、何とかしようとしておっただけよ。主が戻った時は、安堵したもの。それを主は、頭から成り代わるだの何だの。回りの宮が何を言っておるのかは知っておる。だが、我は面倒だと思うておったわ。だが、主は己のせいで他の者達に見捨てられたにも関わらず、我の策のせいだと思いたいのであるの。知っておるか?王としての責務をこなさぬものは、王として見られないのだぞ?我を消したところで、もう無理なのではないか。」

公青は、それをブルブルと震えて聞いていたが、いきなり手を上げた。

「やってみなければわからぬわ!」

しまった!

と、翠明は思った。煽り過ぎたか。

来る、と思った翠明は、急いで目の前に障壁を作った。しかしこんなものは、公青の気砲の前にはなんの役にも立たないことは分かっていた。

公青の気砲は、まともに翠明の障壁を捉えた。

…駄目だ、受け切れぬ!

翠明が思って目をつぶった時、その障壁が消えるのと同時に、公青の気砲もフッと何かに吹き消されたかのように突然に消えた。

驚いた翠明が公青を見ると、公青も驚いたような顔をしている。

「…何が…?」

翠明が呟くように言うと、しっかりとした声が降って来た。

「地に落ちたの、西の島の王として君臨させておったのに。」

声の方を見ると、そこには青い髪に青い瞳の、端正な顔の男が、浮いていた。翠明が誰だか分からず呆然としていると、公青の顔色が変わった。

「碧黎…!主、こんな所で何を…!」

碧黎と呼ばれた男は、嘲るような笑みを浮かべた。

「こんな所で何を?我が問いたいわ。我の上で何をやっておる。我に見えぬわけはあるまいが。主は己の利など考えてはならぬ命。世の為その太平を守るために生きる事を決められ、その大きな気を持たせておったのだ。」碧黎は、手を上げた。「戦の種を撒こうとするような輩に大きな気は持たせておけぬ。その任は、そこの翠明とやらの命に託そうぞ。役に立たぬ者は要らぬ。」

碧黎の手から出た光は、あっさりと公青捉え、翠明を捉えた。二人は何が起こっているのか理解出来ず、その場にうずくまって気が遠くなるほどの何かと戦った。

「王!」

公青の軍神達が、異常を気取って駆け込んで来た。碧黎は、薄っすらと青く光る眼で、入って来た隼人他軍神を見下ろした。

「!!」

軍神達は、まるで亡霊でも見たような顔をして、後ずさった。しかし、隼人だけが、何とかその場に踏みとどまって、必死に膝をついた。

「碧黎様!どうか、どうか我が王をお離しくださいませ!」

この地には、逆らっても絶対に勝ち目はない。

碧黎は、隼人を見下ろした。

「主らが口を出すことではない。」と、二人に視線を移した。「終いぞ。」

光が、スッと消えた。

何事も無かったように消え去った光の跡で、牢の中と外で、翠明と公青はぐったりと倒れて身動きしなかった。

「治癒の者を!早う!」

隼人は、そう残りの軍神に叫んでから公青に駆け寄って、その肩を抱き起した。

「王!王、お気を確かに!」

軍神達が駆け出して行く中、隼人はその気が安定していて特に問題ないのを感じ取り、ホッとしていた。少し弱っているようだが、死ぬほどの事はない。

公青が、呻いて目を開いた。

「う…何ぞ、何が…。」

「王!」

隼人は、公青の顔を覗き込む。公青は、隼人の顔を見上げ、その向こうに見える碧黎の姿に、いきなり起き上がって、構えた。

「碧黎…!」

碧黎は、公青をじっと見つめた。

「まあこれで、面倒なことを考えることも無かろうぞ。寿命を切っても良かったが、それでは次の王が難儀しようしな。」と、チラと首を振って起き上がろうとしている翠明の方を見た。「いつまで寝ておる。迎えが来ておるわ、さっさと出て己の宮へ帰るが良い。そして、己の責務を果たすのだ。責務を果たせぬ王など要らぬ。それを肝に銘じよ。」

翠明は、何が何だか分からなかったが、フラフラと立ち上がった。頭が割れるようだ…考えもつかない力が流れ込んで来て、もう死ぬのだと思ったのに。

「逃がしてはならぬ!」

公青が叫ぶ。だが、翠明は目の前の気の格子を、事も無げに手を振って消滅させた。

「!!?」

公青も、軍神も驚いたが、翠明も驚いた。まさか、公青が張った戒めの格子を、こんなにあっさり消してしまえるとは思いもしなかった。

脇から、聞き知った声がする。

「こちらへ!」

翠明は、弾かれたようにそちらを見た。そして、軍神達が止めようと刀を抜いて掛かって来るのを片手でしのぎながら、その背を追ってその場を抜けて行った。

「追え!追うのだ!」

公青が叫ぶのに、まだ近くに浮いていた、碧黎がクックと笑った。

「笑止。己の気を見てみるが良い。」公青が碧黎を見上げると、碧黎はニッと笑った。「ではの。」

そして、パッとその場から消えた。

宮の軍神は誰も、逃れて行く翠明と後一人に追いつくことは出来なかった。


「王!」

翠明の宮では、一緒に連れて行ったはずの、頼光が涙を浮かべて駆け寄って来た。

「頼光、主、無事であったか。」

翠明がホッとして言うと、頼光は何度も頷いた。

「は。始末されるのに裏庭へ引き出される折、義心殿が救ってくだされたのです。我を結界の穴へと誘導し、王を助けて戻るゆえ、足手まといにならぬように先に帰っておれとおっしゃって。」

義心は、翠明を振り返った。

「では、翠明様。我が王の(めい)は遂げましたので我はこれにて。」

翠明は、慌てて義心の腕を掴んだ。

「待て、あれは?公青は、碧黎と呼んでおった。地か?」

義心は、頷いた。

「は。我もあの場に地が出て参るとは意外でありましたが、事が収まるまで黙って見ており申した。地に逆らうのは無駄でしかありませぬゆえ。」

翠明は、ためらうように自分の手を見た。

「では…この、力は?公青の気の格子を、簡単に砕くことが出来た。地が力を貸してくれたと。」

義心は、翠明に向き合った。

「我は、そう思いませぬ。翠明様、では空に向かって気を打ち上げて見てください。どこまで届くかで、その大きさをご自覚出来ましょうほどに。」

翠明は、怪訝な顔をした。

「気を打ち上げる?」

義心は、頷いて自分も手を上げた。

「こうなさるのです。」

義心は、暗くなりつつある空に向かって気を打ち上げた。その気は、一筋に空高く打ち上がって行き、翠明には、とてもそこまでの気は無いと眉を寄せた。

「…主には意外やもしれぬが、我にはそこまでの気は無い。」

義心は、頑なに首を振った。

「いいえ。やってご覧になるが良い。さあ。」

強引なのは、龍王と接しているからか。

翠明は思いながらも、助けてくれたものが言うのだからと、空に向かって気を打ち上げた。

するとその気は、義心と同じように真っ直ぐに、もしかしたら義心を凌ぐほどの勢いで空へと打ち上がり、そうして、スッと消えて行った。

それを見た頼光も、新光も唖然としている。

何よりも、やった本人の翠明が、ぽかんと空を見上げていた。

義心は、苦笑して言った。

「そういうことでございます。では、我が王がお待ちですので、我はこれで。」

義心は、そう言い置くとサッと東の空へと消えて行った。

翠明は、あまりのことにただ茫然とするしかなかった。

そう、生まれ持って来た生涯変わる事の無いはずの気の大きさが、信じられない程大きくなっていたのだ。

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