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月の宮にて

維月は、月の宮に里帰りしていた。

もう一週間もすれば、龍の宮へと帰る。

例のごとく追って来た維心の対で、十六夜と碧黎と向き合いながら維月は話を聞いていた。隣ではがっつりと肩を抱いた維心と、反対側の隣では手を握った十六夜に挟まれて、落ち着かなかったのだが碧黎の話が面白いので身を乗り出していた。

「それでの、忘れておったのだが、張維は舞いを良くするのだな。」碧黎は続けた。「あれはほんに見ものであったわ。」

維心が隣で眉を寄せたが、それに気付かない維月は、感心したように言った。

「まあ…龍王様でいらしたのに、舞いを?」

碧黎は、笑って頷いた。

「主は生まれてもおらなんだゆえ知らぬだろうが、我は見たことがあったのだ。龍に伝わる破邪の舞いと申すもので、龍王ほどの大きな気を持つものでなければ舞うことは出来ぬのだぞ。」

維月は、袖で口元を押さえた。

「それほどに難しい舞いであるのですか?」

碧黎は、首を振った。

「まあ複雑ではあるが、神ならば覚えられなくはない。しかし、あれはその名の通り魔を断つ舞い。邪心を切り裂いてしまう力を込めた舞いであって、それだけの力を持っておらねば本当の舞は出来ぬ。歴代の龍王は、世が荒れて参ったと見るや、その舞いを披露し、世の邪心を切り裂いて整えた。過去に我が見たのは初代の維翔が一度、維海が二度、維淳が一度、張維が在位中一度に黄泉でのこの間の一度しかない。張維の頃には楽器も入って音と合わせてそれは美しく完成しておってな。まあ世が乱れて参ったら、面倒だから舞ってとりあえず押さえてしまおう、というのが趣旨であるわな。」

十六夜が、維心を見た。

「お前は舞ったことねぇのか?将維の舞いも親父は見たことねぇみたいだし。」

維月も、きらきらとした目で維心を見る。維心は、憮然として答えた。

「別に我は、舞いなど必要なかったからぞ。この力で平定したのであるから、誰も我には逆らわぬ。我が舞わぬのだから、将維も知らぬ。なのでここ二千年ほどは破邪の舞いは行われておらぬのだ。」

維月は、それでも維心を見上げて言った。

「でも、維心様はそれを知っておられるのですわね?」

維心は、警戒気味に頷いた。

「知っておる。一度父上の舞いを見たからの。」

十六夜が、からかうように言った。

「一回きりじゃ覚えられなかったんじゃねぇのか?」

維心はふんと鼻を鳴らした。

「あんなもの一度見たら覚えるわ。必要無かったから舞わなんだだけぞ。」

維月は、維心の方へ身を乗り出した。

「では、少しだけでも見てみたいですわ。維心様が舞われるなんて、思ってもおりませんでしたもの。」

維心は、とんでもないという風に何度も首を振った。

「いくら主の頼みでも、我は舞わぬ。だいたい、なぜに我がそのようなことをせねばならぬのだ。七夕の見世物だけでも大概うんざりしておるのに!今は太平、必要ないではないか。」

「でも…!」

「待たぬか」維月が食い下がろうとすると、碧黎が横から割り込んだ。「良いではないか。維心の言うように、そうそう舞っていいものでもない。あれは反則ぞ。まあ人の世で言えば、悪い状況だけをオールリセットするようなもの。やはり人も神も、今ある状態をどうやって正すのか試行錯誤を繰り返して徐々に回復させて行くのがいいのだ。それでこそ責務を果たしておろうというもの。しょっちゅう舞っていいのなら、何も考えずに毎年舞っていたら良いのだからの。張維も、あちらの黄泉の道にあまりにも迷える魂が増えて参ったので、一度まとめて浄化して逝く場所へと送ってやるために、あの薄暗い黄泉の空間で舞いを披露したのだ。あちらこちらの黄泉の門が張維の舞いを見るためだけに開いて、その光で薄暗さなど吹き飛んだものよ。お陰で一気に黄泉の道の空間は清々しくなった。ようやってくれたと我はあれをねぎらってやったわ。」

維月は、残念そうに頷いた。

「そうでしたの…仕方がありませんわね。」

維心が、横でホッとしたような顔をする。十六夜は、つまらなさそうに椅子の背にそっくり返った。

「け、出し惜しみするなー。長い付き合いなんだから、ちょっとぐらいいいじゃねぇか、減るもんじゃなし。」

碧黎が、苦笑して十六夜を見た。

「ならば、主が舞うか?破邪の舞いほど強いものではないが、浄化の舞いというのが、確か人の間であっての。鳥を祀った神社に奉納されておったから、恐らく現在の龍南の宮辺りに伝わるはず。炎嘉が鳥の王であった時も、毎年のように人があれに浄化の舞いを奉納しておったから、見ておったはずぞ。」

維月が、ぱっと明るい顔をした。

「まあ!炎嘉様がご存知なのですか?」

碧黎は、微笑んだ。

「恐らくの。浄化の舞いならば、月にぴったりであるし、我も主らが舞うのを見てみたいもの。」

十六夜は、複雑な顔をした。

「オレが舞うってさーイメージじゃねぇっつうの。維月なら見てみたい。小学生の頃運動会でやってたのを見たぐらいで、あれから見てねぇしなあ。」

維月は、ほんのり赤くなった。

「ちょっと、前世の人の時でしょ?もうやめて、あれは忘れて。」

碧黎が、柔らかく微笑んだ。

「良いではないか、人の子供の遊戯というものは、時に我らにも癒しをもたらすもの。我もあの頃己が生み出した命を眺めておったゆえ、主が愛らしい姿で舞っておったのは見ておったぞ。」

維月は、ますます真っ赤になった。

「まあお父様まで。そのお話は、もうお許しください。」

するとそこへ、蒼が入って来た。

「ああ、みんなここに。」と、十六夜を見た。「十六夜、緑黄(ろくおう)が来てるんだけど。」

緑黄とは、鶴の宮の現在の王だ。緑青と雛の間の息子で、老いた父王に代わり、最近ではしっかりと王として君臨している。

十六夜は、腰を上げた。

「なんだ、緑青の具合が悪いとかか?」

蒼は、頷いた。

「一応オレもあっちへやる浄化の気を強化したんだが、月にも頼んでおきたいと言っていてね。」

維心が、口を挟んだ。

「緑青はもう800歳を超えておるだろう。いくら浄化の気を送っても寿命には抗えぬのにの。」

蒼は、苦笑して頷いた。

「ええ、それは緑黄にもわかっているんですよ。でも、少しでも楽に送ってやりたいと思っているのでしょう。」

碧黎が、顔をしかめた。

「なんぞ?維月。」維月の視線が意味ありげに自分に向いているのを感じたのだ。「緑青は寿命が尽きるのも間近。我は一般の神にまで何某か働きかけはせぬぞ。」

維月は、ため息をついた。

「良いのですわ、分かっておりまする。お父様は、その「時」をご存知なのかと思うただけですの。」

碧黎は、肩をすくめた。

「この一年か二年かということしか我にはわからぬなあ。寿命が切れてからは、個々人の意思にもよるのだ。まあそう何年も踏ん張れぬがの。」

維心が、蒼に言った。

「ならば、ここへ緑黄を呼べば良い。」

蒼は、維心を見た。

「ここへ?良いのですか。」

維心は、前世から変わらずあまり他の神には会わない。ここは月の宮とはいえこの部屋は維心のための対なのだ。プライベート空間になるのに、本当なら嫌がることなのに。

維心は、頷いた。

「良い。緑青が長くないのなら、我とて一度会っておいても良いかと思うておるし、緑黄が来たら共に宮へ参ることも出来ようが。」

維月が、横で維心を見上げて感心したように言った。

「まあ維心様、今生はそのようなことにもお気を回されるようになられて。私も嬉しいですわ。」

維心は、困ったように維月を見た。

「あれとはここでよう顔を合わせておったし、長くないのなら顔ぐらいは見てやろうと思うただけぞ。」と、蒼を見た。「早うここへ。」

蒼は、頷いて軽く頭を下げると、そこを出て行った。十六夜は、立ち上がっていたのにまた維月の横へと座った。

「まあ緑青はそれほど気が大きくもないから、緩やかに老いてたし回りも心構えが出来てていいよな。お前や炎嘉みたいな大きな気の神は、いきなり老いて一瞬で死ぬから回りがパニックになるんだよ。」

維心は横を向いた。

「好きで長命なのではないわ。」

維月が、気遣わしげに維心の顔を覗き込んだ。

「維心様…十六夜は何も批判したのではありませぬの。ただ、いつ老いが来るのか分からない分、回りはとても慌てると言いたいのですわ。」

維心は、維月と視線を合わせて頷いた。

「分かっておるよ。何年一緒に居ると思うておるのだ。ただ、言い方が気に入らぬのだ。」

維月が困ってどう返そうかと考えていると、扉が開いて蒼と、真っ黒の髪に黒い瞳の、緑青によく似た、しかしとても若い男が入って来た。そこに居る維心を見て、少し緊張気味に表情を引き締めたのが見える。蒼が、進み出て言った。

「維心様、おっしゃる通りに緑黄(ろくおう)を連れて参りました。」

維心は、頷いて前の椅子を示した。

「座るが良い。」

緑黄は頭を下げると、維心の前へと腰かける。蒼も、その横へと腰かけた。緑黄は蒼が座るのを待ってから、維心に言った。

「維心殿、この度は父の様子を知りたいとのこと。残念ながらそれほど良いものではありませぬが、それでも本人は大変に気力があり、痛みもなく動きは緩慢ながら命に別状はないように見えまする。」

維心は、片眉を上げた。

「しかし蒼から聞いたが、あまりようないようではないのか?」

緑黄は、それには渋々頷いた。

「はい。確かに気の量は減って来ており、我も気が気でなくこちらへ何度も浄化の気を送ってくれるように御頼みに参っておりまするが、何しろ本人がそれほど苦しんではおらぬので。まだ死なぬとここへ来る我を咎めるほどでありまする。」

維心は、それを聞いてちらと碧黎を見た。碧黎は何も言わない。維心はまた緑黄へ視線を戻した。

「…ま、何にしろ老いて弱っておるのは事実。我もあれと会って話でもと思うておるのだが、病床へ参るのは気が退けておった。しかし主の話であるなら、会いに参っても問題なさそうぞ。今から参ろうかと思うておる。」

緑黄は、驚いたような顔をした。

「今から、龍王が我が宮へ行幸なさると?!」

確かに、龍王が会いたいと言えば、格下の神は龍王の元へ参じなくてはならない。龍王から相手の所へ行くなど考えられないのだ。しかし、維心は苦笑した。

「ああ、公にではないわ。こうして月の宮へ参っておるのすら、忍びであるのに。そのついでにそちらへ参ろうかと思うておるだけぞ。そのように仰々しく考えるでないわ。」

それでも、緑黄は恐縮して頭を下げた。

「はあ…何も気の利いたお迎えは出来ませぬが…それでもよろしいのなら…。」

蒼が、横からそんな緑黄に言った。

「そんなに構えなくてもいいんだよ、緑黄。維心様は、本当に気軽にこちらへ来られるし、ここからなら気軽にどこへでもふらっと出られるから。緑青の所へ連れて行って差し上げてくれ。」

緑黄は幾らかホッとしたような顔をしたが、それでも緊張気味に立ち上がった。

「では、こちらへ。父の所へご案内致します。」

維心も、頷いて立ち上がると、維月の手を取った。

「我が妃も行くゆえの。」と、維月を立たせて促した。「さ、維月、共に参ろう。」

「オレも行く!」十六夜が横から言った。「緑青だろう。オレだって最近顔見てねぇしな。」

維心は、不満げにため息をついた。

「では来るが良い。」

そうして、維心と維月、そして十六夜は、緑黄について鶴の宮へと向かったのだった。

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