スイスー 記憶の贈り物(来なくていいからね)
はっ。
他人にはおそらく気がつかないほど
ほんのわずかだけれど、
一瞬、息を飲んだ。
自分が何かに小さくショックを受けたということを、
そのときには気がつかなかった。
2015年10月、
日本に一時帰国をし、
おばあちゃんに会いに行ったのだ。
「おばあちゃーん、こんにちはー。」
おばあちゃんを訪ねると、
おばあちゃんはいつも、
「はぁ、由季ちゃん。よく来たねぇ。」と言って、
ぎゅっ、と、抱きしめてくれる。
それは、この40年間、全く変わらない、
おばあちゃんの歓迎の儀式のようなものだ。
ところがこの日のおばあちゃん、
反応がいつもと違う。
「はぁ、由季ちゃんかい。はっはっはっ。おばあちゃん、見えないよ。」
おばあちゃんは、この1年半の間に、
ひとまわり、小さくなっており、
しかも、腰が90度近く曲がっていて、
顔面が床に吸い寄せられているかのようだった。
こちらも出来るだけ小さくしゃがみこみ、
おばあちゃんの顔を下から覗き込んだ。
「由季です。おばあちゃん。こんにちはー。」
「おっほっほっ。由季ちゃん。よく来たねぇ。」
抱きしめる代わりに、
おばあちゃんは腕をぎゅっとつかんだのだった。
それから3時間ほどだったか、
伯母様の美味しいお料理をご馳走になりながら、
おばあちゃんのお隣でいつものように世間話をする。
その間、腰と膝が痛みのために歩くのが容易でないはずのおばあちゃんが、
居間と、二階の自分の部屋との間を行ったり来たりし、
居間に戻ってくるたびに手にしているものをこちらに差し出した。
「はい、・・・・・これ。
こんなものいらないかもしれないけれど・・・」
例えばそれは、手作りの本だった。
右からも
左からも
両方から開ける。
だから、不思議な本。
「こういうの、知ってる?」
左右両方から開きながら、ひ孫たちに見せる。
「喧嘩しないように、もう一冊ね。」
「これ全部、ひいばあちゃんが、描いたのよ。」
表情が、
なんとなく、
愛くるしい。
また、それは例えば、バッグだった。
「使わないかもしれないけれど・・・」
おばあちゃんが、染めて、
おばあちゃんが、絵付けして、
おばあちゃんが縫ったバッグ。
「えっ、これ、おばあちゃんが作ったの?」
と聞くと、
バカにするんでないよ、という息遣いで、
「これくらい、ばあちゃんだって作れるよ。」
という返事が返ってきた。
他にも貝で作ったキーホルダーや、
お手玉などなど、
どれも手作りのものばかり。
手の中の作品に秘められた想いと時間に、
ただただ、
圧倒されるばかりだった・・・。
帰り際、
いつものように玄関まで見送りに出てきてくれたおばあちゃんが口を開く。
「体を大事にね。
おばあちゃんに何かあっても、
帰ってこなくていいからね。」
「おばあちゃん、また来ます。」
おばあちゃんは、いつものように、
私たちを乗せた車が曲がって見えなくなるまで、
道路で、
身動き一つせず、
じっと、見送ってくれたのだった。




