1984年、小学校時代ー 記憶の贈り物(おばあちゃん家)
1984年ー 年賀状
あけまして おめでとう
昭和五十九年 元旦
ことしも元気 でね
1984年ー 誕生日カード
ゆきちゃん
おたんじょう日 お目出度う
この間のうんどう会は
とても 楽しかったです
ゆきちゃんが あまり早いので
びっくりしました。
学校の行きかえりは
よく気をつけて下さいね
もうパクちゃんも寒そうです。
ミケルも日なたで
じっとしています。
おげんきで
小学校時代ー 記憶の贈り物(おばあちゃん家)
月に一回くらいだったか、
おばあちゃんのお家に家族で遊びに行った。
日曜日、
車で一時間ちょっと走っておばあちゃんのお家に着くと、
重たいガレージの扉がすでにガラガラと全部開かれていて、
あっ、おばあちゃんが開けておいてくれたんだ、
とちょっと嬉しい気持ちになる。
玄関からよじ登るようにおばあちゃんのお家に上がると、
右側にはトイレ、左側には畳のお部屋があった。
畳のお部屋はいつも薄暗くて湿っぽかった。
隙間風のゼーゼーいう音も、
風が吹くと大げさにガタガタいう窓も雰囲気を作るのに一役買っていた。
おばあちゃんのお家に泊まったことは片手で数えられるほどしかないけれど、
寝たのはいつも、この、畳のお部屋だった。
畳のお部屋のお布団は、
平べったくて、湿ってヒンヤリとしていて、
ずしりと重たかった。
そのヒンヤリとした感じと
胸から足の先まで一様に押しつぶされるようなズンとした感じが、
ゆきちゃんは嫌いではなかった。
廊下を少し進んで、左側には客間があった。
客間には、ソファーなどが置いてあったけれど、
普段は誰も使っていないのか、もんわりした空気がそこにはあった。
このお部屋、ゆきちゃんは実のところちょっと苦手だった。
その原因は、壁に掛けられたお面。
やけにリアルな木彫りのお面だった。
唇が厚ぼったくて、頭部に薄く髪の毛のようなものが付いていた。
そのお面を見ると、なんだか心の中を見透かされているように思われて、
ブルッと身震いがしたものだった。
客間にはなるべく入らないように、いつも、細心の注意を払った。
廊下の右側は、たくさんのモノが積まれていて、布がかけられていた。
そのモノのトンネルをくぐると
奥におばあちゃんのベッドが置いてあった。
ゆきちゃんは、一人では決してこの部屋には足を踏み入れなかった。
おばあちゃんにとって、とても個人的な場所、
秘密で、なんとなく神聖な感じのする場所、
のように感じていたからだ。
時々おばあちゃんはゆきちゃんの手を引いて、
ベッドのお部屋に招待してくれた。
布のお部屋だ、と、ゆきちゃんは思った。
赤っぽい色と、深緑とブルーが三つ巴になったような色合いの、
たくさんの、布。
壁にもベッドの上にも布がかけられ、広げられ、重ねられて、
その合間にぬいぐるみたちがいた。
布やぬいぐるみに囲まれて、
おばあちゃんは絵本を読んでくれたのだった。
廊下をまっすぐ行くと、台所に入る。
台所には、お菓子の棚があった。
おばあちゃんは大抵ゆきちゃんたちにお菓子を用意しておいてくれた。
ドンパチ、子ども用のガム、グミ・・・
どれもパパやママが買ってくれないものだ。
パクちゃん(カメ)は台所の床に置かれた洗面器の中に、
ミケル(ねこ)も、
台所の高い位置に置かれた古い小さなTVの上にいることが多かった。
お菓子が入っているであろう棚を横目に台所を通り抜けて居間に入っても、
おばあちゃんはいない。
居間の壁に掛けられた、
おばさんが描いたおじいちゃんの油絵にちょこんと挨拶をして、
一番奥のおばあちゃんの「しごとべや」を覗くと、
おばあちゃんは大抵そこにいた。
おばあちゃんは、お着物に絵を描く仕事をしていた。
おばあちゃんの仕事部屋は、物でいっぱいだった。
真っ白や描きかけ絹の布、お着物の染料、たくさんの筆、デザイン画・・・
足の置き場がないし、触れてはいけないと思ったから、
仕事部屋には足を踏み入れず、
居間から首だけ伸ばして、おばあちゃーん、と声をかけると、
「あぁ、ゆきちゃん、よく来たねぇ。」の言葉の後、
いつも、ぎゅっと抱きしめてくれた。
おばあちゃんの体は、いつだって、柔らかで、あたたかだった。