2002年(出国まで)
2002年 年賀状
寿
今年は飛躍の年!!
身体丈は
気をつけてネ
実りある年
であります
ように祈ります
2002年1月7日ー 掌中の球
由季ちゃん
忙しいのにわざわざお手紙とカードを有難う。あっ
という間に由季ちゃんに会えると楽しみにしていた
お正月も終って、明日はもう門松を取り 七草粥
も済んでお正月も終り という所です。嬉しく
もない誕生日が勝手にやって来て、今更ながら
年齢を思い知らされ、あちこちガタが来るのも
やんぬるかなですね。でもあちこちから祝いのTEL
を戴き、昔々世話をした若い人達がもう五十の
坂をすぎ「小母さん」「小母さん」と齢は重ねても
変わらぬ声でTELをくれました。皆の声が一度に
聞希てそれが何よりの幸せでした そちらも寒い
ですか。ベルの水入れもすっかり氷りついて、見えない目
でウロウロと庭を歩いています。 心やさしい伯父さんは
北風が寒かろうと入り口に熱いタオルのカーテンをつけて
やりました。 おばあちゃんは孫が少く、初孫の
由季ちゃんは掌中の球でしたから(伯父さんや伯母さん
も同じ)国内に居ても年中会うわけではないけれ
ど、宝物が手の届かない所へ行ってしまう様な
気がするのです。でも由季ちゃんの人生は、由季ちゃん
のもの。固い決心で愛を全うして下さいね。
何所へ行っても可愛がられると思いますが、色々と
援助し思うようにさせてくれた両親の深い愛情
だけは忘れないように。遠く離れていては尚更の
こと。親は何うしているかしらと案じても、そうそう飛
んでは行けませんから。由季ちゃんが健康で幸せに
なる事が、皆の希望です お父さんもあの年に
なってもおばあちゃんにとっては、子供は子供、親は気
にかかるものです。ドイツの住所は難しそうですね。
論文がうまく出来上がりますように祈っています。
何かの折、Fさんにもよろしくね。
1月七日 夕
おばあちゃん
由季ちゃんへ
2002年3月29日ー 黄塵三千丈
由季ちゃん
お便りを有難う。九州はすっかり
引き揚げてこられたのですか。
努力と研鑽の結果、無事に優秀な成績で卒業の由
心からお目出度う 真面目に
学業に励んだ賜で 心からお
祝いを申します。
二年間の九州の生活は、いろいろな
面で由季ちゃんの人生にきっとプラス
になった事と思います。
横浜に帰って来て、さぞ多忙な
毎日と思います。桜は度外れの
陽気にまどわされて、あわてて咲い
てしまって、何時もの年と日始が違うと
人の方もまだその気になれなくて
あちこちの桜祭りも予定変更の
ようですね。 廿十一日のお彼岸には
伯父さんが車を出してくれました
墓参に行きました
まさに黄塵三千丈のたとえ通り
茶色の竜巻が荒れて のんびり
上の桜を眺める余裕もなく慌てて
掃除をして帰りましたが、耳から
鼻の周りまで埃が溜まって昼から風呂に
入る有様でした。
5月迄に荷物を纏めるのも大変
ですね。遠く離れているから、何か
と不自由でしょう。あと半年先と
思っても月日の経つのは早いです。
やり残しや心残りのないように、早目
に片附けておいた方がいいです。
結婚式に招いて下さって有難う
伯父さんも伯母さんも都合をつけて
と云っています。おばあちゃんも足の
状態が今位で治まっていれば、何とか
と思います。その時になったら、又由
季ちゃん連れて帰り度くなるかもネ
ゆきちゃんと二人でのんびり温泉行ったり
旅行したりしたかったですね
もうお母さんは帰国されましたか
残る桜を存分に眺めて、不順の
砌、身体に気をつけて。花粉症は
大丈夫なのですか。取り急ぎ御返事迄
三月廿九日
おばあちゃんより
由季ちゃんへ
四月十四日に会えるようで
楽しみにしています。




