1999年、大学院生時代ー記憶の贈り物(ひけるものなら)
1999年 年賀状
春
一九九九
充実した日々を!!
1999年 3月ー 御目出度う
粘土の母子
つぶらな
ひとみ
昨夜は凄い風で鉢類が
倒れました。之も春の
訪れの前ぶれでしょうか
御便り有難う。
希望の進路に合格の由、
御目出度う 両親えの感謝
を忘れずに。身体だけは
大事にして無理をしません
ようにね。着物を送りました
もし着たら写真を二枚
送って下さいね。あと何年学
校はあるの。又、話をしに来て下さい。
1999年5月ー くれぐれも気をつけてネ
昨日は1日着物姿を
見せて下さって有難う
着ているのをみるのは、楽し
いのに自分が着るのは面
倒になります。ママも素
敵でしたネ。又楽しい話
をしに、来て下さい。帰り
が遅い時は無理をしないで
泊りにいらっしゃい。若い人の
エネルギーをもらうと元気
が出ます。行き帰りくれぐれ
も気をつけてネ。お疲れ
さまでした。御礼まで
大学院生時代ー 記憶の贈り物 (ひけるものなら)
喜寿のお祝いに集まったのだったか、
おばあちゃんの家の近くのレストランで、お食事をした。
母と妹とわたしの3人は、着物で出かけた。
伯父さん伯母さんも一緒だった。
小さい頃、年に2度くらいだったか、
おばあちゃんと一緒に夕食を食べにレストランに出かけた。
そのほとんどはファミリー向けのレストランだったけれど、
レストランでは給仕さんたちが気持ちよくサービスしてくれることや、
テーブルを囲んでいる人たち皆が、
少しかしこまっているにもかかわらず同時にリラックスして時間を楽しんでいること、
などが、新鮮で、楽しかった。
レストランに出かけるときはもちろん、
家でお食事するときでさえ、
おばあちゃんは、
手を洗い、時には口紅をひき、きちんと身なりを整え、
おしゃれをしたものだった。
食事中のおばあちゃんは、大概無口だ。
食べ物をゆっくりと口に運び、
さらにゆっくりにゆっくりを重ねて丁寧に噛み砕く。
「固いものが噛めないのよ。
だからね、固いものは、嫌い、ということにしているの。」
おばあちゃんは、柔らかいものを好んで食べた。
さて、レストランでの会食も終わり、
家まで歩いて帰る道中、
横断歩道もなにもない車道を
おばあちゃんは、
なんの躊躇もなく、
臆することなく、
まっすぐに横切り始めた。
「あっ、おばあちゃん、危ないよ!」
着物を着ていることも忘れ慌てておばあちゃんに駆け寄り、
急ブレーキをかけた運転手さんたちに軽く会釈をしていると、
おばあちゃんは言った。
「ふん。ひけるものなら、ひいてみな。」
おばあちゃん・・・
「行き帰り、くれぐれも気をつけてネ。」と
いつも言うおばあちゃんだったけれど、
おばあちゃんこそ気をつけてほしいなぁ、という想いは、
おばあちゃんの気迫に気圧されて、
どこかに消えてしまったのだった。
3歳の時だったか、自分の母を亡くし、
その数年後に父をも亡くした。
可愛がってくれた姉も早くに亡くなった。
そして、結婚したと思ったら戦争が始まり、
42歳の時に、夫にも、先立たれてしまったおばあちゃん。
この日、喜寿のお祝いを、おばあちゃんは、
いったい、どんな気持ちで迎えたのだろうか。
1999年 8月20日ー 心頭滅却
盛装したインカの娘
笑顔がかわいい
暑中御見舞い有難う
本当に暑いですね。昔から
「言うまいと思えど今日の暑さかな」
との句がありますが、年をとると
余けい暑さが身に沁みて夏風
邪をひいたり、汗モを作ったり
涼しくならないと元気になり
そうもありません。試験頑張
って下さい。心頭滅却して目的に
進めるのも若いうち。遊ぶのは何時
でも出来ます。済んだらおばあ
ちゃんと乾杯しよう!!楽しみに
しています 若いって素晴らしい事で
すヨ。大切にね。残暑もまだまだ
身体に気をつけて 夜まで蝉が鳴いています
1999年10月ー 誕生日カード
由季ちゃん 誕生日おめでとう
感謝を忘れずに
遥かなる道に夢
あり 頑張って
ね
おばあちゃん




