大学時代ー 記憶の贈り物(おばあちゃんと心理学)
「ゆきちゃん、おばあちゃんもね、
心理学をはじめたの。
まぁ、そう言ったってね、半分は寝てるんだけどね。
ほっほっほっ。」
と言って、
おばあちゃんはゆきちゃんに
心理学の講義のノートを見せてくれたのだった。
おばあちゃんのノートは、一見して楽しいものだった。
何しろ、言葉が整列していない。
フロイト、イド、ペルソナ、ユング、アニマ、アニムスなどの言葉が
横書き縦書き斜め書きにランダムに認めてあり、
空いたスペースには猫の絵やら、女の子の絵やらが描いてある。
「うふふ、これはね。落書き。おほっほっ。」
おばあちゃんは70代半ばであった。
文学クラブの仲間とスイスに数回にわたって旅行をしていた。
手が震えるということで、
着物を染めるお仕事はすでにやめていたけれど、
絵手紙の講座に通っていたり、絵を教えたりもしていた。
そして、ここへきて、心理学、である。
自分も、大学で心の科学を学んでいた。
周りからは、心理学はやめておいたほうがいいよ。
将来就く仕事はないよ。
心理学って、想像しているのと全然違うよ。
と言われていたけれど、
迷わず心理の道に進んだ。
大学に入って心理学を学んでみて、
自分でもびっくりしたことには、
これがまた、兎に角、おもしろいのであった。
自分が小さい頃から一人で考えていたことが、
文字となって、
整理されて、
目の前に並べられている。
学ぶことの楽しさを初めて味わっていた。
おばあちゃんは、ぼそりと言った。
「ゆきちゃんには、負けたくないからね。」
えっ。
おばあちゃんは、遠い目をしていたのだったか。
おばあちゃんのお母さんは、
おばあちゃんを産んですぐに病気になり、
おばあちゃんがまだ幼い頃に亡くなった。
その後に家に来た新しいお母さんとはあまりうまくいかなかった。
お父さんもおばあちゃんが10歳くらいのときに、亡くなった。
女学校を卒業し、結婚してすぐ、戦争が始まった。
おばあちゃんの旦那さんは戦争から無事に帰ってきて、
二人の子どもにも恵まれたけれど、
おばあちゃんが42歳のときにガンで亡くなった。
それからは、ずっと一人だ。
おばあちゃんのそのエネルギーは、
いったいどこからくるのだろう・・・
ノートを見つめながら、
おばあちゃんの内なる声に、耳を澄ませていた。




