高校時代ー 記憶の贈り物(高校三年生)
高校三年生・・・。
周りの人たちは、
昼夜受験勉強に明け暮れつつ、
運動会や文化祭やマラソン大会や合唱祭に心血を注ぎ、
恋をしていた。
一方ゆきちゃんは、
この頃、何事にも興味を持てなくなっていた。
勉強・・・今までしてこなかったので、何から手をつけていいのかわからなかった。
学校行事・・・周囲の熱気を、ぼーっと眺めていた。
スポーツや音楽・・・才能のなさにがっかりしていた。
恋・・・好きな人さえ、いなかった。
心ここにあらず・・・
というのも、当時、ゆきちゃんは、
現実世界ではなく、本の中に生きていたのだ。
夏目漱石の「こころ」の中に。
毎晩ベッドに入ってから、
おもむろに本のページを開き、
本の香りを吸った。
"先生"の声に耳を澄ませた。
"先生"と一緒に、Kの部屋に、いた。
おばあちゃん家にも以前のように足を運ばなくなっていた。
おばあちゃん家は建て替えられ、
おばあちゃんは伯父さん伯母さんと一緒に住むようになっていた。
ベルナと散歩にも、しばらく行っていなかった。
ゆきちゃんにとって、
おばあちゃんからの手紙が、
唯一、現実とのつなぎ目、となっていたー。
おばあちゃんは、じっと、待っていたことだろう。
ゆきちゃんが来るのを。