小学校時代ー 記憶の贈り物(きっとどつかで)
ガタガタ、バン、ガタガタ・・・
ゆきちゃんたちの車がおばあちゃん家のガレージに入ると、
庭とガレージの間にある木の扉に前足をかけて、
キューン、クーンと声をげながら、
ガザガザ、ガタガタ扉を押したり引っ掻いたり、
とにかく、大騒ぎをするのが常だった。
「ポポル、ポポル、しー、ちょっと、もうちょっと静かにね。
よーしよし。
いい子にしていたかい?
後でお散歩に行こうねぇ。」
木の扉を開けるとポポルは泥んこの体で容赦なく飛びついてきて、
お散歩に行こうとせがんだものだった。
その日、車がガレージに入っても、
バンバンガザガザキューンクンクンが聞こえてこない。
木の扉を開けて庭に探しに入っても、
ポポルは見当たらなかった。
「おばあちゃーん、ポポルくんはどうしたの?
どこにいるの?」
おばあちゃんの顔を見た途端にそう聞くと、
おばあちゃんは、いつもの少し高めの声で答えた。
「あのねぇ、ゆきちゃん、ポポルくんねぇ、
いなくなっちゃったのよ。
ほら、ここ、この木の扉の下に穴を掘ってね、
ほら、ここ、隙間があるでしょ?
ここから出てっちゃったの。
それから帰ってこないのよ。」
事実を飲み込むまでに、少し時間がかかった。
つかの間の放心状態のあと、
ショックが体を襲ってきて、
気持ちが遠のいていくように感じられた。
するとおばあちゃんはちょっと低めの声でゆっくりとこう続けた。
「帰り道がわからなくなって、迷子になっちゃったのね。
きっとどっかでのたれ死んでいるのよ、今ごろ。」
ゆきちゃんが思わずおばあちゃんの顔をみると、
おばあちゃんは、唇の先を少し上げるように笑っていた。
と同時に、おばあちゃんの下唇がほんの少しだけ、
震えている、と思ったら、
それを隠すようにくるりと背を向けた。
ゆきちゃんは、もうそれ以上、
おばあちゃんにポポルのことはなにも聞かなかった。
ただ、ぼんやりとポポルが掘ったという穴を見つめていた。
猫のミケルは居間でのんびりと昼寝をしていた。
庭にはたくさんの木があり、花が咲いていた。
強めの光が庭に燦々と降り注いでいた。
ポポルのいない犬小屋が、光の中でやけに黒く映った。
木も花も痛いほどまぶしく、
ポポルのいない庭は、やけに広く感じられたのだった。
その後、ポポルの消息は、一度たりとも耳にしていない。