2話
保健室のドアを開けると向かいの窓から春の優しい風が僕の頬を撫でた。
僕は誰もいない事を確認すると目を閉じて少しその風を感じる。ふと、目を開けて視線を窓の近くにあるベットに移すと、入ってきた時には誰もいなかった筈のベットに一人の女の子が腰かけていた。
ぱっちりとした二重瞼に肩くらいで内にカールしたの艶のある黒髪、そして淡い桃色の唇。
顔のパーツのそれぞれがとても整った綺麗な女の子だった。
僕は彼女に目を奪われて、彼女は僕に気づいたようで、自然と二人の目が合う。
「あれ?もしかして君、私の事見えてるの?」
僕は言葉の意味がよくわからなかった。
目の前の彼女はなんとも言えない雰囲気を持っていた。
僕達二人はしばらくの間お互いを見つめ合っていた。
と言うより僕は見惚れて、彼女は呆然として、お互いを見ていた。
それが数秒だったのか数分だったのかはわからなかった。
ただ、とても長くーーそれでいて短い時間だった。
静かな時間だけが流れる。
そんな静寂を破ったのは彼女だった。
「やっぱり見えてない……よね、本当に困っちゃう、この体」
彼女は一人でぶつぶつと何かを言い始めた。
小さい声だったので全部は聞き取れなかったけど、聞き取れた限りでは愚痴だったと思う。
彼女の顔を見ると先程と比べると表情が曇っていた。
「見えてるよ?」
僕は少し混乱していたけど、とりあえず見えるという事だけは伝えて見た。
すると彼女は体をビクッと反応させて、僕の事をまるでこの世のものでは無いものを見るかのように見てきた。
「ほ、本当にみえてるの?」
彼女も少し混乱しているようだった。
「うん、見えてる」
平静を保つため、僕は素っ気なく答えた。
「じゃあ、もしかして君もこんな体なの?」
どういう事だろう、いまいち僕は彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。
「君は何が言いたいの?僕にはよくわからないんだけど」
昔から僕は眠くなると少し言葉がきつくなってしまう、今もそうだ。
ぼくが怒っていると思ったのだろうか、彼女らしばらく考える素振りをして、恐る恐る僕に尋ねてきた。
「えっと、あの、君も幽霊じゃないの?」
彼女の言葉を聞いて僕は思わず吹き出してしまった。
「あはは、何言ってるの、君、もしかして天然?」
「てっ、天然⁉︎私が?が?ちょっと君!初対面の人に対していきなり天然って失礼じゃない?」
彼女は顔を赤くして怒っていた。
確かに初対面の人にいきなり天然は失礼だったかな、ここは謝っておこう。
「ごめんね、でも君がいきなり幽霊だなんて言い出すからさ、ちょっと天然な子かと思っちゃった」
「だから天然天然って連呼しないでくれる?」
どうやら彼女は天然って言う言葉にとても敏感なようだ、多分このままじゃあずっとこの調子だな。
僕は話を変える事にした。
「だからごめんって、それよりさっきの話、何?」
僕の言葉に彼女はハッと思い出したような顔をしたけれど
「もういいよ、いきなり天然呼ばわりする人に話す事なんて無いよ、誰も私の事なんて見てないんだもん」
拗ねてしまった。
今まで生きてきた経験上こういうタイプは面倒な人が多くて苦手なのだけど、今回はそもそもの原因が僕にあるのでどうしようかと考えていると、後ろから。
「さっきから何を一人で話しているんです?桜井君」
振り向くと後ろに保健室の先生である安城優香先生が立っていた。
「あ、先生聞いてくださいよ、この人が拗ねてしまって困ってるんです。どうしたらーー」
ここまで言って僕は先程の先生の言葉に違和感を覚えた。
確かに先生は言った、何『一人』で話しているの、と。
「先生さっき何一人でって言いました?ここに女の子いますよね?」
先生はとぼけた様子で首を傾げて、
「桜井君が言っている事がよくわかりませんが、今、保健室には私と桜井君しか居ないですよ?疲れてるんですか?それなら休んどいて良いですよ、でも私は今から出張で今日はもう帰ってこられないので戸締りだけはしっかりしておいて下さいね」
先生はそれだけ言うと身支度を整え、さっさと保健室から出て行った。
また保健室に静寂が訪れる。
まるで時間が止まってしまったみたいだ。だけど僕の思考は反対に高速で活動していた。
ちょっと待て、先生はなんで僕しか居ないと言ったんだ、仮に本当に一人だとしたらさっきの子は誰だ?僕は後ろを振り向けずにいた。
彼女の事を確認するのが怖かった。しばらく考えた後一つの答えに辿り着いた。
でも、その答えを僕は信じたくなかった。
「そうか、僕は眠すぎて幻覚を見てたんだな、今日はもう家に帰って寝よう」
本当は僕自身彼女が何なのか答えが出ていたけどあえて自分自身に言い聞かせる様に大声で言うと、僕は足早に保健室から出ようとした。
その時
「本当に君はさっきから失礼だね!私は天然でも無いし幻覚でもないよっ!」
誰も居ないはずの後ろから部屋中に大声が響いた。
突然の事に驚いた僕は何が起こったのか理解する前に意識を手放してしまった。