1話
「ピピピッピピピッ」
スマホのアラームが部屋に鳴り響く。
手探りでスマホを見つけて、アラームを切る、その部屋の主はまだ重い瞼を開けてカーテンから差し込む朝日に目を細めた。
「眠い、でも今日から学校か、行かなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟くと部屋の主、桜井綾人はゆっくりと立ち上がってカーテンを開けた。
窓から差し込む眩しい朝日を全身に浴びて先程よりも目が覚めた。
窓の外には川を挟んで病院と大きな湖が見える。大きく伸びをして、学校へ行く準備をする。
顔を洗い、少し癖のある髪の毛をいつものようにセットして、一通り身だしなみを整えると制服に着替えた。
リビングに行くと朝食の準備がしてあった。
家は両親が共働きで二人とも朝がはやいから朝食はいつも一人で食べる。
軽く朝食を済ませて準備を終えた僕は春休みが終わってしまった喪失感と新しいクラスへの期待を胸に家をでた。
僕の家はマンションの七階の一番端っこで、少し歩いたとこでエレベーターホールについた、エレベーターのボタンを押し、上がってくるのを待つ。
少しの時間が経ちエレベーターが来てそれに乗り下に降りた。マンションを出ると幼馴染で僕の二階下に住んでいる天野翔が僕の事を待っていた。
「おせーよ綾人、遅刻するだろ」
翔は左手につけている腕時計を確認すると待ちくたびれたという様子で僕を見てきた。
茶色い髪に整った顔立ちと、少しチャラく見える翔だけど、根は真面目でとてもいい奴だ。
翔とはもう十年以上の付き合いになる。
「ごめん時計見てなくてさ、今何時?」
まだ僕の頭は寝ているようでなんだかぼーっとしている、昨日夜遅くまで起きていたのが原因だろう。
「はぁ、七時三十五分だよ」
半ば呆れた様子で翔は時間を教えてくれた。
それと同時に僕の眠気は吹き飛んだ。
「嘘、三十五分⁉︎遅刻するじゃん、アラームどうなってたんだろ」
ケータイを確認するとアラームの時間はあっていた、でもスヌーズ機能がOnになっていて、無意識のうちにアラームを何度も止めていたみたいだった。
学校は四十五分からなので間に合うかどうかはぎりぎりだった。
周りを見渡して見ても普段なら沢山いる同じ高校の生徒は僕達以外誰もいなかった。
自分も遅刻するかもしれないのに待っていてくれる翔の優しさに感謝した。
「最悪だごめん翔」
「俺は別に遅刻とか気にしないし、まーでも何もしないで遅刻するのも癪だし走ってみるか、それで無理なら諦めよう」
「え、走るの?でも僕が悪いから仕方ないか」
僕達は学校の方へと向かって走り出した。
幸い僕達の家から学校まではそんなに離れていないので頑張れば遅刻せずに済むだろう。
五分位走った所で学校が見えてきたので僕は少しペースを落とした。
「はぁはぁ……学校って……こんなに遠かったっけ、凄くしんどいんだけど」
「それは綾人が運動不足なだけだろ」
同じ距離を走ってきた筈なのに翔は汗一つかいていなかった。
「この程度の距離でバテんなよ、高校生」
「うるさいなぁ、僕は翔とは違うんだよ」
翔はバスケ部のエースだ、体力なら僕の何倍もある。
だけど確かに翔の言う通りこんな距離でバテるなんて確かに運動不足だな。
「……夜走るか」
「おっ、いいね付き合おうか?」
「翔のペースで走ってたら僕、死ぬよ」
そんな会話をしていると学校に着いた。
今年で創立七十周年の校舎は築年数の割に綺麗で、いつもなら人で溢れかえっている筈のクラス発表の紙が貼られている正面玄関には、時間のせいか誰もいなかった。
「僕も翔も五組だって、一緒のクラスだよよかったね」
僕はすぐにクラスを確認すると翔に告げた。
「そんなこと言ってる場合か、クラスがわかったなら教室に行くぞ」
僕達は後数分で鳴るだろうチャイムを気にしながら教室へと向かった。
『キーンコーンカーンコーン』
教室に入った瞬間チャイムがなった。
どうやら間に合ったようだ。チャイムが鳴ったのとほぼ同時に担任らしき人物が入ってきた。
「はい皆、席について」
お決まりの台詞を言いながら入って来たのはまだ若そうな女教師だった。
初めて見る顔なので多分新任なのだろう。
「よし、みんな揃ってるね、えーっとこの度このクラスの担任になりました山羽葉子です。私は今年からこの学校に赴任してきたので至らぬところもあると思いますが皆、とりあえず一年間よろしくね」
先生は簡単な挨拶を済ますと、始業式が始まると言って僕達を廊下へ並ばせた。
教室を出る時に僕は少し気になったことがあった。
確かに先生は皆揃っていると言っていたけど、席は一つだけ空いていたのだ。
少し変だなと思ったけど、多分遅刻か何かだろうと結論付け、僕は列に並んだ、廊下に並んだ後すぐに体育館に着き、僕達は綺麗な列を作ったまんま座った。
それからしばらくして式は始まった。
新任の先生の紹介から始まり、紹介されていた先生の中にはもちろん山羽先生もいた。
担当教科は国語らしい、先生の紹介が終わると校長先生が壇上に上がった、瞬間、二、三年の表情が変わる。
新しく入学した一年は知らないだろうけどこの校長の話はとにかく長いのだ、そんな僕達の事などお構いなしと言うように満面の笑みを浮かべた校長が話し始めた。
始めの方は僕も普通に聞いていたのだけど三十分程経った頃から物凄い睡魔に襲われていた。
それはなにも僕だけじゃ無いようで、周りを見渡すと所々で頭が下がっていて、まともに聞いている生徒の方が少ない程だった。
それから大分時間が経った、まだ校長の話は終わらない、もう時間を数えるのも疲れた僕はもう睡魔に身を任せようとした。
ちょうどその時そろそろ生徒が限界だと気付いたのか教頭がマイクをとり、校長を壇上から降ろそうとした。
生徒からは校長の話とは別に感謝と感動の拍手が教頭に送られる。
勘違いした校長が満足気に壇上を下りると、始業式は終わりを迎えた。
他のクラスが順番に教室へと帰って行き、僕達のクラスの番がきた、皆足早に教室へと帰って行った、廊下では皆、口々に校長の愚痴を言っていた。
教室に着くと僕は翔の元へと向かった。
「ねぇ、今回何分だった?」
「わからねぇ、多分一時間半くらい?大分長かったな、凄く疲れた、あれ?」
翔は僕の顔を見て言った。
「綾人、お前どうしたんだ?顔色凄く悪いぞ?」
「あー寝不足で少しふらふらするんだ、校長の話の時に寝とけば良かったよ、大したこと無いから大丈夫だよ」
本当はしんどかったけど僕は無理して少し笑って見せたけど翔は僕の目をじっと見つめて言った。
「お前嘘下手すぎ、本当に顔色悪いから保健室行って少し寝てこいよ、先生には俺から言っといてやるからさ」
上手く誤魔化したつもりだったのに、翔は僕のことに関してはとても鋭い、僕以外のことに対しても鋭いけど、僕のことには特に鋭いのだ。
これも幼馴染だからと言うやつだろうか?
「本当、翔には敵わないな、嘘の一つもつけやしないや、どうしてわかるんだよ」
「何でって幼馴染だからに決まってるだろ、それに綾人は顔に出やすいからな、人一倍わかりやすい、そんなことよりほら、早く行ってこいよ」
「翔って僕に甘いよね、でもありがとう、そうするよ」
僕は翔に背を向けて保健室へと向かった。
しんどくなったのは寝不足だったのもあるだろうが朝走ったりしたのも原因の一つだろう。
ふらふらとした足取りでしばらく歩くと保健室が見えてきた。
保健室の先生に言って少し寝させてもらおう。そう思って僕は保健室のドアを開けた。