舞エンド:今、ここにいるばか
忘れた頃に更新してみよう、第四回目である。
病気が発病してしまい前後編になってしまったが気にしない気にしない。本当にごめんなさい。
注1:下らない前置きをしてみよう。
注2:黒霧舞は真正の勇者である。この場合の勇者とは職業ではなく、電撃系魔法を使えるわけでもなく、ただ単純に『勇気ある者』としての勇者である。悪しきを挫き弱きを助ける。そういう本物の勇者である。かなりいじってもう別物になってはいるが、モデルとなったキャラクターからして既に勇者であった。
注3:しかし……大抵の場合、勇者や英雄というものは幸福になれない。たとえ諸悪の根源を倒したとしても、ハッピーエンドでは終わらず次の敵を求めるか、あるいは人の目に触れないようにどこかに旅立ってしまう。……それもまぁ、指輪物語から延々と続くお約束のようなものだろう。
注4:作中でも何回か書いているが、強過ぎる存在は疎まれる。勇者という人種の場合大抵バランスブレイカーで、幸福になれずに終わるパターンが大半だ。ディスティン=ファローダとか、オル●テッドあたりがそれ。デニム君は勇者でも英雄でもなくただ姉貴と四姉妹に振り回されるわりと不幸な少年。
注5:懐古乙とか言っちゃった人は、後で体育館裏まで来なさい。
注6:まぁ、それはともかくそういう人間は確実に存在する。正義感に溢れ、前を向き、誰かのことを思いやり、故に自分のことを計算に入れないという人間は、どこの世界にも確実に存在する。ただの勇気のみで自分を捨てられる人間は、確かにいるのだ。
注7:喪失を恐れるが故に、己を捨てられる人間は、存在する。
注8:そういう人間こそ幸福になるべきだと、どこかの誰かは思っていた。
エンディング条件。
・前置きが済んだところで、さらに前置き。
・これまで散々『舞さんとのフラグ〜』というセリフを書いてきたが、ごめん。あれは性質の悪い嘘だった。
・そもそも、この物語までに舞嬢との間にフラグなど存在しない。初期の予定ではメインヒロイン扱いのはずだったのだが(つまり、最初からコッコ嬢とくっつけるつもりはなかった。読者にとってはひでぇ話である)あまりに勇者過ぎてヒロインどころかヒーロー扱いになってしまった経緯を持つキャラクターなので、考えても考えても隙がない。さらに付け加えるなら意地っ張りではあるがツンデレではなく、勇者のくせに現実主義者なのでガードが固い。難攻不落もいいところである。
・こんなキャラクターをよくメインヒロインに据えようと思ったものだ。コッコさんつヴぁい3話目くらいを書いてる時点の自分を小一時間ほど問い詰めたい。
・さて………………本当にどうしよう。
・高校編突入。物語終了後から一年後の話。前の話までは普段は書かないノリだったので、今回からはコメディっぽく楽しく書いてやろうかと思う。
・海に行きたかったけど、結局行けなかったので海の話を書こう。僕らの夏はまだ終わったばかりだコンチクショウ。
・乱痴気騒ぎはほどほどに。
以上を踏まえて、ご覧下さい。
Aランクエンディング・舞編:今、ここにいるばか。
朝、軽快な鳥の鳴き声で目が覚める。
日差しは柔らかく、空気は澄んでいる。実にさわやかな朝だ。
「……うっぷ。飲み過ぎた」
なのに、アルコールのせいで気分は最悪だった。
私の名前は黒霧舞。成り行きで高校三年生をやることになった。最近の悩みは妹がおかしな道に足を踏み込んだことと、その妹の所有物である男の様子がおかしいこと。
まぁ……以前と比べれば、穏やかで慎ましやかな生活なんだけども。なんかこう色々と理不尽な目に遭っているような気がしないでもない。
そう、例えば昨日。
あいつの屋敷が潰れた後、私は同僚の紹介でアパートを借りることになった。ボロアパートだが立地条件はそこそこ。駅もコンビニも近く悪くはない物件だった。
退職金もあるし、悠々自適な高校生活を……満喫できる、はずだった。
友人どもがちょくちょく訪ねて来なければ、もっと静かに暮らせただろうに。
いや、まぁお節介とかはいいんだけど。いいんだけども。
昨日なんかは一晩中由宇理の愚痴を聞いていた。愚痴といっても大したことはなく、単に同居させてもらっているお宅の灰色の髪の女の子が世話を焼きまくるので気を使って仕方がないとかなんとか。その愚痴を聞きながら、由宇理が持ち込んだ日本酒なんかを飲んでしまったせいで頭が非常に痛い。
というか……高校生のくせに酒を持ち込んで飲むのはどうかと思う。
最近はずっとこんな調子のせいか、生活が乱れつつあるのは非常によろしくない。
「ったく……今週は大掃除しようかと思ってたのに」
欠伸混じりに布団から這い出して、それから立ち上がろうと手をついた。
と、不意に。いい匂いが鼻腔をくすぐる。
うん、この匂いは間違いなく卵焼き。おかずはひじきの炒め物とほうれん草のおひたしに違いない。味噌汁の味噌は濃厚な白味噌だけど、これが意外と朝食によく合う。
朝食にここまで手をかける馬鹿野郎は、私の知っている中じゃ一人しかいない。
意を決して立ち上がり、キッチンに続く引き戸を開けると、そこには案の定クマのエプロンに三角巾といういでたちの、見知った顔が朝食を作っていた。
私に気づいたのか、そいつは振り向いてにっこりと笑った。
「あ、舞。おはよう」
朝食を作っているそいつの名前は高倉天弧。今は『にっこり』と嬉しそうに笑っているけど、普段はふてぶてしく笑う極めて獰猛なナマモノ。不良未満優等生未満のところを行ったり来たりしている。悪巧みをさせたら天下一品で、自分に厳しく他人にも厳しいという凶悪というかえげつない性格をしている。
特徴的なのは、左目にいつも髑髏か猫の肉球マークのついた眼帯をしていることだ。
別にそれは伊達でも酔狂でもなく、テンの奴は本当に左目が見えない。
私はその理由を知っている。それがテンの甘さが招いたことだってことも、知っている。そのために……テンが左目の他になにを失ったのかも、知っている。
眼帯を見つめながら、私はとりあえずゆっくりと溜息を吐いた。
「おはよう、テン。とりあえず色々と突っ込みたいところがあるんだけどいい?」
「朝早くに由宇理に叩き起こされて、爽やかな朝食を作れって言われてここまで引っ張ってこられた。ちなみに由宇理はトイレでしこたまリバースした後、アルコールを抜くためにさっきからバスルームで篭城中」
耳を澄ますと、バスルームの方から水の跳ねる音が聞こえてくる。人の許可なく勝手にバスルームを使って、おまけにシャワーで済ませずに堂々とバスタブにお湯を張って好き勝手に入浴しているらしい。
なんというか……本当に殴ってやろうか、あの小娘。
「まぁまぁ、由宇理は由宇理なりにそれなりに辛いらしいから、多少のことは見逃してやってよ」
「前々から思ってたけど、テンって由宇理には色々と甘くない?」
「そうかもね」
サクサクと食事の準備を進めながら、テンはあっさりと認めた。
むぅ……なんとなく面白くない。冥ちゃんの所有物のくせに生意気な。
「ま、僕の知り合いはオフェンスに回ってる間は強いけどディフェンスに回ると途端に激弱になっちゃう人が大半だからね。世話焼きもご愛嬌ってところだ」
「そう? 友樹君はともかく、由宇理はそんなことはないと思うけど……」
愚痴りはするものの、実際のところそれを酒の肴にして面白おかしく語るのが刻灯由宇理という女だ。ついでに言えば、人の家の風呂を勝手に使うような厚かましい真似も平気の平左でやってしまう。
そんな女が精神的に弱いとはとても思えないんだけど。
と、そんなことを思っていると、バスルームに続く扉が不意に開く。
由宇理がお風呂から上がってきたらしいので、私はそちらに振り向いて文句の一つでも言ってやろうかと口を開いた。
すっぽんぽんだった。
水に濡れた体を隠しもせず、由宇理は私を見るなりにっこりと笑った。
「あ、舞ちんおはようッス。実はバスタオル持ち込むの忘れちゃってさ」
いや、そういう問題でもないし。
この女、自分でテンを呼んでおいてまるで意識すらしてないとは、どーゆーことか。それともテンが男として見られていないのか。いや、それはそうと私と同じ程度には小さいかもしれないと思っていた胸のあたりの膨らみがそれなりの大きさなのはどういうことなんだろうか? いくら着物を着ていたとはいえ、私がそのあたりのことを見間違えるはずがないんだけど……。
「お、テン。朝からなんか美味そうなもの作ってるッスね」
「食べたけりゃ、さっさと服を着ろ。いくらなんでもその格好は刺激が強いから」
「んっふっふ、欲情するッスか?」
「あーそうだな。誘惑してるんだとしたら超一流だよ。……うん、ぬるくて甘い友人関係もこの辺で終了とは実に残念だ。責任を取る覚悟を決めなきゃなァ?」
「あっはっは……目が怖いぞ親友♪ 舞ちん、今すぐバスタオル貸して早く!」
さすがというかなんというか、テンは由宇理の扱い方を心得てるようだった。
タンスから取り出したバスタオルを引っ手繰るように受け取り、由宇理は慌ててバスルームへと戻って行った。さっきまでのほほんとしていたのとは打って変わって、顔は真っ赤だったし、かなり焦っていた。
それとは対照的に、テンは呆れ顔だった。
「やれやれ……ホント、あいつには女の子としての自覚が足りない。一度みっちりと説教してやるべきかな。裸でうろつかれるこっちの身にもなれってもんだ」
「そのわりには嬉しそうだった気がするけど?」
「裸の女の子に迫られて嬉しくない男がいたら、そいつは男じゃないと思う。ついでに言えば下着姿の女の子に話しかけられて嬉しくない男もいないと思う」
その言葉に、ふと昨日のことを思い出す。
確か昨日は由宇理が散々酔っ払って、思い切り私に粗相をした。
由宇理を寝かしつけてからお風呂に入って汚れを落として、汚れた服は洗濯機に放り込んで……その時点で私も眠気に勝てなくなったので最低限のものだけ寝た。
……最低限のものだけ着て寝た?
「きゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ごふっ!」
思い切り叫びながら、私はテンの顔に容赦なく拳を叩き込んだ。
やっぱり、生活習慣は規則正しく美しくがいいと本気で思った瞬間だった。
それなりに気まずい朝食を終えて、僕はいつも通り学校に行った。
お酒の匂いがぷんぷんしている舞と由宇理は今日は休むらしい。後でノートを写させてくれと頼まれたので、今日はどうやら授業中にだらけるわけにはいかない。
欠伸交じりに午前中の授業を終えて、剥がれかけていた頬の湿布を張り直していると、不意に背後から肩を叩かれた。
「よ、親友。また今日は派手な面してやがるな」
肩を叩いたのは、片耳のイヤリングと抜けるような純白の白い髪の毛が特徴的な男こと有坂友樹。目は大きく、顔立ちは細い。アイドルような美少年ではないが、シュークリームのように甘い甘い笑顔のせいで下級生上級生同級生問わず無闇やたらに女の子に好かれるという奇妙な業を背負っている男で、僕の親友だけど男の敵だ。
成績もかなり良い部類に入り、運動神経も抜群。仕事をさせればそつなくこなす。ハイスペックで実に腹の立つ男である。
「……親友。なんかいきなり失礼なこと考えてないか?」
「考えてるけど、それもこれも僕の機嫌が悪いせいだから、あんまり気にするな」
「なんかあったのか?」
「朝っぱらからかなり刺激的なものを見た。そのせいで色々と気が散って仕方がない」
ゆっくりと溜息を吐いて、僕は自己嫌悪していた。
あえて言うまでもないケド、想像と空想と妄想というものは暴走する。もしかしたらもっと大人になれば楽々と制御できるようになるのかもしれないが、たかだか10数年程度しか生きていない僕にそれは無理ってものだった。
なんつーか……屋敷にいた頃はいっぱいいっぱいでそれどころじゃなかったけど、こうやって安定した生活を送っていると、色々考えてしまう。
将来とか勉強とか生活とか……恥ずかしいこととか、まぁ色々。
「やれやれ……余裕があるってのも考え物だよな」
「ま、学生なんてそれが普通だろ。大体、前のお前は余裕がなさすぎたんだよ」
「そりゃ否定しないけどさ……なんつーか、考える時間が多すぎると、ありそうなことから在り得ないことまで色々考えちゃう自分がめんどくせーよ」
「ま、悩めるだけ悩んでおけ。どーせお前のことだ、悩み終わったらいつも通りふてぶてしく笑いながら歩き出すに決まってる。それすらできなくなって、逃げ出したくなったんだったら真っ先に俺に言え。前みたいに逃げ場所くらいは用意してやるよ」
「ふざけんな、ばか白髪。誰がこんな青臭い悩みで逃げ出してたまるか」
僕がそう言い返すと、友樹は楽しそうににやりと笑う。
大体、こいつが用意する『逃げ場所』というのは大抵竜宮城みたいな所で、一度行ったが最後二度と戻れなさそうな場所に違いないのだ。昔、一度だけ行ったことがあるが、その屋敷の女の子は全員オレンジか銀に近い灰色の犬のような耳をつけており、全員着物で、主から従者まで全員例外なく孤独趣味のくせに寂しがり屋で可愛くか弱いという、僕の魂をうっかり揺さぶってしまうような連中ばかりだった。
ちなみに、あの場所がどこなのか今を持って不明だったりする。
ちらりと友樹を見ると、相変わらず楽しそうに笑っていた。
おのれ、メイドの尻に敷かれてるくせに生意気な。
「で、親友。お前が殴られるのはいつものことだからいいとしてもだ。とりあえず今考えなきゃならんことは、一学期が終わった後なにをして遊ぼうかってことだ」
「んー……そうだね。そろそろ渓流釣りにもいい季節だ」
「はっはっは、なにを言っているんだいキツネ先輩。ここはやっぱり……思春期の男らしく、女性の水着目当てで海ふべっ!?」
雑音が聞こえてきたので、足払いをかけて転倒させた後、頭を踏みつけた。
「んー……そうだね。そろそろ海水浴にもいい季節だ」
「あのさ、親友。いくら嫌いだからって女の子にその仕打ちはいかがなもんよ?」
「この生物が女の子? それはどこの妄言だよ、友樹」
踏みつけたまっくろくろすけをぐりぐりと踏みしめて、僕は大きく溜息を吐く。
僕の足の下にいる人間らしき物体は、藤原笹砂実子という気持ちの悪い名前のはずだけど、なぜか奇ノ森ぜつむと名乗っている。気持ち悪い。なぜか女子高生探偵とか名乗っている。輪をかけてきもちわるい。顔はわりと可愛いし長い黒髪も僕好みだけど、いつもいつでもやたらえらそうなのが腹が立つ。死ねばいいと思う。物探しの達人にして自称女子高生探偵と専らの噂でしたのむから死んでくれよ、藤原。
「……あの、先輩。なんか激烈な嫌悪が伝わってくるんだけど」
「それは藤原の被害妄想だよ。で、上級生のクラスになんの用? 友達がいないから、仕方なくここに来たっていうんだったら少し遊んであげなくもないけど」
「友達はいるよ! キツネ先輩と一緒するのはいけないと思う!」
「友樹、こいつ友達いるの?」
「それなりにいると思うぞ。なんせ、失せ物探しの天才だからな。先輩から後輩から同輩まで引っ張りだこだと、こいつと同じクラスの子に聞いたことがある」
「なるほど。良く言えば頼りにされていて、悪く言えば体よく利用されているんだな。いやいや、これは単純に僕って友達少ないから僻んでいるだけで、『ああ、利用されてるんだネ。でも本人が知らなきゃ幸せなコトだよね。だよね?』なんて思ってもいない」
「うわあああああああああああああああああああああああああんっ!」
ゴキブリのように僕の足の下から這い出した藤原は、手近なところで友樹に泣きついていた。まぁ、友樹は股間のシンボルがついていない生命体にはおおむね優しいので、泣きつく場所としては間違っちゃいないのだが。
「うう……キツネ先輩がいつにも増してひどすぎる。いつもならここまで私の心を傷つける前に軽やかなフォローが入るはずなのに。女殺しなのに」
「女殺しだった覚えはない。まぁ、少しばかり不機嫌で藤原に八つ当たりしたことは謝ろう。……ごめんね? 藤原だから、ついいじわるしちゃうんだよ?」
「はっはっは、素晴らしい媚び媚びっぷりだぞ、キツネ先輩。では、私は寛大な心で許してあげよう」
いつも通りにえらそうな態度で、藤原は僕のことを許してくれた。
うーん……毎度毎度思っているが、相変わらず面白い後輩だ。あまりに面白過ぎてついつい素の自分をさらけ出してしまうくらいに……いじめがいがある。
まぁ、僕の嗜好はさて置いて、とりあえず藤原が言いかけたことを思い出す。
「海に行くのは別にいいんだけどさ、いくらなんでも藤原と一緒は嫌だよ?」
「……あの、先輩。その言い方はフツーに傷つくんで、もーちょっとオブラートに包んだ表現をしてもらえるとこっちとしても助かります」
「ああ、語弊があったね。僕は大勢で騒ぎたいから二人っきりってのはちょっと」
「……有坂先輩。キツネ先輩って意外と寂しがり屋なんですか?」
「察してやれ。人間ってのは一人じゃ生きられない生物なんだよ」
友樹は目を逸らしてそれだけを言った。本当にありがたい親友だった。
ちなみに、僕ら二人が普段からつるんでいるのは、古い付き合いというのもあるが、おおむね同属相憐れむという感じだったりする。
特に、友樹の場合は現在進行形で女性関係で苦労していたりするので、心が壊れないように愚痴を吐く環境が必須なのだ。
しかし……海か。夏祭りも楽しみだけど、海も悪くないかもしれない。
「ま、海に行くのはいいかもね。磯釣りと海釣りどっちがいいかなぁ。この季節だといっそ渓流釣りもオススメだけど」
「親友。海に行くって言ったら、普通泳ぎに行くもんじゃないのか?」
「釣り以外の目的で海に行くと、大抵遭難してサバイバルか、置いてけぼりにされてサバイバルになるから嫌なんだよ」
「……有坂先輩。キツネ先輩ってどんな人生歩んでるの?」
「そこは突っ込んだりせず、そっとしておいてやるのが大人ってもんだ」
「キツネ先輩。先輩ってどんな人生歩んでるの?」
「なんの躊躇もなく突っ込みやがったっ!?」
友樹がびっくりするのも無理はない。それは僕や友樹のように、人に誇ることができない人生を送っている人間にとってはまさに致命的な言葉。
しかし……ここでぐっと我慢するのも大人の条件。そう、僕は既に大学進学直前の高校三年生。今年は受験もあるし、下級生ごときにムキになっている暇はないのである。
「ねぇねぇ先輩。どんな人生を歩んできたんだい?」
「はっはっは、しつこいぞ後輩♪ よーし、こうなったらおしおきとしてセクハラ混じりのEFB(Eternal Force Blizzard あいてはしぬ)しか在り得ないな♪」
「ひあああああああああああああああああああああっ!?」
藤原の服の隙間に制汗スプレーを容赦なく吹きつける。ついこの間新しいものを3本ほど購入しているので、藤原は確実に死に至るだろう。
一点集中で吹き付けると凍傷になってしまうので、そこは気をつけておこう。なんだかんだ言っても女の子だし、肌に傷が残るのは良くないのである。
3本きっかり使いきったところで、藤原は静かになった。正確には顔を真っ赤にして悶え苦しんでいるように見えなくもない。
あっはっはっは……本当に可愛いなぁ、この馬鹿な後輩は。もっといじめたい。
っと、危ない危ない。これ以上藤原をいぢめてると僕のキャラクターが変質しちゃうかもしれないのでそろそろ話題を変えよう。
「それじゃあ静かになったところで、どこの海に行くか検討しようか?」
「……そーだな」
自業自得だと踏んだのか、それとも不機嫌な僕に突っかかるのが嫌だったのか、友樹にしては珍しく、諦めたように溜息を吐いた。
まぁ、友樹の言いたいことは分かっている。僕としても後輩に八つ当たりとは、我ながら情けないとは思っているのだ。
鞄に常備してあるノートパソコンを開きながら、僕は少しだけ目を細める。
「……いや、よく考えたら高校最後の夏休みに近所の海ってのもないよね」
「親友? なんか妙なコト考えてねーか?」
「いや、別に変なコトじゃないよ。……単純に、誘わなきゃいけない子を一人忘れてただけかもしれないってことさ」
そう……よく考えれば、彼女も主要人物の一人なのだから、誘わなければ嘘ってものだろう。むしろ後々恨まれそうな気がする。
僕はにやりと口元を緩めて、彼女を誘う方法を考える。
さて……楽しい夏休みになりそうだ。
高倉天弧という男の話をしてみよう。
まず目に付くのはつり目に眼帯という一般人には在り得ない特徴。体格はそこそこでわりと鍛えられている。頭の回転は平均的。運動能力はそれなり。格闘能力に関しては平和な日本という国に限定すれば突出していると言ってもいい。良く言えばオールマイティで悪く言えば全項目が平均的。性格の方はわりと残虐。好きな相手にはとことん尽くすが、嫌いな相手にはこれ以上ないってくらい冷酷。弱みを握って脅すくらいのことは平気の平左でやらかす。そういう意味では、ちゃんと相手をされている藤原ちゃんはわりと好かれているのかもしれない。
人に甘えさせるのは大得意で、人に甘えるのは大の苦手。片目を失う原因になったのも、甘やかしちゃいけない人を散々甘やかしたせいで、本人もその自覚はあるらしい。
最近はなんだかぼーっとしていることが多いけど、今日はなんだか楽しそうだった。
「あっはっは、本当になんで君なんか誘っちゃったのかね、僕は! 馬鹿か僕は! ってそれ以前になんで無意味に遭難させたのかなぁ、アンナさんっ!?」
「三日後に迎えが来る予定ですから、遭難ではありませんの」
「じゃあ教えてよ。……ここは一体全体どこなのさ?」
「ひ・み・つ♪」
「があああああああああああああああああああああああああああっ!!」
……まぁ、なんというか。つまりはそういうことだった。
いつもの面子で海に行こうとテンに誘われた時は、またなんか企んでるんだろうなぁと思ったものの、興味本位の遊び半分で私はついていくことにした。
委員長と虎子は今回不参加だけど、夏休みはそれなりに長い。今回無理に誘わなくてもまた遊ぶ機会はたくさんあるだろう。ということで、参加者は三馬鹿+アンナ嬢+私+藤原ちゃんの六人ということになった。
テンの目論見としては、遭難する心配のないそりゃもう豪華な遊び場所を想像していたようだったけど、金髪碧眼のお嬢様はトンデモない場所を提供してくださりやがった。
場所は恐らく日本国内。拉致同然で連れて来られたため、場所の詳細は不明。近くに海があるのは確認したけど下手に動くとあっさりと遭難しそうな気配がする。家が立ち並んではいるけれど、その全てが空き家で、一軒だけわりとこぎれいな家が今回の私たちの宿泊場所だった。近くに温泉も湧いているらしい。
一週間後にはダムになっていそうな廃村。そんな感じのイメージで間違いない。
「やっちまったよ……こんなことならお金ケチったりせずに自費で安全な旅館に泊まれば良かった。なんで僕は金持ちの力なんて当てにしたんだろう。馬鹿だからか?」
「一度、こういうわびしい場所でみんなでお泊りしてみたかったですの♪」
「えーん、えーん、殴りたいよぅ。殴って埋めてしまいたいよぅ。そういうことをほざくお嬢様は一回ギアナ高地とかアマゾンの奥地とか行ってみればいいのに」
「……友樹先輩。キツネ先輩は本当に一体どういう人生を……」
「頼むから突っ込んでやるな。今度は本当に殺されるぞ」
「………………」
友樹の悲痛な表情からさすがに察したのか、藤原ちゃんは口を閉ざした。
愕然として膝をつくテン、苦痛に満ちた表情を浮かべる友樹、居心地悪そうにしている藤原ちゃん、さすがに空気を察したのか額に一筋の汗を流すアンナ嬢。そして、一人元気なのはTシャツにクラッシュジーンズといういでたちの由宇理だった。
「色々探索してみたけど、これならサバイバルにならない程度に楽しめそうッスよ? 米もちゃんとあるし、薪はちゃんと割ってあるし、調味料はアホほどあるし、井戸水も調べてみたけど普通に飲めたし、とりあえず主食だけ確保できればOKッス」
「あれ? なんだ、思ったより大したことない状況だな」
一体どんな状況を想像していたのか、あっさりとテンは立ち直った。
「で、主食はどうしようか? この季節だと野草はそれなりだけど」
「簡単なところだと釣竿と銛があったから魚介類ってところッスね。一応猟銃とかもあったけど、あれは野生の生き物から身を守る時に使うものッスかね?」
「多分そうだけど、猟銃なら師匠と一緒に狩りとかやってた頃に扱ったことがあるからなんとかなる。猪でもいれば、しばらく食事には困らないな。兎でもいい」
「ちょ、いや、えっと、電気は通ってるし冷蔵庫の中に市販のカレーが入ってるはずですから、そんな無理にサバイバルにしなくてもいいんですの!」
「そ、そうですよね三条院先輩! 猪とか兎とか無理に狩らなくても!」
「カレーは保存食だよ。最後の手段と言い換えてもいい」
「兎や猪程度だったら、血抜きして過熱すればチフスやコレラの心配もないッス」
『いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!』
ものすごい勢いで手を振りまくるお嬢様+現代っ子コンビ。そもそもアンナ嬢は麦藁帽子に水色のワンピースとロングスカート。藤原ちゃんはテンに騙されて学校指定の制服で来てしまっているので、激しい運動は避けたいところだ。
ちなみに友樹はわりと動きやすいパーカーにジーンズ。私も似たようなものだ。
多分こんなことになると思ったので、虫除けのために薄い長袖である。
猪や兎のお肉は嫌いじゃないけど、女性陣二人がさすがにちょっとかわいそうなので、同じ女として口を挟むことにした。
「今日はカレーでいいんじゃない? 材料がなくなったら明日は魚を獲ればいいんだし、どうせ三日目には迎えが来るんだから」
「じゃ、今日はカレーで。夕食までは団体行動で遊びまくる方向でいいかな?」
「海でなにが獲れるか分からないッスけど、鮑とか帆立があると嬉しいッスねぇ」
「………………」
さすがというかなんというか、見事な手の平の返しっぷりだった。
ホントにまぁ……仲いいんだから、こいつらは。
と、いつもならそこで口を挟んでくる白髪美少年がいないことに気づいた。
「あれ、そういえば友樹は?」
「隣の部屋でさっさと服を脱いで海に行っちゃいましたの。なんかにやにや笑いながら『俺は自由だ……』とか呟いてて気持ち悪かったから、声はかけませんでしたけど」
「あ、知り合い以外誰もいない場所に来た時の友樹って大体そんな感じだから、気をつけて見てやって」
気をつけて見てやってという言葉が当たり前のように出るってことは、普段から気をつけて見てやっているということに他ならない。
高倉天弧は友達に甘く、好きな人に甘く、家族に甘い。
それでも……今では、甘えさせはするけど甘やかしはしていない。
「それじゃあ、僕らも海に行こう。最後の夏休みだ、楽しまなきゃ損ってもんだろ」
保父さんのように暖かく笑って、いつものようにテンは言った。
「あはははははははははは! すごい、すごいぞここは! 俺たち以外は誰もいない! 無意味にナンパしてくるおねーさんもいなければ、なんかやたらと遊びに誘ってくる中学生もいないし、民荘の人妻もいないし、露店でトウモロコシ焼いてるねーちゃんにおまけされたりもしない! 自由、平等、自然! ここにはなんにもないぞ!」
と、やたらとハイテンションなのは、僕ではなく僕の親友こと有坂友樹だった。
その親友は、普段は見せないような満面の笑みのまま「ヒャッホーッ!」と奇声を上げながら海に飛び込んで笑いながら泳いでいた。
……あれ? なんだろう。心がとても痛い。
僕は目の前の無残な光景を直視しないように目を逸らして、溜息を吐いた。
「あのさ、親友。海を見て興奮するのは分からないでもないけど、そのテンションの上がりっぷりはいかがなもんよ? 見てるこっちも正直きっついんだけど」
「なにを言ってるんだ、キツネ! 絶対に俺とはくっつかないだろう女ども+お前しかないないというこの状況に置いて、テンションが上がるのは最早必然だろう!」
「いや、意味が分からないぞ?」
「あっはっはっはっは、鞠がいないだけでもテンションが上がるってのに、今回は本当に誰もいないんだぞ? これはもう俺の人生の中じゃすごいことだ。あのナンパのうざったさから解放されたとあっちゃあテンションが上がるのも当然ってもんだろう!」
「………………」
うん、まぁ気持ちは分からなくもないけど、そのうざったさを感じられるのは在り得ないほどもてる男だけで、凡人の僕から見たら普通に殺したい。
なんだかんだ言って、わりと辛い目に遭ってる友樹は、普段絶対に見せないような輝くような笑顔で笑っていた。
鞠さんには悪いが、こんなに楽しそうな友樹を見るのは初めてだ。
と、満面の笑顔のまま、友樹は僕の首に腕を回した。
「と、いうわけでキツネ。俺はもうさっさと遊びたいからお前も付き合えよぅ!」
「友樹、とりあえず落ち着け。僕はまだ着替えていない。水着は下に着て来たけど、とりあえずお前が心配だから様子を見に来たんだよ」
「じゃあ、もう今この場で脱いじゃえよ」
「太陽に頭がやられたのかお前はっ!?」
調和と規律とお約束をわりと重んじるはずの友樹は、今回ばかりはぶっ壊れていた。
「馬鹿だな、キツネは。ここにいられるのはあと60時間くらいなんだぞ? 時間を無駄にしてどうする? お前は一刻も早く俺と遊ばなくちゃいけないんだ」
「なにその決定事項っ!? って、おいなんで僕の服を脱がそうとするっ!?」
「はいはい、分かったからさっさと俺と一緒に遊ぶんだ。……でないと、俺の心が砕けちゃうかもなぁ。最近、鞠のいぢめが苛烈になってきてるし」
よく見ると、友樹の目はどんよりと灰色に染まっていた。いつかどこかで見たような気がする、死んだ魚のような目だった。
が、そんな表情とは裏腹に、友樹はてきぱきと僕の服を脱がせにかかる。
「ちょ、馬鹿じゃねぇのかお前! 服くらい自分で脱げるからやめんか!」
「いいからさっさとしろ。今だけでも辛い思い出を忘れさせろ」
「って、言いながらベルトを外すんじゃねぇよ! 頼むからやめろ馬鹿!」
「助けてくれよぅ。もう女で苦労するのは嫌だよぅ。親友が女なら良かったのに……そうすれば、一日中メイド服で膝枕とかぶるぇっ!?」
ゴシャッ!
明らかに本気としか思えない友樹の目と発想が怖すぎたので、思わず思い切りぶん殴ってしまった。
ぐらりと揺れた友樹は砂浜に倒れこんで動かなくなる。手加減はしてないけど、頬を殴った程度なので死にはしないだろう。
……いや、本当に怖かった。交際を迫るストーカーってああいう感じなんだろうか? 友樹に限っては追う側っていうより追われる側だけど、ああまで疲れ切った友樹を見るのも珍しい。
うーん……友樹の所にいる女の子って、大体友樹に対してスパルタだから少しくらい優しくしてやるべきだったか。でも、メイド服は死んでも嫌だ。
まぁ、とりあえずここは友樹の要望に応えて、さっさと着替えてくるのが最善の選択だろう。たまには親友と遊んでやるのも悪くはない。
そう思って倒れた友樹を放ってきびすを返すと、そこには似合わないというか似合いすぎて腹の立つ、黒のビキニ姿の藤原が立っていた。
なぜか……顔を真っ赤にしながら。
「お、藤原。もう着替えたのか?」
「………………ん、ああ。水着はアンナさんに借りたんだ、うん」
「気のせいか……妙な間があった気がするんだけど」
「いやいや、ちょっとびっくりしただけだ。納得もしたから安心して欲しい。私は寛容な人間だからな。全てありのままを受け入れよう」
「……ん?」
不思議なことになんだか非常に不愉快だぞ。殺意すら湧いてくるのはなんでだろう?
彼女はなんだか凶悪な誤解をしているような気がする。
「まさかキツネ先輩の趣味がそっちの方向だったとは。これなら、私になびかないのも納得というものだ」
「一応聞いておくけど、そっちの趣味ってどっちの趣味かな?」
「ははは、これは異なことを。それはもちろんボーイズ・ラヴに決まって……」
足を払う。
倒れた所で腕を背中に捻り上げて関節を極める。
言うまでもなく、焼けた砂は超熱い。
「藤原。僕が一番嫌いなのは同性愛だって分かっててその言葉を使うなら、今日こそは容赦しないぞ?」
「いや、しかし先輩。今のは勘違いされてもおかしくないと思う。そもそも、日常的に友樹先輩には蜂蜜のように甘いくせに、女子に対してはやたらと厳しい。これはもうアレしかないと考えるのは極々自然な流れ……いやすみません熱い痛いごめんなさい」
肩の関節を外すくらいに腕をねじ上げると、さすがの藤原も音を上げた。
ったく……この後輩は。人の弱点を見つけると容赦なく攻め立てるところがあるから、ある程度加減を教えてやらないといかんなぁ。
僕が腕を放すと、砂まみれになった藤原は、目を細めて僕を睨みつけた。
「先輩。前々から思ってたケド、先輩は私に限らず女の子に対する気遣いが少々どころかかなり足りないと思う。……というか、先輩好みの女の子との扱いが違いすぎる」
「罵倒に負けず、侮蔑に負けず、陰口にも、視線の冷たさにも負けず、好みの女の子にだけ優しくする。そういう男に僕はなりたい」
「最悪だよ!」
藤原にしてはとてもとても正論なツッコミだった。
「女の子のネットワークはすごいんだからな! 先輩みたいに、差別とか区別とか下心満載だと、すぐに見抜かれてハブにされちゃうんだぞ!」
「はっはっは、大丈夫だ。とっくにハブにされているから安心しろ。そもそも、嫌いな女にどんだけ嫌われようが知ったこっちゃねェし」
「全然大丈夫じゃないし! もう手遅れだし! そんなにひねくれたことばっかり言ってると、私だって先輩を嫌いになるからな!」
「……や、やれるもんならやってみろ。お前の恥ずかしい写真を公表するぞ!」
「普段から嫌いとか言ってるくせになんで脅迫するんだ!?」
いや、まぁ実はそんなに嫌いじゃないからね。藤原と話してると楽しいし、いじめるのもいじめられるのもかなり楽しい。
しかし、それをはっきりと口に出すほど僕は素直な人間じゃねぇのだ。
「仕方ないじゃん。ちょっときっついこと言うとすぐに嫌われるんだから」
「きついこと言わなきゃいいだけじゃないか!」
「だって、普通にしてるとなんか妙に増長されるんだよ。バイトしてた頃なんか、周囲に知り合いとかいないから、普通にしてたら女子連中に呼び捨てどころか『リアルホスト』ってあだ名つけられて本気で殴りそうになったし」
「……リアルホストとかあだ名つけられてる人の生活態度が『普通』とは思えない」
「よーし、分かった。今から『普通』に接するからそれで判断してくれ」
そういえば、藤原相手に『普通』に接したことはない。
というか屋敷があった頃の人たちや、母さんや父さんといった家族や、友樹や由宇理以外の人間と普通に接する機会があまりなかった。
この際だ。僕の『普通』がどの程度ずれているのか藤原に判断してもらおう。
かくして……今日だけ、僕は藤原に普通に接することにした。
結局、海では馬鹿みたいに遊び呆けることになった。
食料調達の方は由宇理に任せっきりにしていたのだけれど、由宇理は2時間ほどで全員ぶんの魚介類を調達し、その後は私たちに混ざって遊びまくっていた。
遠泳に始まり、スイカ割りやらバーベーキューやら、とりあえずアンナちゃんと三馬鹿がいればどんな環境でもわりと楽しく過ごせるようで、私も楽しんでしまった。
唯一、藤原ちゃんが終始恐怖に引きつったような顔をしていたけど、あれは一体なんだったのかはいくら聞いても教えてくれなかった。
まぁ、大体想像はつく。またテンがなんかやったんだろう。
ホント……あいつの『普通』は全然さっぱり普通じゃないことをそろそろ自覚した方がいいと思う。
夕飯は私が作った。とはいえ、あらかじめ材料は揃っていたので、カレーの中に由宇理が獲ってきた魚介類を放り込んだだけだ。さすがというかなんというか、食材が新鮮だけにとても美味しかった。
柄にもなく、こんな楽しい時間が続けばいいのにとか思っちゃうくらいに。
けれど……当たり前のことだけど、楽しい時間は長くは続かない。
「肝試しをしましょうですの」
世間知らずのパッパラお嬢様がそんなことを言い出したのは、夕食が終わった直後のことだった。
一瞬だけ時が止まる。それから、何事もなかったかのようにテンが口を開いた。
「よし、それじゃあ明日も早いしそろそろ寝よう」
「寝る前にUNOでもやるッスよ、親友。あたしの腕前を見せてやるぜ!」
「はっはっは、甘いな由宇理。遊び空間に放り込まれたこの俺こと有坂友樹のフルパワーを知らないな? お前はすぐに敗北の味を知ることになるだろう」
「はいはーい。奇ノ森ぜつむさんは脱衣UNOとかがいいと思いまーす♪」
「気持ち悪い提案は即刻却下します」
「気持ち悪いはひどすぎるだろ、キツネ先輩! 大体、今日一日は私に優しくしてくれるんじゃなかったのかっ!?」
「優しくするんじゃなくて普通にする予定だったけど、やっぱり却下。普通にしててもちっとも面白くない。むしろ怖がられてかなりショックだったし」
「……いや、だって怖いもの。リアルホストだったもの。残酷に優しいもの」
「あー……それはよく分かるッスよ、探偵。確かにキツネって普通に女の子に接してるとリアルホスト以外のなにものでもないッスね」
「友樹、僕はわりと女の子に優しくしたい男だけど、こいつらはフルパワーでぶん殴っちゃっていいよね?」
「すまん、親友。フォローできない」
全く持ってその通りだ。私もフォローしろと言われれば『不可能』と答えるだろう。
さて、全員和気あいあいとしているように見えるけど、その顔には『遊び疲れたもう眠いっていうか肝試しとか正気じゃねぇ』と書かれている。もちろん私も同意見だ。
廃村。海岸近くの村。土地勘ゼロ。周囲は電灯すらない。
下手にうろつけば遭難すること間違いなしのこの状況で、肝試しなんてできるはずもない。
ちらりとアンナちゃんの方を見てみたが、にこにこと笑ったままだった。
……まるで、『余裕こいていられるのも今のうちですよ』と言わんばかりだった。
「みなさん、こんな話を知っていますか? 実はこの村には……」
「はーい、みんなちゅーもーくっ! これからなんかこう、旅行にありがちな恥ずかしい暴露話大会を始めるから! べ、別に肝試しが嫌だとかそういうことじゃないんだから、勘違いしないでよね!」
「一番、刻灯由宇理! 一週間くらい前にキツネに全裸を見られました!」
「なんてことだ親友。まるでギャルゲーの主人公みたいじゃないか。気持ち悪いから今すぐ死んでくれよ!」
「黙れ、メイドの尻に敷かれているばか白髪。そもそも由宇理の生活態度がフリーダムすぎるのが悪いんだろうが。つーか、なにかといえばすぐに家出するな」
「……いや、なんていうか四季さんと香純はモノの愛し方が異常でね? 家出しないとやってらんないッスよ。昨日なんかあたしが二日家を留守にするってだけで刃物で」
「二番、有坂友樹! 嬉し恥ずかし初恋の告白を親友に見られました!」
やばい話になると思ったのか、咄嗟に友樹が話題を変える。
……話題を変えるのはいいけど、思った以上に恥ずかしい思い出だった。
「いやね……ホント、あの時は死のうと思ったぜ。こいつものすごくいい笑顔で全部見てるんだもん。いくら温厚な俺でもね、限度ってものがあるから」
「そんな美味しいシーンを見逃す馬鹿はいないだろ? あの時の告白は今もばーちゃん家に永久保管してあるから安心してくれよ」
「……あのさ、親友。そろそろ俺、親友とかやめていいかな?」
「馬鹿を言え。お前だって僕の初恋の人とフツーに付き合ってるじゃねぇかコノヤロウ。お前と僕は一蓮托生。……絶対に逃がさないから覚悟しておけよ?」
「………………」
友樹はがっくりと膝をついた。それはどうしようもない絶望だった。
まぁ、これはこれで友樹も悪いからある程度は仕方がないような気がするけど、テンの場合は初恋とか一切関係なく友樹をからかうことに命を賭けているところがあるので、なんにしろ性質が悪い。
と、ここでさすがに痺れを切らしたのか、アンナちゃんはゆっくりと溜息を吐いて、私たちを睨みつけた。
「なにを勘違いしているのかは知りませんけど、私は単に恐怖体験がしたいだけですの。肝試しでも百物語でも、背筋が寒くなればどっちでもいいんですの」
「あ、そうなの? なんだ、てっきりアンナさんのことだから『サバイバル肝試し』とかなんとか訳の分からないことをやらかすんじゃないかと心配になっちゃったよ。でも肝試しだろうが百物語だろうが、恐怖体験だけは絶対に嫌だ」
「奇遇だな、親友。俺もジェットコースターとお化け屋敷だけは勘弁だぜ」
「……先輩たちに限らず、男の人ってそーゆーの苦手だよね。そういえば、昔、ダムに沈む予定の村があったんだけど」
「ははは、藤原。嫌だって言ってるのになんの脈絡もなく話し始めるのは本当にどうかと思うぞ? 殺されても仕方のない所業だ」
「その通りだぞ、藤原。いくら俺でも今のはちょっと我慢できなかったな」
「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
高校生なのに、女子に向かって四の字固めと腕ひしぎ十時固めをかける男が二人。
というか、本当にあんたら大人気ないにも程がある。
さすがにこのまま放置すると藤原ちゃんが殺されかねないので、仕方なく私は口を開いた。
「まぁ、肝試しくらいはいいんじゃない? 二人一組で行動すればとりあえず問題はなさそうだし、場所も放置された神社だったら迷うこともないし」
「うーん……別にやるならやるでいいけどさ、殺人鬼とか出てきても知らないよ?」
「有坂先輩。本当にキツネ先輩はどういう人生を……」
「あーあ、言葉って本当に不自由だよなァ」
友樹は藤原ちゃんと目を合わせなかった。私もその一端を知っている人間なので、思わず目を逸らしてしまう。
本当に……高倉天弧って男は不遇な人生を歩んでいる。
ちょっと行き過ぎたところもあるけど、基本的には普通にいい奴だというのに。
思わず冥ちゃんを任せたくなってしまうほどに……いい奴だっていうのに。
まぁ、性格がどーしようもない位にひねくれてる所と、女運がかなり微妙なのがネックなんだけど。
「舞? なんかものすごく腑に落ちない表情してるけど、どうかした?」
「別になんでもないわ。ほら、さっさとチーム分けして、肝試しするわよ」
「殺人鬼とか出てこないといいなぁ」
「いや、出るわけないから」
こんな廃村の中を殺人鬼が歩いていたら、正直引く。
空が落ちてくるくらいにありえない不安を抱えているテンをなだめながら、私たちは肝試しに興じることにした。
この時は、あんなことになるなんて思ってもみなかった。
あんな風にトモダチと馬鹿騒ぎした時代が、私にもありました。
ちょっとだけセンチメンタルな気分になってしまうのは、私が歳を取ったからか、それともトモダチとは言えない同居人が多数増えてしまったせいで、友情というものに飢えているからか。それはちょっと判断できなかった。
「お化け役で鬼を雇うってのもアレだねぇ……世も末かもね。お金持ちの考えることはつくづくよく分からないなァ」
廃村から離れること十数メートル。森の中の隠れ家というより、猟師のベースキャンプのようなところに陣取って、私は口元を緩めた。
「じゃ、次はえっと……雌豹のポーズで背筋を強調する感じで」
「嫌だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
涙目になっているのは、鬼役で雇われた私の同居人こと鬼末真という不吉な名前を持つ可愛い女の子。いつもはライダースーツにポニーテールという色気もへったくれもない格好なのだけど、今日は黒ビキニに鬼の角というコスチュームプレイをさせてみた。
んー……女性同士ってのはかなりアレだけど、涙ぐんでる顔を見るともっといじめたくなってしまう。ちゅーしてぇ。
「まこちー、わがままは駄目だよ。ただでさえまこちーの趣味はお金にならないんだから、こうやって体を切り売りしてお金を稼がないと」
「これは絶対に違うよ! それに、私はちゃんとお金は稼いで……」
「それが私に還元されなきゃ、同じ事なんだよ?」
にっこりと笑うと、なぜかまこちーは恐怖に顔を引きつらせた。
嫌だなぁ……そんなに怖がられると、ますますいじめたくなっちゃうじゃないか。
やらないけどね。まこちーは恥ずかしがらせてこそ輝く女の子なのだから。
「お財布はおにーちゃんがほぼ握ってるし、手っ取り早く500万円ほど欲しかったから仕方がないと言えばそうだし……ま、今回は色々と仕方がないってまこちーも納得してくれたじゃない?」
「いや……そうなんだけどさ、だったら私に全部任せて、ミナは家で待って」
「それじゃあ意味がないんだよね。というか、まこちーは情緒に欠けるから」
「じょ、情緒に欠けるって……」
「この前、おにーちゃんが酔い潰れた時に軽々担いで部屋に放り込んでたでしょ? 実はおにーちゃんが吐くほど酔う時って、大抵誰かに慰めて欲しい時なんだよね。ま、おにーちゃんのことだから、どーせ不幸な女の子でもぶっ殺して鬱になってたんだろーけど」
「……あの、ミナ。その言い方はさすがにちょっと……」
「事実だもん。言葉を曲げても変えても、事実は変わりはしないよ」
「………………」
まこちーは思い切り口を引きつらせていた。
自称魔法使いのくせに、とても甘々な思考の持ち主。それが可愛いところではあるんだけど、そこは私とは相容れない。
嫉妬深く凡庸な私は、現実を受け入れる以外に戦う術を知らない。
「人はね、甘えたいし愛されたいし求められたいの。おにーちゃんだって、私の従姉だって、金髪さんだって、おばかハッカーさんだって、まこちーだって、私だってそれは変わらない。人によってその合図が違うだけ。……特に、おにーちゃんは昔から『自分にしかできない』とかなんとか調子こいちゃって、そのぶんだけ負担を背負って、誰にも頼らず、誰にも求めず、一人で続けてきたから、今苦労してるんだよ。それは自業自得で同情の余地は一片もない」
「……そんなことはないと、思う」
「うん。私も本当はそう思う。でも、私は責める側の人間だからね」
あの馬鹿兄貴の周囲には、兄貴を責める人間が一人もいない。
だったら、身内である私が責めたって別に構わないだろう。
両親のうっかりミスで生まれてしまった私が、血の繋がっていない家族の咎を責めるのはお門違いかもしれないけど……それでも、責め立ててやらなくてはならない。
責任は取ってもらう。
「じゃ、そーゆーことでさくっと行ってくるよ。一人ずつ拉致するから、まこちーは見張りの方をよろしく」
「……え? あ、ちょっと、ミナッ!?」
徒手空拳の無手で小屋を飛び出す。武器はその辺で調達すればいいだろう。
せっかくのお化け役だ。若人にリアルな恐怖ってものを叩き込んであげよう。
せいぜい……足掻いてもらうとしよう。
Aランクエンディング・舞編:今、ここにいるばか。END
Aランクエンディング・彼編:いやいやちょっと落ち着こう。に続く
おまけ:次回予告。
相川美奈子は大魔王である。
こことは一切関係のない某物語で世界ごとおにーちゃんをぶっ殺そうとした逸材で、当時は嫉妬が行き過ぎたヤンデレであった。
しかしそれから数年。恋が冷めて熱も冷め、おにーちゃんのことは凶悪に好きと言えば好きだけど、それでも世界と引き換えにするほどのもんじゃないよねぇと、客観的な視線という大人になるために重要なものを獲得した後、やれやれと肩をすくめながら責任の多重債務に喘ぐおにーちゃんを横目で見ながらにやにやしている女になった。
そんな彼女は、現実的である。
夢見がちどころか夢を見ない。金で命が買えることも知っているし、命が金で買えることも知っている。命の重さに差があることも知っているし、魂に意味がないことも知っている。感情として納得出来ない部分も多々あるが、その納得出来ない部分を理性で握り潰せるという、怖気が走るほどに現実直視型の人間で、幻想を真正面から打ち砕く女だ。
ある意味、人の究極系の一つである。
そんな彼女はいつも通りに問いかける。
嘘吐きの天敵である彼女は、勇者と愚者に問いかける。
「で、君たちって結局のところお互いのことをどう思ってるの?」
嘘も吐けず、意地も張れず、虚飾すらも意味を成さず。
人としてあるまじき、全てを晒しあう戦いが今始まろうとしていた。
次回、Aランクエンディング・彼編:いやいやちょっと落ち着こう。
意地汚く、意地悪く、傲慢で、明け透けな人間の方が得をするんだよ。
どうやってあの二人をくっつけるか考えるのにリアル時間で一ヶ月かかった。
物語中でツンデレツンデレ言われている黒霧舞嬢だが、実際のツンデレは彼女ではない。黒霧舞という少女はただ意地っ張りで、好意を隠すのが上手く、自分より妹を大切にしているだけである。
いざとなれば、この女ほど潔い女もいない。
本物のツンデレは別にいる。
次の物語は、そいつを口説き落とすまでの物語である。