京子エンド:バックスクリーン直撃弾
はい、そういうわけで一ヶ月ほどで仕上がりました京子エンドです。楽しみにしてくださった皆さんには本当に感謝を。これが初めてという方は僕の家族のコッコさん つヴぁいを読了してくださるとなお楽しめます♪
なお、コメントに関してなんですが本当に申し訳ないことに作者オーバーワークのため書く暇がありません。その分の時間は作品の執筆につぎ込ませていただいてますので、ご了承ください(泣謝)
注1:ここから先の物語は完全なるアナザーストーリーです。ありえたかもしれない未来、マルチエンディング等が嫌いな方はご遠慮ください
注2:時間の経過、人間関係、周囲の環境の変化などによって人の考え方なんてものは簡単に変わります。20歳越えても成長します。嫌いなものだって数年経ったら食べられるようになってしまうかもしれません。よって、『●●の性格がかなり違うんですけどぉぉぉぉぉ!』 というツッコミは却下です。そういうものとしてお楽しみください。
注3:Aランクエンドです。最終話より4年後の話になります。
注4:上記の注は美里さんエンドから省きます。あとがきから読む人はいても3話から読む人はいねーだろと踏んでのことです。あと、この小説を読むのが面倒な人はエ●の10巻を読めばいいと思いました。誰がなんと言おうとターシャは可愛すぎます。
注5:田山歴史は森薫先生を全力で応援しています。
エンディング条件。
・本編における京子と美里の仲を取り持つこと。なお、左記の条件が満たせない場合、自動的にバッドエンドになるので注意。
・お屋敷から離れた後、京子さんと一緒のアパートに引っ越したりしないこと。どっちかっていうとそれは美里さんのフラグです。
・オーレリア救出作戦失敗(四人揃わないと自動失敗というか発生しない)。
・仕事が忙しい彼女のために、なるべく時間を作ってあげよう。
・忙しいのであんまり会えないけど無理を言うのはやめよう。男も忍耐。女も忍耐。
・何百回でも繰り返すけど、高校編で舞さんとのフラグは立てないように。
・タイトルの時点でコメディ臭がぷんぷんしますが、むしろコメディ的には前座のような気がします。ぶっちゃけBランクエンドの方がもがもが。
以上を踏まえて、ご覧下さい。
Aランクエンディング・京子編:バックスクリーン直撃弾。
サブタイトル:婚前イベント・京子ちゃん争奪頂上大決戦♪
第一戦:アルティメットメイド・芳邦鞠&白の魔法使い・有坂友樹。
第二戦:アルティメットメイド・黒霧冥&大学生・黒霧舞。
第三戦:史上最強・高倉望&無双乙女・橘美咲。
第四戦:地上最強・高倉織。
最終戦:大学生・橘美里。
なんてことが、一ヶ月前にあった。
肌は荒れ、艶がなくなり老いを知る。
別にそこまで老けてはいないのだけど、私は最近苛立っていた。
「……なぁ、テン。あたしらって付き合ってどれくらい経つっけ?」
「そろそろ4年くらいかな」
私の彼氏……高倉天弧はお茶を飲みながらぼんやりと言った。
場所は駅前の喫茶店。顔なじみが働く店でコーヒーが上手いのが唯一の取り得のような店で、私は久々に彼氏と顔を合わせていた。
もっとも、私は今性に合わないOLなんぞをやっているせいで色々と忙しい。今日も午前中に会社に呼び出されて、今ようやく戻って来たところだった。
テンはその間文句の一つも言わずに、本棚にある本を読破しながら私を待っていた。
……あまり罪悪感を感じる方じゃないけれど、さすがに心苦しかった。
「えっとさ、テン。さすがにここはあたしの奢りにした方がいいかなー……って」
「や、別にいいよ。僕もバイトとかやってるし。久しぶりのデートなんだから、もーちょいリラックスして楽しんでもいいんじゃないかな」
「…………むぅ」
昔は私のほうが気を使っていたのに、今じゃ立場は逆転していた。
そう、今じゃすっかり立ち位置が逆転してしまっている。普段あまり会えないことに苛立っているのはむしろあたしの方だし、会えないなら会えないでテンの方が私の予定に合わせてくれる。それが心苦しくて、休日出勤とかあると『いつかその焼け野原のような頭を本当の荒野に変えてやる』と念じながら部長の湯のみに雑巾を絞る毎日である。
今日は見たい映画があったのに……午前中は私の見たかった映画を見て、午後からは買い物をする予定だったのに。
……いい加減に、ジョロキュア(2008/04/25現在でハバネロを越えたとされる調味料。もちろん辛味的な意味で)でもお茶に混ぜ込んでやった方がいいんだろーか?
「京子。どうしたのさ、なんか不機嫌そうだけど?」
「……休日の午前が丸々潰れりゃ少しばかり不機嫌にもなるだろ」
「まぁまぁ、過ぎた時間はお金に代わったと思えばそれでいいじゃないですか。人間社会に生きる限り、お金は無駄にはなりませんし」
「休日手当てはつかねーんだよ、ウチの会社」
「………………へぇ」
と、不意にテンの目つきが剣呑なものへと変わる。
そして、ポケットから一瞬で携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけた。
「あー、もしもしあくむさん? こちらキツネの電話ですけど。ああ、はい。木野村ファイナンスっていうクソ生意気な企業がありましてね。なんとか穏便にぶっ潰してくれるとありがたいんですけど。え? 京子の勤め先だろって? いやいや……人の恋路を邪魔する奴は企業だろうが概念だろうが踏み潰せって母さんが」
「ストップ! 待て、その教えは一から十まですごく間違ってるだろ!」
「お金が払えなきゃ命で償ってもらうしかないじゃないか。なぁに、このご時勢に中小企業の一つや二つ潰れたって大したことはないよ。むしろ耐性がつく」
「どんな耐性だよっ!?」
目はまるで笑っていないテンの笑顔は、冗談など一欠片も存在しないことを物語っている。
いや、確かに今務めている会社には義理も恩義もないし、同僚の神経はおおむね腐ってるし部長は気持ち悪い笑顔でセクハラやパワハラを繰り返すし、給料は正直多くないし、仕事がやたら多いわりに休日出勤は禁止されてるくせに普通に出なきゃいけない空気だしで全然いいところはないが、さすがに潰されるのはちょっと後味が悪い。
「テン、気持ちは嬉しいがいきなり勤め先を潰すのはやめてくれ。給料入らなくなるし、次の勤め先探すの面倒だし」
「一緒に会う時間は増えますけどね」
「………………い、いやいやいやいや! それでもアレ、ほら大人の責任とかそういう大事なものがあるからね!」
ハ、なかなかやるじゃないかテンのくせに。ものすごく悩んでしまったじゃないか。
そりゃ転職を考えないでもないけど、転職するとしたら杜氏とかになってしまうわけでそうなるとお金やらなにやらで色々と面倒だし、なにより本音を言えばあたしの都合でテンを振り回したくない。
……転勤先にも普通についてくるんだもの、こいつは。
「ま、まぁとりあえず気に食わないから叩き潰すってのは子供のやることだからな。頼むから自重してくれ」
「じゃあ、会社を潰すのはやめにするよ。その代わり、京子に嫌がらせを働く同僚のクソ女どもと変態部長は破滅させていいよね♪」
「……え、ああ……うん。……じゃない! 納得しそうになっちゃったけどそれも駄目だ! とりあえず潰したり滅ぼしたり消したりっていうは却下!」
「はーい。まぁ、京子ならそう言うと思ったケドね」
テンはそう言って、笑いながら私の頭をぐりぐりと撫でる。
まるで子供扱いのような気がしないでもなかったが、こいつの愛情表現ってのは大体こんなもんだ。冥という私の友達でこの男のメイドも似たような扱いだし。
……ちなみに、メイドというモノに違和感を持ってはいけない。疑問に思った時点でアウトである。
(しかし……この現状はなんとかしなきゃな)
仕事が忙しいのはまだいいとしても、私の都合ばかりに合わせてもらうのは良くない。はっきり言えば毎日会いたいというかぶっちゃけずっとくっついていたいくらいには惚れているので、なんとかこの状況を打開しなくてはいけない。
現状の財力その他等の武器を使用した時に、私が実行できる最善手。それは――――
「いっそ……ど、同棲してみる、とか?」
24歳になりました。お金もまぁそこそこ。テンもバイトしてるし、私も社会人。
社会的にも一緒に住んでて違和感はなさそうな感じ。
しかし……口に出してみると、なんというか、その。
思いっきり自爆したような気がする。
顔を上げるとテンは呆気に取られたのか口を開けてポカンとしていた。
一瞬で恥ずかしくなって、私は思わず慌てふためいた。
「いやいやいやいやいや! やっぱなし! 同棲とかあれだ! まだ早いしな!」
「んー……確かに同棲だとちょっと面倒だよね。近所の目もあるし」
「……ぐっ、だ、だよなぁ!」
近所の目と言われてちょっと傷つくあたし。お前は私と近所の目とどっちが大事だこらぁと怒鳴りつけたい衝動に駆られたけど、それをやってしまうと確実に『京子に決まってるじゃん』と言われて同棲まで押し切られる可能性がある。
この男、ぼんやりしてるように見えてあたしが絡むと老若男女容赦ない修羅に変貌する。実行に躊躇がなくなるというか、ある意味で感情的になるというか。普段は周囲にも他人にも配慮できるくせに、それを全部放棄する。
それだけ愛されてると思えばいいのかもしれないけど……なんつーか、取り扱い要注意の爆弾を扱っている気分になる。
まぁ……そんな男に惚れているあたしの方が性質が悪いかもしれんけど。
と、不意にテンは腕組をして窓の外を見ながら言った。
「でもまぁ、時間が取れないのも事実だよね。最近あんまり会えないし」
「だからって会社は潰すなよ?」
「あれは冗談だよ。……まぁ、そろそろ頃合なのかな」
「だから潰すなって!」
「いやいや、そっちじゃなくてさ。同棲の方。同棲だと色々と面倒だし、大学生と社会人だとなんとも折り合いが悪いし、中途半端なことしていると舞とか美里が怖いし、冥にも頭引っ叩かれそうだし」
「……同棲の話で女の名前が3人ほど出てきたあたりで、私の怒りは頂点だぜ」
「うん、だから同棲はやめておこうってコト」
笑顔できっぱりと言われて、私は少々へこんだ。
いや、まぁいいんですけどね? 今でも会えているわけだし、寂しい時にもわりと側にいてくれますしね? 判っちゃいるんだけど感情が納得しないっていうか。
判っちゃいるけどね……なんか腹が立つ。
テンはそんな私を見て、にっこりと笑って言った。
「じゃあ、いっそのこと結婚しよっか?」
………………へ?
「同棲はめんどいし体裁が悪いケド、結婚ならしっかりした約束だからね。これならちゃんとしてるし、中途半端なこともしてないし、なにより僕の望みが叶えられて万々歳じゃん。……いやぁ、正直いつ言い出そうか迷ってたんだよねぇ」
………………あれ?
「えっと、京子? 聞いてる?」
「…………ああ、うん。聞いてる」
「やっぱり駄目? 僕は京子以外の人とくっつくつもりはないんだけど」
「えっと……駄目じゃないし、嫌でもない。うん、オッケー」
「ああ、良かった。じゃそれはそれとして今日は午後から遊びましょうよ。予定の方はこっちで詰めておきますし」
「……うん」
………………あれ?
………………あれれ?
いや、あの。ちょっと……結婚?
結婚ってアレか。夫婦とか、子供とか……えっと、えぇ?
「あ、それとこれは指輪。安物だけど、口約束だけじゃ説得力ないと思ったんで」
「…………ありがと」
渡された銀の指輪を見ても、なんだか現実感が希薄だった。
結局、私が我に返ったのはデートが終わって家に帰って、シャワーを浴びてもらった指輪をまじまじと見つめた後のことだった。
もちろん、パニックに陥ったことは言うまでもない。
結婚。人生の墓場とも呼ばれる、一つの区切りのようなもの。
16歳の前に成長が微妙な感じで終了し、さらに付け加えるなら若い頃にやらかしたことで旧友にも会えなくなり、ああこりゃ女の幸せとかそういうのとは一切合財無縁になったなぁと思いながら生きてきて24年。まさか男からプロポーズされる日が来ようとは考えもしていなかった。
いや、まぁ嬉しくないと言えば嘘になる。嘘になるっちゃなるんだけど、正直どうしたらいいのかよく分からんというのが本音だ。
……ホント、どーすりゃいいんだ?
結婚というものにマニュアルやテキストは存在しない。それでも、先人の意見は参考になるだろうということで、あたしはある場所に向かっていた。
通称、魔女皇の城。処女の血をすすり若さを保っていると専らの噂のある魔女が住む、造りのいい邸宅の前に私は立っていた。
「ちっ、さすがは30過ぎても未だに合コンに参加しようって魔女だけはある。この家を作るのに、何人の人間の人生を食い潰したのか分からないぜ」
「あの、京子ちゃん。いくらなんでも人の家の前で人聞きが悪すぎることを呟かないでもらえるかしら?」
「あ、お帰り美里。合コンはどうだった?」
「京子ちゃん? いい加減にしないとぶっ飛ばすわよコラ」
青筋を立てちゃいるがそれほど怒ってはいないらしく、私の友人と呼べないこともない女は、苦笑しながらも私を家に招きいれてくれた。
橘美里。信じられないことに現役の大学生。見た目は美女に見えないこともないが、趣味はおかしい。娘は溺愛、好きな男は殴り放題となんかもう見た目とは裏腹に心の中は真っ黒な女。そのくせ有能なのが憎らしいというかなんというか。
まぁ、子育てはべらぼうに下手だけど。
「京子ちゃん。とりあえず、新婚さんがこんな所に来ていいのか聞いていい?」
「あー……まぁ、テンには了解は取ってるよ」
「それならいいんだけど」
案内された客間は掃除が行き届いていたし、家具の類も品揃えがいい物ばかりだった。香水かなにかを使っているのかいい匂いもするし、窓からの景色も申し分ない。
むぅ……いつの間にか生活水準が向上してやがる。美咲(娘)がいる間は六畳一間のアパート暮らしだったくせに。
「美咲も高校生になってあのアパートも手狭になったことだし、ちょっと友樹君に頼んでいらない物件を回してもらったのよ」
「いらないって……ここ、かなりいい立地条件じゃねーか」
「ええ。一目見て気に入っちゃったから、色々とごねていちゃもんをつけて、ついでに芳邦さんに友樹くんの女性遍歴の一部を暴露しようとしたら笑顔で貸してくれたのよ」
「………………」
そんなあからさまな脅迫に逆らえる人間は、そういないと思う。
出されたコーヒーは当然のように美味しいが、その味がどんな血と屈辱の上に成り立っているものかはもう考えないようにした。
自分もコーヒーを口にしながら、美里は口元を緩めた。
「それで、京子ちゃん。今日はどんな用事でここまで来たのかしら?」
「えっと……実は」
「まさか、いきなりプロポーズされて、パニックになった挙句一人取り残された気分になっちゃって、仕方ないから今後のこととかを私に相談しに来たわけじゃないわよね?」
「……いや、まぁそうなんだけどもさ」
「ハッ」
うっわ、鼻で笑われたよおい。超殺してぇ。
「もう、京子ちゃんってば、あれだけいちゃらぶしておいて今更結婚に尻込みって……正直馬鹿なんじゃないかって思っちゃうじゃない♪」
「あの、美里。あたしゃわりと我慢強い方だけどさ、今ちょっとナイーブになっちゃってるからこれ以上言われると44マグナム(拳銃)が火を噴いちゃうんだけど」
「好きなら結婚しちゃえばいいじゃない。結果なんて後からついてくるわ」
「………………」
正論だった。なんかもう、ぐぅの音も出ないくらいに正論だった。
いや……えっと、確かに好きですよ? でもこう、なんていうか不安で仕方がない。
テンのことは財力的にも男としても非常に頼りになる男だと思ってるけど、それとこれとはまた別問題なわけで。
なんていうか……上手く言葉にできないけど、これでいいのかな? と思う。
あたしの悩みを見て取ったのか、美里は微笑みながら口を開いた。
「ねぇ、京子ちゃん。結婚ってなんだと思う?」
「……人生の墓場っていうか、一区切りっていうか……そんな感じ」
「うん、確かによくそう言われるけど、全然違うわね」
美里は、あっさりと世間の常識ってヤツを自信満々に否定した。
そして不敵な笑顔を浮かべて、きっぱりと断言する。
「結婚してもね、結局のところはなにも変わらないのよ。ただ、二人の距離が少しだけ近づいて、色々なことを共有できるようになるだけ」
「……そうかな?」
「もちろん、共有できるぶん苦痛も多いわよ。生活習慣だって違うだろうし、相手が自分の思っているような人間じゃなかったりすることだってある。誰だって好きな人の前じゃ格好をつけたがるけど、距離が近づいたぶんだけ誤魔化しは通用しなくなる。誤魔化したら誤魔化したぶんだけ反動がきつくなる。結婚っていうのはつまり、全然違う他人を『家族』として受け入れられるかどうか。問われるのはただそれだけなのよ」
「………………」
非常に含蓄がある言葉に、あたしは感心するだけだった。
うーん、さすがに経験者の言葉は一味違う。これが冥ならものすごい理想論を言いそうだし、舞なら現実的過ぎて夢のないことを言いそうだ。
恋愛と結婚は違う。あたしなりに分かっていたつもりだったけど……分かっていなかったのかもしれない。
コーヒーカップをテーブルに置いて、美里は微笑を浮かべた。
「ねぇ、京子ちゃん。聞くまでもないことだけど、結婚は嫌じゃないのよね?」
「うん。それは嫌じゃない。……あいつの弱いところも悪いところも大体分かってるけど、それでも、私はあいつが好きなんだと思う」
「なら……後は彼次第かしら、ね」
美里は微笑みながら……不意ににやりと口元を緩めた。
「それじゃあ、彼の覚悟を試しましょう」
「へ?」
やたら嬉しそうな美里の横顔は、邪悪に歪みまくっている。
私はこの時点で美里に相談したことを大いに後悔したのだった。
京子の転勤先に着いて行ってしまった僕だけど、一応これでも大学生。通勤方法は新幹線を利用するという、一介の大学生には考えられないほどのブルジョワっぷりだったけど、貯蓄の方も屋敷で貯めこんでおいた分がかなり残ってるので新幹線を利用した程度ではびくともせず、当面の生活にも支障はない。
もくもくと駅弁を頬張りながら、僕は車窓から外を眺めて溜息を吐く。
そう、今の問題はお金とか生活のことじゃない。よりにもよってプロポーズした相手が、その状況にまるでついて来れていないということだろう。
「ま、なかなか思い通りにいかないってのはいつものことかな」
やったのは式場の下見だけで、今すぐに式を上げるわけでもない。いっそのこと僕が大学を卒業するまで待ってもらってもいい。
京子にはああ言ったけど、その間は同棲でも悪くはないし。
同棲でも……悪くはないし。
「お客様、窓の外を見ながらにやけるのはまるで不審人物のようなのでやめていただけないでしょうか? ただでさえ黒の眼帯で不審人物っぽいのに」
「あっはっは、そう言われてもこの状況でにやけるなって方が人間的に無理……」
そこで、僕は言葉を完全に見失った。
真っ黒いエプロンドレスに、真っ黒なフリフリレースを使用したエプロンドレス。目元には正体を隠すためか、あるいは楽しんでいる確信犯なのか、黒い蝶を象った煌びやかなマスクをつけている……えっと、怪しいメイドが立っている。
いや、まぁメイドっていうより鞠さんなんだけども。
「あの、鞠さん。……なにやってんですか?」
「今の私は黒蝶メイド仮面。鞠さんなどという可憐な妖精などではありません」
「……20歳過ぎた女性が『可憐な妖精』とか言っちゃうのは果たして人間としてどうなのか、ちょっと突っ込みたいところなんですけど」
「黙りなさい」
笑顔で発言を拒否されて、僕は思わず口元を引きつらせる。
うーん……メイドのくせに相変わらずの傍若無人。親の顔が見てみたい。姉妹の顔は見れるけど、彼女等も負けず劣らず傍若無人なのでこれはもう血筋なのかもしれない。
「で、今日は一体全体なんの用なんですか? 僕、これから大学に行かなきゃいけないんで寄り道とかしている暇はないんですけど」
「それは愚問というものです。貴方が京子さんにプロポーズをしたことは、既に橘さんから連絡が入っています。……そう、その時に私は思いました。『天弧さんのくせに結婚なんて生意気だ』と。私はキスすらしたことないのに」
「完全に八つ当たりじゃねーかっ!」
思わず怒鳴りつけてから、僕は思い切り溜息を吐いた。
なんというか……この人と友樹だけは、何年経っても変わらないのかもしれない。
「そういうわけで、恨みと妬みと憎しみの炎から『Yeah! 二人はパピヨン・ジェノサイドハート』は誕生したのです!」
「……もう一人いるのかよ」
色々と突っ込みたい所は多々あったけど、それよりももう一人いるらしい被害者に、僕は同情するしかなかった。
もちろん、言うまでもなくもう一人の蝶々仮面はあいつだからだ。
「さぁ、そういうわけで出番ですよ友樹様。二人であの裏切り者をとっちめましょう」
「ひっく。お願い……お家に帰して。もうやめてよ……」
「いきなり泣いてるんですけどおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
真っ白なメイド服にモンシロチョウを模した可愛らしい仮面を強制的に着用させられた白髪の20歳美青年は、もうなんか見てられないくらいに泣いていた。
ホント……相変わらず加減ってもんを知らねーな、このメイドは。
「馬鹿じゃねーのアンタっ!? 味方のハートをジェノサイドしてどーするっ!」
「馬鹿とは失礼ですね。泣き顔が可愛けりゃなんでもいいんですよ」
「泣き顔って言ってる時点で最悪じゃねーか! ホント……なんつーか結構前から言おうと思ってたケド、鞠さんの愛情は色々とおかしいぞっ!」
「まるで蜂蜜のように甘いですね。自覚のある相手に事実を突きつけた程度で、動揺するとでも思いましたか?」
「………………」
蜂蜜のように甘いのはどっちのことやら。
男女の間に友情が存在するのかは分からない。ただ、自分の中で強硬に『友達』だと主張できる内は、友情は確かに存在するものなんだろうと思う。
鞠さんと友樹の関係はもっと深い。友達でも恋人でもなく、『同士』が正しい。
誰よりも太くて強い。そういう絆が二人の間にはある……と、僕は思う。
それでも、だ。
「なぁ、鞠さん」
「なんでしょうか?」
「そろそろ、無駄話と時間稼ぎはやめないか? 用件だけ簡潔に伝えて欲しい」
「京子さんを取り戻したければ私たちを倒してみなさいと、橘さんが」
やっぱり、仕掛け人は美里か。
薄々予想はできていた。京子が真っ先に相談するだろう相手は恐らく美里だ。
美里なら、今の僕の実力を試すことくらい平気の平左でやるだろう。あの人はなんだかんだ言って京子には甘い。
京子を守り切れない僕なぞ、笑顔で叩き潰してくれるだろう。
僕は口元を緩めて、眼帯を引き千切る。
「私『たち』ってことは、他にもいるってことだな?」
「はい。貴方に縁故のある女性のほとんどが集まっていますね」
「なるほど。……章吾や陸の関係者が来たらどうしようかと思ってたが、女性ならなんとかなる、かな」
「凡人の貴方が、どうやってなんとかするつもりですか?」
鞠さんは、笑顔のまま腰に差した黒い刀に手をかける。
僕が筋の一筋でも動かせば、彼女は間違いなく僕を一刀両断にするだろう。
相変わらず、甘過ぎる。
僕はにやりと笑う。いつも通りにふてぶてしく。
「どうした? メイド。刀は抜かないのか?」
「……貴方、なにを」
「特別なことはしていない。あらかじめ、抜けないように細工しておいたのさ」
前日に、友樹の家に忍び込み、鞠さんの刀と鞘を簡単には抜けないように、強力な接着剤でくっつけただけ。
言ってしまえばそれだけのこと。
そう……こんなこともあろうかと、用意しておいた。
ゆっくりと立ち上がり、眼帯をポケットにしまって眼鏡をかける。
「さて、それじゃあ始めよう。これが試練と言うのなら、その全てことごとくを叩き潰し、僕は僕の好きな女性のために全てを賭けよう。いつも通りに」
着替えるのは0.3秒で済む。叩き込まれた技術がそれを可能にする。
背筋を伸ばせ。顎を引け。常に一歩先へ。僕の好きな誰かに恥をかかせない程度に。
皺を作るな。情けない所は見せるな。タキシードの襟を正せ。
前を向け。かくあるべしと定めて生きろ。
基盤は既にある。究極の執事を見本に生きてきた僕にとって、それは呼吸をするより容易のはずだ。メイドだろうがなんだろうが、『誰かに尽くす』という職務ならば……この僕の右に出る存在はいない。
故に……僕の天職にして積み上げてきたものを最も生かせる道は、ただ一つ。
「僕の名前は高倉天弧。一人のために生きる、紳士」
武器はペーパーナイフ。それ以外は邪道。
色は少しばかり邪道だが、師匠にもらった真っ赤なペーパーナイフをくるくると回しながら、僕は目を細める。
「さて、それじゃあ行くぞ正義の味方。あいにく……今の僕は甘くないぞ」
「やれるものならやってみなさい。貴方ごときが私に勝てると思うのかしら?」
「………………」
勝つ? 負ける? そんな二元論に未だに拘っているから。
だから――お前らは一歩も進展しないんだよ。
そして、僕はいつも通りに自分なりの戦いを開始した。
これは、1年前にあったこと。
長い黒髪に真っ黒な瞳とほっそりとした肢体という、日本の心を体現したような容姿の師匠こと、倉敷戯式を見つけ出して3年。
彼女が居候をしている家の道場で今までの修行の成果というかおさらいを見せたところ、師匠にあっさりとした口調でこう言い渡された。
「うん。もういいわ、弟子。免許皆伝。貴方に教えることは何一つない」
あまりにもあっさりし過ぎたので、最初はなにを言われたのか分からなかった。
「えっと……いきなり皆伝とか言われても。なんか奥義とかないんですか?」
「ないわ。そもそも、武術の奥義っていうのはゲームや漫画のような『余人が真似できないものすごい技』じゃなくて、数年程度の修行で身に付かない精神的な境地のことを指すのよ。……少なくとも、倉敷流に奥義や秘伝は存在しないわ。元々護身術が行き過ぎた人体破壊術みたいなもんだし」
長い髪をかき上げながら、師匠は口元を緩める。
「ねぇ、弟子。皆伝を授ける前に一つ質問をしていいかしら?」
「なんでしょう?」
「貴方に好きな女の子はいる? 誰か一人、彼女こそ自分が命を捧げるに相応しい相手だと思える……そんな女の子が」
「はい」
ここで『いいえ』と答えれば、師匠は少し拗ねるような仕草を見せながらも皆伝を授けていたのかもしれないと、今なら思える。
それでも……僕は自分の心の思うままに返事をした。
京子のことが好きだから、きっぱりと言い放った。
師匠はそれを聞いて、笑って言い放った。
「ならば――今まで教えたことは、全部忘れなさい」
そして、そんなトンでもないことを言い出した。
僕が唖然としていると、彼女は悪魔のように笑って口を開く。
「倉敷流に奥義はないわ。……でも、『戯式流』には全てが揃っている。卑劣で卑怯が売りの倉敷流をベースに、私が極めて昇華したのが『戯式流』……通称『我流・戯式』。心理や策略や相手を読むとか、そんなちんけな技じゃない。基本技から超必殺技まであらゆる全てが揃い踏み。女を守るのにうってつけの極意を、私は知り尽くしている。限界の向こうは無限大。卑怯愚劣に戦って、真正面から叩き潰す力を私は知っている」
師匠はそう言い放ち、僕に向かって手を差し出した。
「さぁ、貴方が守りたいのはどこのどちら様かしら?」
……やれやれだ、と溜息を吐く。
これだから、師匠はたまらない。弟子にすら平気で嘘を吐き、嘘の技術を叩き込む。
弟子が誰か一人の正義の味方である時に限り、本物の技術を叩き込む。
そう……守りたい女一人のために戦う。それこそが、本当の漢の姿だから。
僕は躊躇なく師匠の手を握って、笑った。
「僕が守りたい女は梨本京子。伝説を無理矢理背負った、可愛い人です」
「ならば守りなさい。思うがままに我がままを振るい、好きな女を守りなさい」
これからまた地獄が始まることを、師匠の笑顔が告げている。
僕は笑って、その地獄を受け入れた。
拉致されて、気がつきゃなぜか景品に。
目が覚めると、そこは見渡す限りの大草原だった。
空は青く、民家などどこにも見えない。そのくせ森が広がっているわけでもなく、草が伸び放題というわけでもなく、人が思い描くような……そんな草原が広がっていた。
……あれ? あたし死んだ?
一瞬そんなことを思って寒気が走り、次に思い浮かんだのはあたしが死んだらあいつがどうするのかということで、その時点であたしは慌てて起き上がった。
と、起き上がってようやく自分の異常に気づいた。
手足はがっちりと手錠と足枷で固定されており、なぜか服装は白いエプロンと黒のワンピースという、いわゆる『メイド服』を着せられて胸には《賞品・もってけどろぼー》と書かれた札が下がっている。
……いや、何の冗談だ、こりゃ。
「あら、京子ちゃん。おはよう」
「おはよう美里。つーかまず聞かせろ。あたしになんか恨みでもあんのか?」
顔を覗き込んできた女、橘美里に食ってかかったが、美里はあたしの怒りなんぞどこ吹く風で、にっこりと笑うだけだった。
「別に京子ちゃんにも彼にも恨みはないわ。単純に、二人がちゃんと幸せにやっていけるかどうか、ちょっと試してみたいだけよ」
「……試す?」
「そう。京子ちゃんにはあんまり自覚がないみたいだけど、京子ちゃんを包む状況っていうのは、実はそれほど良いものじゃない。むしろ悪いかもしれないわ。ここの世界は寛容だけど、いつ追い出されてもおかしくない。……伝説というのはそれほどまでに重いものだから」
「………………」
伝説。英雄。そんなモノになりたかったわけじゃない。
でも、ならなきゃ友達を助けられなかったから、仕方なく伝説になった。
結局は世界に嫌われて、助けた友達みんなに忘れ去られたけど。
「……重いからなんだ。あたしはあたしなりに納得した。それでいいじゃないか?」
「その重荷を、彼にも背負わせるつもり?」
「………………」
美里の言葉に返事はできなかった。
伝説になることはあたしが決めたコト。あたしが納得したことだ。でも……それを、テンに背負わせていいんだろうか?
あたしが勝手に決めたことに……あいつを、巻き込んでも。
「迷いがあるなら、前を見なさい」
「……美里?」
顔を伏せた私に対して、美里は真っ直ぐに前だけを見据えていた。
「前を見て待ちなさい。貴方の夫となる男は、伝説に並び立とうとするただの凡人。地獄を飲み込んで前に進み、愛する女を守るために戦う一人の漢」
「………………」
「私は答えを既に言ったわよ、キョーコ。夫婦として、あるべき選択をしなさい」
決然と前を見据えて、美里はきっぱりとそれだけを言い放った。
あたしはその横顔を見つめて、口元を緩めた。
ホント……このお嬢様はいつだってどこだって、強くなっても弱くなってもあたしの尻を容赦なく蹴り上げやがるんだから。
「了解した、美里お嬢様。あたしは、あたしの男を待つよ」
「それでいいわ、キョーコ。前を向いて、私が敗北する姿を焼き付けなさい」
そう言って、美里はいつものように笑った。
前を見据えて、あたしのことを思いやるように笑い続けた。
昔から、女の子はあんまり好きじゃなかった。むしろ苦手だった。
殴るし群れるしすぐに泣くし。そもそも、世界的に男より優遇されているのがなお腹立たしい。なにがレディファーストだ。そいつらは発祥から現在までの長い時間をかけて、『自分たちは優遇されるべきよね? そうよね? そうでしょ?』という環境を作り上げていったに過ぎない。優しくされて当然だと、そいつらは腹の底で男を笑っている。
そうに違いないと思い続けてきた。小学校卒業くらいまで思っていた。
つい最近までは、腹の底ではずっとそう思い続けていたのかもしれない。
師匠を見つけてから半年後のこと。高校三年の秋ごろ。
右目を失って、恋も居場所も失って、高校に復帰してからの日々の毎日はそれなりに楽しくて、屋敷にいた頃には及ばないまでも楽しくて……だから、少し気落ちしていた。
僕が望んだ毎日は、こんなに簡単に手に入るものだったんだなぁと思った。
そんな時、京子は唐突に僕の所に遊びに来た。
屋敷にいた時のように当たり前に朝食を作り、昼からは車を運転して市街に出かけて買い物をして、夕方には普通に家に戻ってきて、夜には帰った。
色っぽい展開なんて何一つなかったけど、僕と一緒にいる間、京子は煙草も吸わなかったし、買った品を僕に持たせようともしなかった。普通に出かけて、買い物をして、美味しい物を食べて、ゲームをして、ちょっと名残惜しくも手を振って帰る。
そういうのが――楽しくて仕方ないみたいだった。
デートでもなんでもないけれど、当たり前で些細で楽しいことが……本当に、心の底から嬉しくて仕方ないようだった。
京子が遊びに来て3回目の時、僕は京子と格闘ゲームをやっていた。京子はあんまり強くはないけれど、手加減をすると怒るので手加減抜きだった。
「いや、なんつーか。テンはこういうのは本当に強いな」
「……そーだね」
「ん? なんだ、あたしが弱いから楽しくなさそうな顔してんな。しかし、残念ながら今日はあたしが得意なレースゲームを持ってきたから、こいつでボコボコにしてやんぜ。これでも巻けたら物理的にボコボコにするかもしれんが」
楽しそうに笑いながら、京子はレースゲームを取り出す。
その笑顔は……なんていうか、あまりにも綺麗で明け透けで。
僕の方がもうそろそろ限界だった。
「京子。あのさ……ちょっと聞いていいかな?」
「なに?」
「付き合ってくれない?」
「どこまで? コンビニ?」
「どこまででも。京子の愛想が、尽きるまで」
「………………」
京子はしばらく考え込んで、それから顔を真っ赤にして煙草に火を点けた。
「深読みかもしれんけど……それって、告白?」
「うん」
「いや……えっと、なんで今更? そりゃあたしは今も好きだけど、返事もなんにもくれないもんだからてっきり自然消滅なのかと思ってたぞ?」
「なんつーかね……分かったんだ」
「なにが?」
「どうして女の子が優遇されるのかとか、とにかく色々」
「?」
京子は不思議そうな顔で僕を見つめて、首をかしげた。
僕は分かってしまった。
結局のところ、男ってのは本当に馬鹿な生き物で、目の前で楽しそうに遊んでいる女性をもっと楽しませたいとか笑顔が見たいとか、そういう単純で当たり前な理由で一生を捧げる程度は簡単にできるんだなぁということだけだった。
そりゃ優遇されるわけだ。女性が悪いわけじゃなくて、男が馬鹿なだけだもん。
まぁ……僕に限っては、とっくの昔に京子に惚れていたってだけのことだ。
今更と言えば、今更のことかもしれない。
「で、どう? ……僕としてはこのまま楽しい友達付き合いでもOKなんだけど」
「どうもくそもYESだ馬鹿。友達付き合いとかテキトーなことはしないぞ。……つーか、どんだけ待たされたと思ってやがる?」
「……一途だね。ふられるかと思ったのに」
「お前よりましだ、馬鹿野郎」
「じゃ、今日からよろしく」
「おう。……って、告白していきなりやらしいこととかすんなよ?」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
「ちゃんと否定しろ」
「ごへんなはい。ひょっほはんはえまひた(ごめんなさい、ちょっと考えました)」
頬をつねられながら、僕は口元を緩めて笑う。
笑いながら、今度こそ間違えないように歩いて行こうと思った。
彼女を幸せにしていこうと、思った。
「ねぇ……京子。一応付き合う前にこれだけは言っておきたいことがある」
「ん、なんだよ?」
とりあえず……まずは、一歩から。
僕は京子を真っ直ぐに見つめて、最初の言葉を口にする。
「僕も友達付き合いじゃ嫌だ。僕は、京子のことが好きだから」
こうして、僕らは恋人になった。
第一戦:アルティメットメイド・芳邦鞠&白の魔法使い・有坂友樹。
決戦の場所は大草原。メイドが見も知らぬ他人に気を利かせて、僕らを強制的にそこに移動させた。テーブルクロスを翻して視界を覆った瞬間には草原に移動していたのだが、原理については一切考えない。
現実に移動したのだから、原理なんぞどうでもいいだろう。
もちろんそこはただの草原ではなく、僕の『縁者』とやらが僕の血を見るために待ち受けていることは想像に難くない。
まぁ、恐怖なぞ一寸もない。前に立ちはだかる者は、全部まとめて叩き潰すだけだ。
どんな手段を使っても。
「……あのさ、親友」
「なんだ友樹。恐怖に恐れおののいてなにも言えなくなったか?」
「うん、今日のところは本当に降参する。降参するからお願い助けてへるぷみー」
「無理だ。本当にごめんなさい」
僕は謝った。謝るしかなかった。
鞠さんを含めて10人ほどの女性に囲まれながら、友樹は涙目だった。
「うーん、話には聞いてたけど集まるとさすがに壮観だねぇ。さすが正義の味方」
「まぁ、全員似たようなもんだろうけど。騙されてるのは重々承知の上だしね……それでも、むかつくことには変わらないけど」
「お、さすがは金持ち。財布の中身がすげェ!」
「おーおー本当だね。あ、写真とか入ってる。……って、野郎同士じゃん」
「……仲良きことは美しきかな。BLばんざーい。クレジットカードばんざーい」
「その前に、みなさんやることがあるでしょうけど……ね」
「撲殺は駄目だから、羽ペンとかでくすぐっちゃいましょうね♪」
「ちょっ!? さりげなく言ってるけど、それは古代の拷問に実在してるぞっ!?」
「仕方ありません、友樹様。……自業自得だから100回殺してやる」
「な、なぁみんなとりあえず落ち着こう! まず目が怖い! 女の子は笑顔じゃないといけないと思うな! あとはほら、こんなにいい天気だから!」
まるで目が笑っていない彼女たちに詰め寄られ、友樹はもう泣いていた。
ひぎゃあだかぐぴゅらぎゃうだか聞き取ることすら不可能な笑い声が響く中で、僕は目に浮かんだ涙を拭いながら、悠然とその場を立ち去った。
さらば、我が親友。
お前はまさしく我が終生の友であった。
いや……ホント、なんていうか。
ごめんなさい。
第一戦:アルティメットメイド・芳邦鞠&白の魔法使い・有坂友樹。
戦闘結果:悲しみを乗り越えて完全勝利。
第二戦:アルティメットメイド・黒霧冥&大学生・黒霧舞。
次の相手は予想通りというかなんというか。自称僕のメイドこと黒霧冥と、そのメイドの姉である大学生こと黒霧舞。
メイドがメイド服であることは言うまでもないことだけど、大学生である舞はなぜかいつものような可愛い私服ではなく、僕と同じようなタキシードだった。
メイドは仁王立ちで僕を待ち、大学生は真剣な表情で僕を待っていた。
「ようやく来ましたねご主人様。貴方の手腕にかかれば弱点まみれの正義の味方など一網打尽にすることは既に承知のこと。しかし……ここからは私たちが通しません」
「うーん……まぁ、自由恋愛だしテンと京子さんならいいかなーとも思ったんだけど、冥ちゃんが妙にやる気出しちゃってねぇ……」
「舞が甘やかし過ぎたんじゃないか? なんか、冥の体格が前見た時より横に広がってるような気がするんだが」
「太ってませんもん!」
顔を真っ赤にして否定する冥は、まぁ僕が言うのもなんだがとても可愛かった。
ちなみに、僕が言ったのは腹回りじゃなく胸のあたりなんだが、それを指摘すると冗談抜きで舞に殺されてしまうので言わないことにしておこう。
短剣と短刀を抜き放ち、冥は真っ直ぐに僕を見据える。
「さぁ、ご主人様! いざ尋常に勝負です!」
「分かった。ただし僕に傷一つでもつけたら冥の恥ずかしい写真をばら撒く!」
「ええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「って、ちょっとテンあんたねぇ!」
「ちなみに、舞はそこから筋繊維一本動かしたら駄目だ。もし動かしたら、舞の自宅で飼ってる鳥臭い九官鳥のQ太郎がどうなるか分からないぞ!」
「九官鳥じゃなくてインコだし鳥臭くないしQ太郎でもないし! ちゃんとシュヴァルツイエーガルって名前があるし!」
「……しゅばるついえーがる」
あんまりといえばあんまりな名前に、僕は思わず絶句する。
なにがすごいって、ペットにそこまではっちゃけた名前をつける舞がすごい。
「舞、さすがにそれは人間として行っちゃいけない領域に達しているような気がする」
「姉さんって本当に色々なんでも小器用にこなすんですけど、ピンポイントでネーミングセンスが最悪だったりしますからね」
「冥ちゃん。少なくとも今日は私の味方なんだから、弁護くらいはして欲しいと思うのは人として間違っているかしら?」
言いながら、舞はシルクの手袋を身につける。男装にその仕草はとんでもなく似合っていたのだが、その目に映る覚悟と決意に僕は一瞬だけ気圧される。
「さて、それじゃあ御託はここまで。元屋敷に仕えるメイドとして、そしてなにより京子さんの友達としてアンタの力をここで計らせてもらうわ」
「以下同文。今日の私たちは、貴方の友ではなく障害とお考えください」
「やれやれ……しかし、なんつーか誰も彼も拳で納得したがるねぇ」
「一番手っ取り早く、分かりやすく、京子さんを守るのに必要な力ですからね」
冥が剣を構え、舞が糸を風に乗せる。
僕は頬を掻きながら、彼女たちに相対する。
状況はいつも通りに僕が不利。周囲に遮蔽物がない大草原とはいえ、冥と舞の異能は僕の力量を軽く凌駕する。二人とも、どんな隠し技を持っているのか分かったもんじゃないし、僕が京子さんにふさわしくないと分かればいっそ抹殺することも辞さないだろう。
とはいえ、負ける気はさらさらない。
「分かった。それじゃあ……かかって来い!」
真っ赤なペーパーナイフをくるくると回し、僕は口元を緩めて笑う。
冥と舞は互いに頷き、一歩を踏み出した。
『ひあああああああああああああああああああああああああああっ!?』
そして次の瞬間、叫び声だけを残して二人の姿が消失する。
「……む。流石は師匠から習った必殺技だ。こうかはばつぐんだね」
僕はふところから煙草を取り出して火を点けながら、そんなことを呟いてみた。
後で絶対にタコ殴りにされるんだろーなと思ったケド、気にしないことにした。
第二戦:アルティメットメイド・黒霧冥&大学生・黒霧舞。
戦闘結果:勝利。決め技『戯式流設置術・必殺芸人落とし』
二回戦を楽勝し、続いて三回戦。そろそろ出てくるだろうなと思っていたら案の定出てきた僕の妹こと高倉望は、問答無用で襲いかかってきた。
真っ赤な髪に真っ赤な瞳。肌は抜けるように真っ白で、その辺は父さんに似ていなくも無い。顔立ちは母さん譲りで文句なしの美人。高校一年生になった我が妹は、30分だけなら母さんすら凌駕するという、まさしく『史上最強』と化していた。
当たれば体が四散しそうな一撃を、ただの技術だけでかわし続ける。
攻撃を考えるな。考えるのは相手の構造だけでいいと師匠は言う。
『簡単なことよ。……元々、人の体を維持するには無理がある』
体を支えるには不安定な二足歩行。手を自在に扱えるという利点はあるが、器用さと引き換えにその腕は他の動物よりも力では劣る。成人男性だろうが、野生動物に素手で勝つことは不可能。草食動物にすら負けてしまうのが、僕ら人間だ。
いかに速度があろうとも、力があろうとも……僕らは『人型』という弱点を有する。
「ほいっと」
「ひゃあああああああああああっ!?」
拳を繰り出してきた速度を殺さず、そのままの勢いで腕を引き足を払う。
たったそれだけで望はバランスを崩すが、超人的な身体能力を持って地面に手を着くと同時に空中で方向転換。無理な姿勢のまま僕に向かって蹴りを放つ。
その蹴り足の側面を、掌で打って方向を逸らしながら妹の体に蹴りを放つ。
もちろん全力で蹴ったりはしない。ちょっと痛がってもらえば十分だ。
妹の顔が痛みに歪んだところで間合いを離して、僕は口元を緩めた。
「久しぶりだけど……強くなったね、望」
「あら、お兄様こそどんな魔法を使ったのかしら? 以前手合わせした時とは別人のような動きですけど」
「段違いなのは当然だ。今の僕は京子のために生きている」
「……なるほど。母さんみたいな理由ですが、確かに納得ですね」
にっこりと、まるで美少女のように笑いながら望は正眼の構えを取った。
「では……多少の嫉妬心と共に、史上最強・高倉望。いざ尋常に参ります」
妹が一歩を踏み出す。今までの戦いはじゃれ合いのようなものだったけど、ここからは違う。妹は……望は本気で僕を殺しにかかってくる。
史上最強、ね。
「甘いんだよ、妹」
肩書きごときで、兄に勝てるとでも思ったか?
「――――え?」
不意に妹がバランスを崩す。それはあらかじめ仕組まれた予定調和。
草を結んで作っただけの、簡単にも程度ってもんがあるトラップ。
僕があらかじめ作っておいた、ただのちんけな罠。
「さて……行くぞ、妹。平凡なる愚劣、その身に刻め」
妹の胸に掌を添える。狙うのは鳩尾だが衝撃はほんの些細なものでいい。
体の内部のバランスを崩せれば、それで十分だ。
「ふっ――――」
呼気と共に掌を突き出す。人間を10センチほど押す程度の力で妹を押し出す。たったそれだけのことで、あっさりと勝敗は決することを僕は知っている。
単純なコトだ。高倉望は、『戦闘』ができるほど丈夫ではないのだから。
体調を完璧にコントロールして、30分が精々。そのコントロールも望の超人的な技術があってこそだ。コントロールさえ崩してしまえば……戦えなくなる。
地面に倒れた望はげほげほと思い切り咳き込んで、体が引きつるほどに咳き込んで、ようやく落ち着いた頃にゆっくりと息を吸った。
少しだけ血を吐いていたあたりでかなり心配になったけど、不敵に笑った口元は母さんそっくりだった。
「やれやれ……やっぱり、勝てないか」
「ま、そりゃそうだよ。こっちは人生がかかってるから」
「うん……まぁ、分かってたけどね」
望はそう言って笑った。少しだけ満足そうだった。
そして、不意に口元を引きつらせて口を開く。
「あの、お兄ちゃん。もし今の攻撃のタイミングで誰かがお兄ちゃんを襲撃していたら、結果は違っていたと思わない?」
「そーだね。さすがにおにーちゃんもそれは防げないな」
「うん……そりゃそうだよね。絶対に防ぎようがないから狙ったんだけどね。……で、不意打ちの方はどうなったのかな、みっちゃん?」
「あっはっは、ごめんごめん。ケータイ見てたらチャンス逃しちゃった。てへ♪」
言いながら草むらから登場したのは、僕とも顔見知りな美少女。
お洒落なTシャツと腿のあたりまでざっくりと切ったファッションというよりも、健康的なお色気が優先される服装を違和感なく着こなす彼女の名前は、橘美咲という。
今にも死にそうなウチの妹とは対極的な、健康的な美人。健康的過ぎて色々と方向性を見失っているような気がするが、その辺は僕とは一切関係がないので良かった良かったと思う今日この頃。
相変わらず執事のあの人は女で苦労してるんだなァと思うと、泣けてくるけど。
携帯電話を片手に、美咲ちゃんは楽しそうに笑っていた。
「いや〜、実は最近目をつけてる男子がさ、今度一緒に映画を見に行かないかって誘ってくれちゃってるわけよ。こんなチャンスは滅多にないから、ついつい」
「……どうしよう。味方なのに、ものすごく殺したい」
「僕としては、野郎のツンデレって殺意の対象にしか思えないけどね」
「ねぇ、二人とも。『南海の超決戦。バモラVSプリティアザミ』ってどういう映画か知ってる? なんか予告を見た限りじゃ派手なフラッシュと妙に生々しいセリフで有名なアニメーションらしいんだけど」
『………………』
僕と望は目を合わせて、同時に溜息を吐いた。
それは脈が無いどころか女として見られてないんじゃないだろーか?
僕らの思いは共通だったけど、人としてそれを口にすることはできなかった。
「お兄ちゃん。恋愛って楽しいものなの? 好きな人とかもいないからよく分からないし、母さんとかみっちゃんとか見てると楽しそうに見えないんだけど」
「ん〜……そうは言っても、僕も恋愛の経験なんて京子としかないんだけど」
「付き合ってて楽しい?」
「そりゃあんまり楽しくない時もないとは言わないけど、京子可愛いとか京子柔らかいとかそういうので一気に吹き飛ぶあたりが男の単純さを物語ってると思いねぇ」
「……お兄ちゃんって本当にピンポイントで正直よね。あきれ返るくらいに」
「望は気になる男の子とかいないの?」
「いなくないこともないかもしれないと思う、今日この頃なのでした」
なにやら神妙な表情で顔を逸らし、ゆっくりと溜息を吐く我が妹。
どうやら、望は望で大変な日々を送っているらしい。曖昧かつ自分でも自分の気持ちがよく分からないあたりなんて……昔の僕にそっくりだ。
ま、恋愛談義はそこそこにして、僕は僕の彼女を取り返しに行きましょう。
「じゃ、今回は僕の勝ちってことで先に進むね」
「いいけど……お兄ちゃん、織母さんに勝てる見込みはあるの?」
「あっはっは、望。君のお兄さんは愛のためならなんでもできる男だぞ。今、この時点で母さんにはとっくの昔に勝利しているのさ」
「……なるほど、確かにそうね」
僕と望は口元を緩めて笑う。
高倉家最恐にして長である彼女こと、僕らのばっちゃんは孫の顔を見るためならなんだってしてくれる。
その時点で、既に母さんは敵ではないのだった。
「では、妹。次に会う時までにいい男の一人や二人は見つけておくように」
「はい、お兄様。次に会う時には甘い話でもお聞かせください」
僕らは手を振って久しぶりの再会と別れを楽しんだ後、別々の方向に歩き出す。
さて……それじゃあ行ってみよう。
最後の戦いだ。
第三戦:史上最強・高倉望&無双乙女・橘美咲。
結果:圧倒的勝利。高倉望(撃破)。橘美咲(コネとツテによる買収)。
第四戦:地上最強・高倉織。
結果:圧倒的勝利。『ばっちゃん。いきなりだけど孫とか欲しくない?』
草原を歩きながら、僕はぼんやりとこれまでのことを考える。
ついでに、これからのことを考える。
酔狂でもなんでもなく。僕は京子に惚れている。べた惚れと言い換えても過言じゃないって程度には――――京子のためになら命を張れる程度には、彼女に惚れている。
ただ、それを京子が望まないのならば、命を張ることはしないだろう。
無傷のまま……地獄の底だろうが笑って歩いてやろう。
「本当なら、京子の笑顔に影差す者が僕の敵だ。……ただ、今回はちょっとばかり我慢ならないってのは、まぁ偽らざる本音ってところだね」
「……相変わらず、一途ですねぇ」
「性分でね。どうやら一度培った人格や性格はなかなか直せないものらしいよ」
正面には恐らくこの局面を作り出した彼女が立っている。
柔和な笑顔。30歳を越えたとは思えないほどの美貌ではあるが、ドSは恐らく今も変わらないだろう。
情け無用の容赦なし。元屋敷のチーフこと橘美里は、いつか見た軽装鎧を身につけている。半身を包む上部そうな胸部装甲にちょっと風変わりな五指が自由に動くガントレットという現代にあるまじき格好は、美里さんによく似合っていた。
「乙女に戦装束が似合うというのは、ある意味暴言ではないでしょうか?」
「人の心を勝手に読むのはある意味暴力だと思いますがね」
「言うようになりましたねぇ」
「誰かの夫になろうって思った男が、他の女性に優しくするとでも?」
「なるほど、分かりやすくて大変によろしい。いつもなら100点満点です」
美里さんはにっこりと笑う。
目はまるで笑っておらず、どう見ても怖すぎる笑顔だったが、僕はその視線を真っ直ぐに見据えた。
美里さんは、不意に目を細めて口を開いた。
「天弧さん。一つだけ聞かせてください」
「なんでしょうか?」
「京子ちゃんに関わる限り、貴方には危険が付きまといます。今は沈静化していますが、京子ちゃんは間違いなく人間を超えた伝説。いつの世も……伝説は、戦いが終わったら去って行く。それが伝説という存在ですから」
「だったら――――俺がついて行けば問題ないな」
真っ赤なペーパーナイフをくるくると回して、俺は口元を緩める。
美里は俺を真っ直ぐに見据えて、頬を緩めた。
「貴方にそれができるとでも?」
「ああ、できるさ。……なぜならば、それが僕の存在している理由だからだ」
指を離したペーパーナイフが、高速で回転を始める。
「僕が生まれてきた理由――それは、京子の側にいることだ」
手を合わせて叩く。パンという軽い音と共にペーパーナイフは本来の姿を取り戻す。
それは真紅の大刀。ルビーのように鮮やかで、どこまでも透き通った赤。
神斬童子。神はすなわち心。肉体ではなく心を断つ刀剣。
「試されるまでも、言われるまでもないんだよ、美里。俺は京子と添い遂げる。そのための努力ならいくらだって惜しむつもりは無い」
「純情ですねぇ」
「純情じゃない。純愛だ」
些細な訂正をしてから、僕は赤き剣を腰だめに構える。
「普通までしか到達できないのなら、『普通』のまま伝説と拮抗してやる。世界に存在するあらゆる技術、知識、道具、人脈、その他諸々の全てが僕の味方だ」
「……なるほど。つまり、『戯式流』とはそういう流派なわけですか」
その通り。師匠曰くの『戯式流』とはあらゆる全てを取り込む術に他ならない。
自分に無いものを自分のものにする。取捨選択はせず全部を自分のものにすること。大量生産の大量消費。身につけられる全てを身につけて、その中から打開策を選択する。
こだわりを捨てろ。お前のチンケな世界に用はない。
お前が大切にするもののために、お前の全てを捨てなさい。
捨てた末に……その笑顔に価値を見出せるなら、貴方は伝説と並び立てる。
「なるほど、確かにそれなら京子ちゃんと並び立てるかもしれません。……そういうことなら、私も全開で貴方を殺しにかかっても、問題ありませんね?」
「異論はあるが、問題は無い。ラスボスとしちゃそれくらいでちょうどいい」
「では、行きますよ。これで幕引きです」
「ああ。悪質な好意に感謝しつつ……叩き潰してやる」
さて……これにて前置きは終了。
語り合う時間は終わり、後は殴り合いの時間だ。
美里は僕が京子にふさわしいか、彼女を守れるかを試すために。
僕は自分のわがままで、京子と一緒にいたいから。……戦うだけのことだ。
『かかって、こいやあああああああああああああああああああ!』
俺は真っ赤な剣を振り上げながら、美里は拳を握り締めながら吼える。
己の大切なもののために、無駄な戦いに身を投じた。
草原の真ん中で縛られて放って置かれるのはかなり最悪な気分だったけど、美里が置いていった話し相手は、今までと今とこれからと、他愛も無いことを話してくれた。
あれから四年。あいつはまず四年前のことを謝ってから、私の話を聞いてくれた。
『彼と付き合っていくコツは、今思い返すと『挫けないこと』に尽きますね』
にっこりと笑いながら……そんな、えげつないことも言ってくれた。
相手のまごころを重荷に思うな。向こうは好きでこちらに奉仕してくれてるんだから、女王様気分で顎でこき使ってやればいい。
自分は間違えたけど、京子さんは間違えないように。
京子さんの好きな人を、幸せにしてあげてください。
「……やれやれ」
まだ合わせる顔はないと言って、あいつはテンが来る前に立ち去ってしまった。
なんつーか、しばらく見ない間にいい女になっちまってまぁ。
「ったく……どいつもこいつも。あたしに全部押し付けやがってコンチクショウ」
少しだけ泣きそうになって、それでも涙を堪える。
結婚を申し込まれて泣きそうになっているあたしは、自分が思っているよりもみっともない女だったのかもしれない。
屋敷がなくなってからあたしは就職して、テンは負担が少なくなったぶん高校生活に打ち込めるようになった。
一ヶ月くらいは会っていなかったけど、生活も安定し始めたので久しぶりに顔を拝んでやろうと高校に侵入してみた。こっそりと……テンがどんな学生生活を送っているのか見てやろうと思った。
『先輩、どうだ私のお手製弁当は。なかなか美味だろう?』
『塩辛くてくそまずい。あとなんかアンモニアの匂いがする。死ね』
『しないよっ!? なんで先輩はそんなに私を嫌うんだっ!? 変態ってのはまぁ否定する要素が少ないから否定し切れないとしても、先輩もそう変わらないだろ!』
『いや、僕は単純に藤原のこと嫌いだから。職業女子高生名探偵とか、名札に奇之森ぜつむとか意味分からないことが多すぎるから死ね』
『死なないよ! 私にはまだまだたくさんやらなきゃいけないことがあるんだ!』
『萌えキャラの考察その1。語尾に『死ね』をつけてみる。死ね』
『語尾に死ねはどう考えても罵倒か殺意だよっ!』
『萌えキャラの考察その2。ドジッ子のパターンでニトログリセリンの調合に失敗』
『死んじゃうよ! それ以前に萌えキャラはニトログリセリンは扱わないよ!』
『萌えキャラの考察その3。ツンぶっころ。べ、別にあんたのためを思ってあんたを殺したわけじゃないんだからね! みんなのためなんだから!』
『あだだだだだだだだだだ! 地味に痛い地味に痛い!』
女の子の耳を掴んで上に引っ張るという暴挙に出たテンは、屋敷にいた時よりは楽しそうではあったが、なんだか荒んでいるようだった。
どうやら……自分の好みの存在以外にはやたら厳しいというのは本当らしい。
好み。嫌いではない。屋敷にいた時は分からなかったけど、ぶっちゃけあたしはどれくらい好かれているんだろうと少し気になった。
テンのことは今でも好きだけど、あいつはどう思ってるんだろう?
少しだけ気になったので、家に遊びに行ってみることにした。
遊ぶのはわりと楽しかったので、また行くことにした。
3回目の来訪で告白された。計算外もいいところだった。
付き合ってから4年ほどで結婚を申し込まれた。
「どうしたもんかね……」
「やっぱり嫌?」
「嫌っつうわけじゃないよ。単に……なんであたしなのかなって思っただけ」
いつの間にか隣に座っていた阿呆に、あたしは本音を吐いた。
あたしの全部を背負ってくれるお人好しなんて、どこにもいないと思ったから。
そいつは……まるで子供のように得意げに笑って言った。
「僕が、京子じゃないと嫌なんだよ。それが理由じゃ駄目かな?」
相変わらず……はっきりとものを言う男だった。
横目でちらりとそいつを見つめる。恥ずかしくてそいつの目は見れなかった。
「後悔しても知らないぞ? なんせあたしは伝説だから、有象無象の絶望やらなにやらが、あたしの首を今でも狙ってやがるからな」
「僕の愛を阻む障害の全てを排除する自信はあります」
「……ハ、言うようになったじゃないか」
「好きな女の前じゃ見栄を張れって師匠が言ってたからね。本当はおしっこちびりそうなくらいにびびってるけど……京子に告白した時よりは幾分かましだね」
言いながら、高倉天弧はにやりと不敵に笑った。
まるで世界最強のように……まるで、一人の漢のように笑っていた。
少しだけ溜息を吐く。溜息を吐きながら覚悟を決める。
……そろそろ、いじけるのも潮時か。
「テン」
「なんですか?」
「結婚して。あたしも、ちゃんとアンタを幸せにする」
「……はい。僕も京子さんを幸せにしたいです」
告白した時とは逆かもしれないけど、似たようなやり取り。
テンは心の底から嬉しそうに笑いながら、私は苦笑しながら。
二人で道を歩んでいくことを決めた。
なんてことが、一ヶ月前にあった。
結局、私の事情で結婚についてはテンが大学を卒業するまで待つことになったので、婚約という形で落ち着いた。
仕事の方は相変わらず順調ということはなく、相変わらずのいつも通り。
当たり前のように朝起きて、仕事に行って、家に帰る。
ルーチンワークの日常に少しばかり変化があったのも一ヶ月前のこと。。
左手の薬指にはめられた指輪の感触が、なんだか少しだけくすぐったい。
「バカップルの仲間入りってところかね。……ま、別にいーけど」
会社帰り。駅から出たところでそんなことを呟いてみる。
そう……あたしの生活に少しばかり変化があったのが一ヶ月前。その変化のおかげで仕事帰りは飲み歩きをしていたのが一転。仕事が終わるとすぐに家に帰るような人間になってしまった。
その変化は、本当に喜ぶべきものだろうと思う。
「さて、と」
これから色々あるだろう。もしかしたら、最悪のケースもありうるかもしれない。
それでも……私は覚悟を決める。
「さて、と」
口元を不敵に緩めて、私は自宅であるアパートの階段を一段飛ばしで上がる。
ポケットから鍵を取り出して、自分の部屋のドアを三回ノックしてから開けた。
部屋の中では、私の婚約者が味噌汁を作っていた。
婚約者こと高倉天弧は、私の姿を見るなりとびきりの笑顔で口を開く。
「お帰り、京子」
「ただいま、テン」
私もそれに応えるように、にっこりと笑った。
Aランクエンディング・京子編:バックスクリーン直撃弾 END
Aランクエンディング・美里編:貴方のいるせかい に続く
と、いうわけで次回は美里さんエンド。時間はどのくらいかかるのかは不明ですが、少なくとも四ヶ月はかからないといいな、と希望的観測を抱いております♪