取り巻きその3と取り巻きその1
「結奈さん、来てくれてありがとう」
光で染まる噴水をバックに宮下 寿々花様がふわりと駆け寄ってきた。私は笑って、気にならさないでくださいと返した。
何故、こんなところに来ているのかというと発端は昼休み。
同じく取り巻きである寿々花様から「少し私の用事に付き合っていただきたいの」とお願いをされたのだ。手を組んで上目遣い、そして小首を傾げるという、もうこれ狙ってるだろうとしか言いようのない小悪魔仕様の寿々花様。気がついたら頷いていた。あれ。いつから私はこんなにチョロくなったんだ。
実はこの寿々花様、ゲームにも出てきた。役柄は取り巻きその1である。同じ取り巻きではあるが、フルネーム+絵にも登場していた寿々花様と名字がちらっと出てきただけの私との差は計り知れない。
「鈴蘭のルールを知らないようですわね?」「身の程知らずの庶民……どうしてくれましょう?」他、悪役らしい台詞を持つ寿々花様に比べ、私の台詞といえば「佐山! 押さえてなさい」という瑠璃様からの「はい」だけである。悲しいね!
「それで、用事とは?」
「その前に、ショッピングに行きましょう?」
「……え」
ショッピング。年頃の乙女ならテンションのあがる言葉。だが、お嬢様達が口にするに限り、あら不思議。恐ろしい言葉に様変わりだ。
寿々花様はお忘れになっているんではないだろうか。私が庶民であることを。前にみなさんとショッピングに行ったときは恐ろしいめにあった。だって、たかがハンカチに三万とか! しかも、特別な時用じゃないんだ。普段使いに三万のハンカチ! もし私が怪我をするような事があっても絶対にお嬢様方のハンカチは借りれないと思った。
「あ、大丈夫よ。私の用事につきあって頂くんですから、経費はこちらで落としますわ」
青ざめた私に寿々花様がそんな事を言う。いや、それはそれで申し訳ないんですが。
拒否したがやんわりとした口調で拒否を拒否され、あれよあれよと連れ出され、気がついたらドレスを身にまとい、したことのない化粧まで施されていた。あ…ありのまま今起こったことを話すぜ! な気分だ。
ちなみに「きゃあ! 結奈さん可愛いわ! カメラマンを呼びましょう」と言った寿々花様は全力で止めさせていただいた。
「あの、それで用事とは本当になんなのでしょうか……?」
「実は会って頂きたい人がいるの」
「会って頂きたい人、ですか?」
父の会社の取引相手の社長ですわ、とか言われたらどうしよう。いや、私に会わせる意味分かんないけどさ。
「ええ。といっても重く受け取らないでくださいな。私のお兄さまですから」
「あ、そうなんですか」
お兄さんか。なんだー、良かった。
……って、ん?
あれ、さらっと言われたけど、えっ? ぽかんとして見つめると何を勘違いしたのか慌てて弁解する寿々花様。
「あ、心配しないで。ちゃんと次期宮下財閥の社長でしてよ」
心配しない要素がどこに!?
一瞬、身内かーって安心したけどそうだよね。この人の身内なら御曹司様ですよね!
「…………帰ってはいけませんか?」
「ふふっ。だーめ」
だーめ、って。……くそぅ可愛い!
「それに、もう遅いですわ」
寿々花様は静かに笑う。
……あ、これゲームの時イベントで寿々花様が言っていた台詞だ……。
ゲームなら、ここで
『さようなら、庶民さん』
と続き舞ちゃんを突き飛ばすのだが―――。
そのとき、軽快なエンジン音とともに、高級感溢れる車が止まった。寿々花様はそちらに視線をやると笑みを濃くした。
「お兄様、既にいらっしゃっていますから」
うわー、うわー、うわーーー!
台詞は違うけど、追い込まれたのは一緒だ! 内心で叫んで恨みがましく寿々花様を見つめる。
ドラマとかでよくみるThe高級な車から降りてきたのは、寿々花様と目元の雰囲気が似た長身の青年だった。長めの髪が中性的な美貌によく似合う。
攻略対象の方々と並んでも見劣りしないだろう美形。うん。美形である。しかし、トキメいている余裕はなかった。
私にとってはこの人が美形という事実よりあの宮下財閥の次期社長という肩書きの方が重い。つまり「わぁ、イケメン!」という気持ちより「次期社長に粗相でもしたら」の気持ちの方が強いのだ。
ひぃぃ。どんどん近づいてくる。待って下さいもう少しゆっくり歩いて下さい。パニックになっている脳を落ち着かせる時間を私に下さい。
勿論待ってくれるわけはなく、寿々花様のお兄様は長いコンパスを使いあっさりと私たちのもとにたどり着いた。
「やぁ。初めまして。宮下グループの社長補佐を勤めている宮下誠です。お嬢さんが佐山結奈さんかな?」
爽やかな笑みをみせる相手にかろうじて笑みを返した。深呼吸。
「は、初めまして。寿じゅ、……寿々花様、と仲良くさせていただいている佐山結奈です」
……うん、若干噛んだね。泣きそう。
「よろしくね佐山さん」
「は、はい!」
よかった。スルーしてくれた。差し出された手を両手で握りそうになって、慌てて片手を引っ込める。気を抜いたらこれだ。危ない。首相とかがする握手するところだった。
そして、寿々花様。笑ってないで私を助けてください。
「寿々花、言っていた通りの可愛い子だね」
「ええ、そうでしょう!」
すみませんこれはプロの方の化粧マジックです本来の顔はもっと地味なんです! とはいえないので曖昧に微笑んでいた。
なぜかご機嫌な寿々花様が宮下様に耳打ちする。どんな会話があったのか知らないが寿々花様が唐突に立ち上がった。
「あー! 私用事を思い出しましたの。残念ですけれどここで失礼させていただきますね」
いや、あの……………寿々花様。棒読みにも程がありますが。
「結奈さんはお兄様と楽しんでくださいね! では」
うん。分かっていました。私を連れて帰って下さらないこと。
「……」
胃がキリキリする。宮下財閥の御曹司様と二人っきりになってしまった。
「ごめんね。妹が急に……」
「いえ。大丈夫です」
「その様子だと今日僕がくるのも話してなかったみたいだね」
「はい……」
流石お兄さま分かってらっしゃる。
「あの子、猪突猛進な所があるからね。学校でも迷惑かけてない?」
「あ、いえ。いつもよくしていただいています」
本当に。いつもはもう少しおっとりとした方なのに。
「まぁ、今日の事はあの子なりに考えたらしくてね……。ここじゃ話せそうにないから、中入ろうか」
こくり、と頷く。宮下様は車の扉を恭しくあけて下さった。
はい、と香り高いコーヒーを差し出される。
「佐山さんはブラックで飲むんだよね。よく寿々花が話しているんだ」
「はは……ありがとうございます」
どんな話をされているのか。私は絶対聞かない。
やや緊張の解けてきた顔に愛想笑いを浮かべ、コーヒーを口に含む。
「僕も本人から聞いたわけじゃないんだけどね」
話し始めたので飲んでいたコーヒーカップをおく。なんとこの車、テーブルがついているのだ。
「どうやら」と宮下様が続ける。
「寿々花は僕と君に結婚してもらいたいらしい」
「っっ!?」
あっぶねぇぇえ! コーヒー置いてて良かった。あのまま持ってたら高級車にこぼす所だったぁ!
爆弾発言すぎる。
世界にも支店をもつ宮下財閥の御曹司様と庶民が結婚とか!
「ど、どうしてそんなことに……」
「ほら、君は最近悠真君にアプローチをかけられているだろう?」
私にとってはかなり聞き捨てならない台詞をさらっと言われた。
「え、あっ、ええっと」
「大丈夫。寿々花から聞いたことでまだ出回ってないから」
いや、そういう話ではないんですが……。
「まぁ、それで思いついたらしいね。僕と君が結婚すれば姉妹になれるって」
「……え」
「寿々花は君の事が大好きだからね」
「……」
…………うん。それでわざとらしい演技でこの場をセッティングとかちょっと可愛すぎませんか寿々花様。今凄い勢いでハートが打ち抜かれたんですが。
赤くなった顔をコーヒーカップを持って隠す。
「こうなった原因は僕にもあるんだ。寿々花に前もって恋人はいるか聞かれたけど、つい、いないと答えてしまってね」
この口振りから察するにいるようだ。そりゃいるか。美形だもんな。
「ごめんね。もう少し二人で居たら寿々花も満足するだろうから、あと少し付き合ってもらえるかな?」
「はい。喜んで」
「テレビつけるね」
宮下様はリモコンを操作して、テレビをつけた。この車、テレビもついているのである。勿論ナビゲーションのついでのテレビではなく本物の大きいヤツが。てか、我が家のテレビより大きい。
画面に映り込んだのは見覚えのあるお笑い番組のタイトルだった。つけた瞬間この画面って事は宮下様みてたのかな……。意外。御曹司でもお笑い番組みるのか。なんか親近感がちょっとだけわく。
最近話題のオネエタレントがでかでかと画面いっぱいに映り切れのある台詞をはく。
「佐山さんってオネエとかに偏見ある?」
「あ、いえ。個人の自由だと思います」
そう? と宮下様が笑った。
「それならアタシも安心して話せるわ」
………………………………………………え。
混乱を始めた頭とは反対に手は冷静に動き、持っていたカップをゆっくりとテーブルにおく。
長い足を組んだ宮下様はにっこり笑った。
「流れで分かったと思うけど、オネエなのよアタシ」
……本日二度目の爆弾発言である。