取り巻きその3と名前呼び
取り巻きその3と攻略対象 の直後のお話です。
三条、ではなく悠真様から逃れ、一人でご飯を食べ終えた私は一人廊下を歩いていた。
全くもって心が休まなかった! 昼休みなのに!
とりあえず今は何も考えたくない。というか深く考えたら危険な気がする。
前方に見覚えのある金髪を見つけて、あ、と声をあげる。三条様だ。取り巻きの方々もいらっしゃる。
「三じょ、」
そのまま声をかけようとしてやめた。
悠真様に三条様じゃなく瑠璃様って呼ぶって言ったもんな。それに、三条様も舞ちゃん呼びに反応していたし。……けど、いきなり呼びかけるのもなんか不自然な気が。かと言ってあらためて瑠璃様って呼んで良いですか? って聞くのは大分恥ずかしい。
理想としてはあくまでしぜーんに瑠璃様と呼ぶ流れにしたい、んだけども。
「あら、佐山さん!」
……ちっ見つかってしまった。まだ対策を練ってないのに。
反射的に笑顔を浮かべて近寄る、
「ゆ、なぁぁぁあ!」
「……うぐっ」
―――前に瑠璃様に突撃された。素早く足を下げて、踏みとどまる。
瑠璃様。あなた昔、廊下を走っていた私にこれだから庶民は……って言ってませんでした? 自分は走るのかよ。
「あぁもう! 今日はずっと話したかったのよ結奈! でも、クラス行ったら珍しく他の子と楽しそうに話しているから昼休みまで我慢しようって思ったのに! あの女が邪魔するから!!」
「そうです。クラスの方との交流も大切ですからと思って」
「私たちには昼休みがありますものね、と大目にみていたのに!」
「なんなんですの! あの女!」
「許せませんわ!」
「せっかく我慢しましたのよ」
取り巻きの皆様が次々と前のめりになって言葉を発する。どうやら休み時間にこなかったのは私を思いやって我慢してくれたらしい。……これはかなり嬉しいかもしれない。
私の名誉の為にいっておくが決してクラスに友達が居ないわけではない。普通に話すし、二人組でペアになってと言われてもすぐに作れるし! ただ休み時間は瑠璃様たちを優先しているだけである。
あの転校生め! とお嬢様方の間になにやら不穏な空気が漂ってきたので、話を逸らすためにぱん、と手を合わせる。
「皆様。昼休みはあと少し残っているのでよろしければ一緒に過ごして下さいませんか?」
「そうね! ではテラスに行きましょう!」
「お土産もありますのよ! きっと気に入って下さいますわ」
一瞬で空気がかわった。ちょろ……こほん。素直な人達だ。
そのまま方向を移動してテラスに向かう。
「結奈も一緒に連れて行きたかったわ。とても楽しかったのよ?」
「佐山さんが喜びそうな小物がたくさんありましたの」
「安価な宝石とか」
うん。残念だが皆様が行くような店にいくらほしい物があっても一個も買えないね。さらっと安価な宝石とかという言葉が聞こえてきましたが、絶対私にとっては安価じゃないですよねそれ。
「ふふ。お土産楽しみにしてくださいね」
「はい」
あー。やっぱりいいなぁ。この感じ。舞ちゃんとの庶民的な会話もいいけど、皆さんとの会話も楽しい。
おもわずにこにこ笑っていると瑠璃様の肩に糸くずがついているのを発見した。
瞬間、これだ! と閃いて深呼吸。
「あ、瑠璃様肩に糸くずが」
「ッ!」
ぴょっとつかんで捨てる。どうだ! さりげなく下の名前で呼んだぞ! こっそりと顔を伺うと、瑠璃様はショックを受けたように目を見開き固まっていた。
「……嘘」
目は潤み今にも泣きそうである。
…………え。
糸くずがついていたのって泣くほどのショック?! 確かに瑠璃様ってやや潔癖なところあるけど。それに三条家の長女なわけで、糸くずが肩についているだけでも許せないのかもしれない。あと私が皆様に聞こえる声量で言ったから恥ずかしいのかも! うわぁ、デリカシーがなくてすみません!
「すみません糸くずついているように見えたのは気のせいでしたねええ常に麗しい瑠璃様に糸くずなんてついているわけなかったですねおかしいのは私の目でした、ふぉっ?!」
自分でも驚きのワンブレスでフォローを入れた瞬間ガバッと腕ごと抱きつかれた。
「る、瑠璃様?」
「……っ! ……もうっ!」
腕まで巻き込んでいるので割と身動きがとれないのですが。
「も、う一度!」
「は?」
「もう一度いって!」
「あ、えっと……常に麗しい瑠璃様に糸くずなんてついているわけなかったですね」
「そこもあっているけど重要ではないわ! ねぇ、瑠璃、と。もう一度!」
……あ。
分かった瞬間、頬に熱がこもる。瑠璃様の腕の力も強くなった。
「……瑠璃様」
「結奈っ」
拘束されていた腕を抜き瑠璃様の頭をぽんぽんなでてあげる。流石お嬢様。良いシャンプーをつかってらっしゃるのかめちゃくちゃサラッサラ。抱き締めた瑠璃様は、ぱあっと花開いたような可愛らしい笑みをくれた。…………やばい。ちょっと私萌え殺されそう。
「瑠璃様だけずるいですわ!」
「わたくしだって!」
「わたしも呼ばれたいわ」
「羨ましいですわ」
「ねぇ、佐山さん、私も下の名前でよんで?」
……おお。瑠璃様を解放したとたん怒濤の勢いで詰め寄られた。
「えっと、寿々花様、麗奈様、華恋様、聖様、殊音様……? あ、よろしければ私も結奈って」
「~~結奈さんっ!」
一斉に飛びつかれる。
「わ、ちょっ、ちょ!」
待って受け止めきれないから!
そのまま倒れる覚悟したけれど背後の人が支えてくれた。誰? と思うまもなく背後からも抱きつかれる。
「結奈、大丈夫?」
「え、あ、はい」
……ちょっと待て。今私もバランスを崩している最中であり、さらにその上に寿々花様、麗奈様、華恋様、聖様、殊音様の五人、合計六人の体重がかかっているわけですが……。瑠璃様、平然と受け止めて居るんだけど。え、超力持ち。鞄より重いものは持ったことがありませんわ的な容姿ながらに力持ち!
すごいギャップである。
「皆さん? 一斉に飛びかかったら危ないでしょう?」
瑠璃様が珍しく正論を言うと慌てて離れてくれた。
「ごめんなさい、結奈さん。嬉しくてつい」
……照れた様に笑う皆さんがめっちゃ可愛い。これで許さないことが出来ようか。少なくとも私には無理だ。
神様、感謝します。
一時は恨みもしたけれど取り巻きその3に転生して良かった。
だってプライドの高い彼女たちのこの年不相応な幼い表情は攻略対象にもヒロインにもみせないでしょう?
きっとこれは取り巻きだけの特権だ。