取り巻き3と紅葉狩り
遅くなってしまって申し訳ありません。
少し過去編。結奈が乙女ゲーの記憶を思い出す前の話でまだお嬢様たちとの関係がぎこちなかった頃です。
無駄に長い上に、投稿するか迷ったくらいのオチと内容のなさです。
……秋だなぁ。
赤く染まった木をみてしみじみ思う。
悪夢のような体育祭も終わる、平和な季節だ。
「たまには食堂ではなく、外で食べるのもいいわね」
そう言って、茶混じりの金髪を揺らすのは三条瑠璃様。この鈴蘭学園女子ヒエラルキートップに君臨する生粋のお嬢様である。
「ねぇ、結奈?」
「……ソウデスネ」
うん。私はつっこまない。
……確かに外でのランチだ。
例え、朝には無かったはずの日差しを遮る屋根が取り付けられていても、ベンチじゃなくて紅葉と同じくらい真っ赤なふわっふわのソファーでも、BGMが流れていても、高価そうな石のテーブルが置かれていても。
ええ、ここは外です。外ですとも。三条様がそう仰っているのですものね。ここは例え白でも黒といえば黒になる世界である。
外で食べると言ったら中庭のベンチに腰掛けてかなー、としか思い浮かばなかった私の想像力の無さが悪いのだ。
テーブル溶接されてませんか? とか昼までの短時間で屋根どうやって取り付けたんですか? とか、音楽まさかの生演奏じゃないですか? とか色々疑問点は多いけど。
「まぁ、紅葉が降ってきましたわ」
「ふふ。色も形も素敵ですわね」
「見て下さい。この紅葉特に小さいわ」
「可愛らしいですわ」
うふふとはしゃぐ皆様がとても可愛らしいことだけはよくわかった。
あと私の思考が全力で現実逃避していることも。
※
時は遡る。
登校していつもの席に着いたときだ。
「ふふっ。佐山さん、小さい秋を探しに出かけていましたの?」
取り巻き仲間の五十嵐様が紅葉をひらひらと揺らす。細くて白い指が綺麗だ。
「鞄に紅葉がついていましてよ」
「ぅえっ!」
思わず上げてしまった奇声にみなさまがきょろきょろしてあたりを探る。……すみません。私のです。
気を取り直して咳払い。
「まあ、本当ですわ。五十嵐様、取って下さってありがとうございます」
「結奈ったら。どこを歩いてきましたの? だからわたくしが朝迎えてあげるわよと言っているのに」
「あははー……。お気遣い痛み入ります」
乾いた笑いが漏れる。
三条様直々にお迎えとか。父の髪に深刻なダメージを与えることに違いない。
やはり車はリムジンだろうか。家の前の細い道には絶対入れないと思います。
私は鈴蘭学園には電車で登校している。
本当は特待生なので寮の方が良いんだけど……寮費がね! 寮は安いものじゃなかったっけと真剣に考えるくらいゼロが並んでいた。ゼロの並ぶ数とセュリティーの万全性が比例しているそうだ。蟻一匹入れない、と言うのが鈴蘭学園寮のモットーである。本当にあり得そうだから怖い。
「……お待ち下さい、三条様? お迎えとはなんの話ですの?」
冷ややかな声で割ってはいったのは城ヶ崎様。
「あら華恋、珍しく遅いわね。ご機嫌よう。ほら、結奈は歩いて来ているでしょう? だから、わたくしが迎えましょうかって言っているのよ」
すっと切れ長い城ヶ崎様の瞳が三条様から私へと向けられる。
「ずるいわ」
うっ。
思わず固まる。これはあれか。最近入ってきたばかりの新人取り巻きの分際で三条様に迎えてもらうですって? というお怒りだろうか。
「抜け駆けは駄目です、三条様! あたくしの方が佐山さんと家が近いのですから、あたくしが送ります!」
あ、違った。
「そ、それを言うなら私の方が!」
「梓川様の所は信号が多いでしょう? 駄目ですわ。でしたら距離はありますけどわたくしの所が」
「あらあら、皆様。距離ではわたくしが一番だとお忘れかしら?」
「……寮、出ようかしら」
わあ……当事者なのに口を挟む暇が全くない。
あの、緑丘様。なぜ寮を出るなんてお話になっているのですか? もしかして私を迎える為でしょうか。落ち着いて下さい携帯を取り出すのはやめましょう。
あ。待ち受け私にして下さってるんですか? ありがとうございます撮られた記憶がないのとカメラ目線じゃないのが気になります。今度皆さんで一緒にとりましょうね。
緑丘様を押さえている内に話はバスで全員で登校する方向に落ち着いたらしい。素晴らしい発想ですね! 予想を遥かに越えてくる、お嬢様クオリティー恐ろしい。
「で、結奈はいつ到着がいい?」
「佐山さんの意見も聞かせてちょうだい」
もう決定事項なんですね!
これで解決ね! と満面の笑みの三条様可愛い。……駄目だ。チキンなハートが現実から逃れたがっている。うううう。
「……せ、せっかくですが私は遠慮させていただきます」
せっかく話がまとまったのに申し訳ないけど、このまま流されると本当に大型バスが購入されそうだ。否、確実に購入される。
「あら、どうして?」
「バスは目立つということでしょうか」
「ねえ、佐山さん小型程度なら大丈夫でしょう?」
やだ、小型とはいえバスを程度とか言い切ってしまうお嬢様怖い。でもこてんと首を傾げる仕草は非常に可愛いと思います。
「いえ、そうではなくて……」
「では、なにがご不満ですの?」
「車酔いの事なら大丈夫ですわ。最高級の品質のタイヤと運転手を用意しますもの」
「道路も整備いたしましょうか?」
うん。そういう問題じゃない。
何を言えばこの庶民感情をご理解いただけるのだろう。
「……佐山さん、もしかしてあたくしたちと登校するのが嫌ですの?」
しん、と城ヶ崎様の声がやけに響いた。
「結奈……」
「佐山さん……」
悲しげな瞳が一斉に私に向かう。ついでに庶民がこの方々を悲しませるんじゃねぇ! と言いたげな殺気だった視線もぐさぐさ突き刺さる。
「あ、ああああの! 違います! そういうわけでは! まったく!」
わぁぁぁあ! 非常に胸が痛い。罪悪感と恐怖の二重の意味で! 違うんです。ある意味であってるけどそうではなくて!
考えろ考えろ。
バスに乗らずにすみ、かつこの場を収められる方法を。
「勿論、皆様との時間が増えるのはとても嬉しいですわ」
話しながらぱちぱちと頭の中で算段を立てる。
「けれど、私駅からここまで歩くことがとても好きなのです。車より季節の移り変わりを肌で感じられますし、少し運動することで頭も冴え渡る気がするんですの」
「まあ。そうですの? なら……仕方ありませんわね」
「結奈は特待生ですもの。仕方ないわね! 諦めて差し上げるから感謝なさい」
ふんぞり返る三条様は相変わらずちょろ、こほん、素直だ。「ありがとうございます。流石三条様です。お優しいですね」と言うと手で覆って顔を隠してしまわれた。おそらく照れていらっしゃるのだろう。可愛い。
そして、チャイムまできゃっきゃうふふと話している内に紅葉狩りの話になった。
「この時期は人が多いから、あんまりのんびりできませんよね」
「あら、佐山さんは山を一般開放しているの?」
「ご自身でいかれる時は、立ち入り禁止になさったらいいのですわ」
「佐山さんったら面白い」
……うん。なんていうか、あの、うん。
「……あの、私、山持っていませんよ……?」
「えっ」
一斉に驚かれた。
……山は私有しているのが当たり前らしい。これが私と皆様にそびえ立つ、庶民とお嬢様の高い高い壁である。
「それなら結奈。わたくしの所に見にいらっしゃいよ」
「え?」
「名所なのよ、結奈は……って知ってまして? あそこ三条の土地ですの」
三条様の口から出てきたのは、特に詳しくない私でも一度は聞いたことのある所である。えっあれは私有地なの?
「三条様、そちらは少し遠いのでは? 近場ならわたくしの……」
「そちらなら少し距離はあっても梓川家の……」
「……はどうかしら? 別荘もありますから、もてなせますわ」
そこから飛び交う紅葉の名所の数々。
もういっそ恐ろしかった。
勝手な偏見だけど皆様と紅葉狩りにいくならやはりリムジンなんだろうか。息が詰まりそうだ。絶対に汚してはならないという緊張で絶対紅葉をみてる余裕なんてない。
あと紅葉狩りに行きたいほど紅葉に興味がない。どうせなら買い物に行きたい年頃だ。いや、皆さんとは価値観が違いすぎるから無理だけど。
「紅葉なら、学園にもありますわよね」
聞き役だった宮下様がおっとりと口を挟んだ。ナイスです!
「なら、わざわざ紅葉狩り出掛けなくても見れますね」
「あの程度で構いませんの?」
……念のため。学園の紅葉はかなり綺麗だと有名である。
「以前からゆっくりみたいなとは思っていたんです」
「ふーん?」
三条様はゆるいウェーブのかかった髪の毛をふわりと揺らした。興味を失ったらしい。
「では、お話戻しますが、今日はいかがですか?」
「……? あ、えっと、紅葉を見に、ですよね」
「ええ。今日のお昼は外で食べません?」
宮下様はぱちんと手を合わせると、おもむろに立ち上がって窓に近づく。
「ということですので、準備しておいて」
…………あの、ここ四階なんですが、そこ誰が、っていうか何がいるんですか……?
お嬢様方を取りまく環境は思ったより闇が深いのかも知れない。
※
この場を作るのに影で割かれた労力を意識すると遠い目になる。
皆さんの遠出の提案を断ってしまったけど、むしろそっちの方が迷惑をかけなかったんじゃないかな。
想像力が足りない我が身が呪わしい。
落ち着かず視線をきょろきょろさせていると、素早くかつ丁寧に皿を並べる給仕の方と目があった。
食堂の方が楽でしたよね! 紅葉狩りを遠慮してしまったせいでお手数おかけします。申し訳ない。
申し訳なさからぺこ、と頭を下げる。
給仕の方はぱくぱくと口を動かした。
[お気になさらず。お嬢様の笑顔が私共の喜びでもあります]
にこりと笑う。心から思っているような優しい笑顔だった。
我が儘をたくさん言っているけれど、なんだかんだで皆さん愛されているんだなぁ。
ほのぼのした気分で、紅茶に手を伸ばし、かけて止まる。
……ん!? さらっと流したけど、今、口パクだけで伝わった……!?
当然だけど私は読唇術なんて身につけていない。
……相手に伝えるスキルっていうのもあるのかな。
いったい使用人の方達ってどれだけの高度なスキルを持ち合わせているんだろ。能力高すぎるよね。
お茶入れとかテーブルマナーとか所作とかは当然完璧として、武道とか気配を消すスキルぐらいはあるだろう。この前皆ナンパ目的で声をかけてきた男を速やかに葬っていたし、体育の時など気が付けば傍らにお茶が置かれているし。勿論抜かりなくノンカフェイン。
風で飛ばされた三条様のリボンを素晴らしき跳躍力で取ったのもばっちり目撃したし、倒れたグラスが一瞬で元通りになっているのを見たときは魔法を使えるんじゃないかと本気で思った。
お嬢様でこれくらいなら実際の当主様の傍付きの方々はどれだけなんだろう。 はたして人間の枠内に収まっているのだろうか。
「結奈、聞いていますの?」
ぼんやり考えていると三条様の鋭い声が飛んできた。しまった。
「も、申し訳ありません。紅葉があまりにすばらしくて見とれていました」
「この程度の紅葉で感動できるなんて幸せ者ね。三条家の庭の紅葉は段違いに見事ですわよ。結菜になら特別に見せてあげてもよろしくってよ?」
「まあ、うふふ」
肯定も否定もしない。笑って流す、対お嬢様用の処世術も板に付いてきた。父の上司に対する対応と同じだと知ったときはちょっと複雑だったけど。
「それで、何のお話をされていたのですか?」
「紅葉を見ているのも楽しいけれど、お月見も良いですねと」
答えてくださったのは城ヶ崎様だ。
「佐山さんはお月見好きかしら?」
「ええ。星や月などを見るのは好きです」
「そうなの!?」
三条様が食いついた。身を乗り出して私の顔をじっとみつめる。あまりの勢いに若干身を引いてしまった。
「好きなのね?」
「え、ええ。星の名前には明るくないのですが、流星群を見に行ったりは、します」
「そう、結奈が好きならちょうど良いわ! お月見パーティーをしましょう」
「え」
なんで私が好きならちょうどいい、なんだろうか。
取り巻き仲間の皆さんは、「まあ」やら「素敵」「いいですわね」と続く。
えっ、この流れに取り残されているのは私だけなの? なんという疎外感。
価値観の違いも大きいし、話題に付いていけないことは多々あるけれど。今回のは価値観とかの問題ではなさそうだ。
「お月見のパーティー、ですか?」
「ええ、ちょうど三条の会合もそろそろ開こうと思っていましたし。パーティーのついでにすませようかしら」
ああ、会合の話だったんだ。
三条瑠璃様の率いる三条派閥のメンバーは、学年だけでも三桁を軽く越える。そんな人数なので定期的に会合を開いて結束を強化する必要があるのだ。
といっても大した決まりなどがあるわけでもない。シンプルに上には逆らうなのみだ。
実質普段声をかけられない下の派閥メンバーが三条様と会話する機会の創設的な意味合いが強い。会合で三条様に気に入ってもらえたなら、派閥でのランクが上がり学園内での権力が増す。
しかも人数が人数なので、会話できる人数は限られている。パーティーは水面下での激しい争いだ。……そう考えると本当に庶民出の私がこの取り巻き3ポジションを築けたの奇跡だよなぁ。
庶民が、と疎まれていたのに。正直何を気に入って頂けたのか未だによく分かっていない。転んだ三条様にハンカチを貸したりしたアレかな、とは思ってるけど親切には慣れているだろうしなあ。
「結奈も参加するわよね?」
「はい、もちろんです」
庶民故にドレスなど持ち合わせていないから、ただのパーティーのお誘いの時はやんわりお断りさせていただいているけれど、こればかりはそうもいかない。
派閥の会合。いくら規則がないといっても話し合いの内容は割とあるのだ。第二勢力の制裁内容とかね。三条派閥と力に差がありすぎるけど気は抜けない。
「佐山さんとパーティーに参加することはほとんどありませんからとっても嬉しいわ」
「ふふ、今から楽しみです」
うーん、私も出来ることなら普段からみなさまのお誘いを断りたくはないのだが、いかんせんドレスが。
ドレスのレンタル料はもちろん髪もきちんとセットするからお金がかかる。
自分で出来る器用さがあれば良かったが、残念ながら私の髪は中途半端な長さで絶妙にセットが難しく、美容院だよりになってしまう。……決して私が不器用なわけではない。
今回はどうしようかなぁ。やっぱりレンタルするしかないのか。
初回の会合は制服で着て行って完璧にアウェーだった。
二回目は母が成人の時使った着物を借りた。着物の方も何人かいたが、やはりすこし目立ってしまった。あと動きにくいし。
三回目は、レンタル料に頭をくらくらさせながらドレスをかりた。弟には「結奈は金使いすぎ。俺なんてシューズも買ってもらえないんだぜ」とねちねち文句を言われた。ちなみに奴のシューズは1ヶ月前に買ってもらったばかりだ。
四回目は、なんとか制服パーティーへの誘導に成功し、痛手はなかった。
レンタル料を思うと憂鬱になる。毎回制服でも良くない? だって学校の行事のようなものじゃないか。
もちろん、これからも度々制服パーティーへの誘導はさせてもらいたいが、さすがに連続は駄目だろうしなぁ。
「みなさん、もうドレスは用意してますの?」
「あたくしはまだですわ。色はきめていますけれど」
「わたくしはデザインはある程度希望を出しています。けれど、もう少しかかるそうですわ」
「二つのドレスで迷っていますの」
「少し前に作ったのですが、最近太ってしまったから調整しなければいけないかもしれません」
「私も、まだですね」
うん、まだっていうか借りるかどうするか、って段階だしね?
「皆さんまだですのね。良かったわ。実はわたくしから提案がありますのよ」
「提案、ですか?」
提案、といっても彼女の発言。ほぼ確定事項になるのだろう。
三条様は、唇をつり上げて得意げに微笑む。
「ええ、わたくし達で揃いのドレスにするのはどうかしら?」
うっ、と漏れた声は皆様のきゃぁ! という歓声でかき消された。
「素敵!」
「同じドレスで色だけ変えるのもいいですわよね」
「まあまあ! 早く準備しなくてはいけませんわ!」
…………やばいぞ、これ逃げられそうにない。
私は皆様の体型、おもにある部分を見つめる。
ほら、同じドレスにしたらね? 誤魔化せない部分というか、際だつ部分があるじゃない? 皆様はスタイルがいいから、ほら。私は平均的な方なんだけどね? 皆様が!!
さらに皆様に合わせるとオーダーメイドは確定だ。……いくらかかるんだろうなぁ。
胃が痛い。