取り巻きその3とちび瑠璃様
餌付け効果もあり完全になついたちび瑠璃様から聞き出すに近くである絵の展示会から逃げてきたらしい。
夕方になったら終わるから帰る、それまで帰らないと主張するちび瑠璃様に折れて一緒に遊ぶことにした。
さて、問題は何をして遊ぶかだ。
「滑り台はいかがですか?」
「すべりだい? どこにあるの?」
ちび瑠璃様はぐるりと辺りを見回して不思議そうな声音でいった。んん?
「すぐ横にありますよ?」
「どこにもありませんわよ?」
私が首を傾げると向き合っているちび瑠璃様が同じ方向に首をかくりと傾けた。可愛い、じゃなくて、えっ?
瑠璃様の顔は確かに滑り台の方を向いている。なのに見えない、と。
…………え。この滑り台実は私の目にしか映ってない感じですか。
なにそれ怖い。
ブランコを降りたちび瑠璃様が子供特有の危なっかしい足取りで滑り台へと向かう。私も後ろについて行く。……これ瑠璃様がそのまま通り抜けたらどうしよう。号泣する自信がある。
とたとた走ったちび瑠璃様は滑り台の目の前で止まった。とりあえず通り抜ける心配はなさそうだ。私は恐る恐る手を伸ばした。触れたのは冷たい金属の感覚。
「……ちゃんとあるじゃないですか」
さ、触れた。良かったぁ……!
内心の歓喜なんて曖にも出さず私は優雅に笑ってみせる。しかし瑠璃様は不審げな顔である。
「すべりだい? これが?」
「ええ」
瑠璃様は軽いウェーブの髪をさらりと後ろに流した。あ、これ悪役令嬢ポーズだ。ちび瑠璃様は得意げにふふんと笑う。
「こんなちいさいの、すべりだいなんて言ってもだまされませんわ!」
……念のため。
この公園にあるのは至って普通の大きさの滑り台だ。
瑠璃様の知る滑り台とはどんな大きさなんだろう。
聞くつもりはなかったが声に出ていたらしい。
教えてあげるわ! と嬉しそうに言われた。胸を張るポーズがまるで誰かを真似したようで可愛らしい。
「あのね。本当のすべりだいは、もっと大きいの。これ四つぶんくらいあるのよ」
……うん。瑠璃様ソレ絶対私の知る本当の滑り台と違う。
目眩を覚えながらちび瑠璃様にこれが普通だということを説明する。
「まあ! しょみんはこれをすべりだいとよぶのね。かわいそうだわ。本当のすべりだいをつくるようお父さまにおねがいしようかしら?」
「やめてください」
瑠璃様の言うサイズになるともう遊園地にあるようなアトラクションです。公園にそれを求めないでいただきたい。
「ふぅん? ならやめてあげるわ。でも、にせもののすべりだいなんてあるのね」
ちび瑠璃様は感慨深げにつぶやく。私が幼いころ大好きだった公園の滑り台が偽物呼ばわり。
「……ちなみにシーソーはあちらですが……」
「えっ! あれではふたりしかのれませんわ」
「……」
瑠璃様と私の認識にはそれはそれは大きな壁があることを再確認した。
さすが旅行のお土産に真珠とか渡そうとするお嬢様である。次に渡されたのが可愛いぬいぐるみで安心してたらブランド物のめっちゃ高い奴だったし。あの時は驚きすぎて一番常識のありそうな(と当時は思っていた)悠真様に半泣きですがったものだ。そのぬいぐるみは今ショーケースに入れて大切に飾っている。間違いなく我が家で一番の高級品だ。
と、まあそんなお嬢様な瑠璃様は公園の遊具では遊んでも楽しくないだろう。早く気が付いておけばこんなにダメージ負わなかったのに。
「えっと、では何して遊びますか?」
「結奈はなにしてあそんでいましたの?」
「私は……」
はたと気が付いた。この質問答えられない。だって、私公園の遊具で満足してしたし。あとは木登りとかだけど、落ちたら責任がとれないから却下だ。
うーん。
「あ、泥団子とかつくってました」
「どろなんてばっちぃわ」
うん。ですよねー。
ふと思い浮かんだからつい言っちゃったけど遊ぶ! と答えられても困った。
高価な洋服を汚すわけにはいかないし。むしろ泥遊びなんてしてたらびっくりだね。
「じゃあ砂遊びはどうですか?」
「めいあんね! おしろつくりましょう」
流石瑠璃様、求める砂遊びのレベルがちがう。
そういえばこの前従姉妹の買い物に付き合ったときカラフルな砂が売られていて驚いた。色こそついていないけど地面には無料で落ちているというのに。
「せいようのおしろがいいわ」
「えーっと道具がないので簡単なのにしましょう……?」
「かまいませんけれど、何をしますの?」
「トンネル掘りです」
提案したのは山を作ってからトンネルを掘って手を繋ぐ遊びだ。子供なら誰もが一回はしたことがあると思う。
「……たのしいんですの?」
「私は楽しかったですよ。手と手がつながる瞬間は嬉しいですし」
「ま、まあ。それなら、してあげてもよろしくてよ!」
言葉とは裏腹に元気の良いお返事である。目はきらきらとしたいなあと願望を訴えている。
このツンデレっぷり。懐かしい、一年初期の瑠璃様である。あまりの可愛さにちょっと意地悪をしたくなったけどぐっと堪えた。
「まず山をつくります」
「はい!」
ちび瑠璃様が小さな手でせっせっと砂を盛る姿をぼんやり眺める。張り切ってくださっている。とても愛らしい。
「結奈ぁ? てつだわないならつくっても見せてあげないわよ!」
「ごめんなさい」
ぷくっと、頬を膨らませるちび瑠璃様に慌てて謝る。
砂で作った山をどう隠すというのか。精一杯手足を伸ばして隠そうとする姿を想像すると可愛いがすぎる。
砂を盛る瑠璃様の服にふんだんにあしらわれたレースがみえてちょっと選択を後悔した。汚れませんように。
山をささっと作り、無言で掘り進めていくと、砂とは違った感覚の柔らかい物にふれた。瞬間、ばっと瑠璃様が顔を上げる。
「わぁぁ、結奈! つながりましたわ!」
「ええ、やりましたね!」
「はい。あくしゅー」
「……くっ」
なんて凄まじい破壊力!
頬を真っ赤に火照らせて喜ぶちび瑠璃様可愛すぎか!
悶えているのがバレないようにせき込んだフリをしたらちび瑠璃様が心配して背中を撫でてくれた。なんかもう、可愛すぎて死にそう。
気が付けば時刻は四時半。
瑠璃様と約束した帰る時間であり、うまく行けば私もそろそろ帰れる時間だ。
確か原作では帰るのは五時のチャイムを聞いてから。三十分あれば瑠璃様を美術展まで送れるだろう。
「では帰りましょうか」
「ええ」
案外素直にうなづかれた。まだ遊びたいとゴネられるかと思ったのに。……これはこれで寂しい。
「あのね、結奈。こんどは、家にきてもよろしくてよ!」
……ああ、そっか。さっきゴネられなかったのは私が佐山財閥の娘でいつでも会えると思ってたから。
瑠璃様の無邪気な笑みを直視できなくて目を伏せた。
「……瑠璃様は、庶民はお嫌いですか?」
「ええ! だいっきらいよ」
分かっていたけどちょっと胸が痛かった。
「では、私のことはお嫌いですか?」
「おなじ佐山の梨々菜はなまいきだからきらいよ。……でも、結奈はとくべつにみとめてあげる!」
嬉しいお言葉だ。
そして。だからこそ悲しい。
瑠璃様が庶民を嫌う理由は知っているし、理解もできる。
けれど、瑠璃様の世界はこのままじゃあんまりにも狭い。知って欲しいのだ。こんな風に庶民とでも、違いなんて気にせず楽しく過ごせるということを。
素直な方だからきっと、私の言葉は届くはず。
「ねぇ瑠璃様、実は私……その、」
「なぁに?」
庶民なんです。
その言葉がなかなか出てこない。
言った瞬間、瑠璃様に嫌われてしまったら結構傷つく。言い難くて目線を落とすと、本来私の足があるべき場所にコンクリートの堅い地面が広がっていた。
「……え?」
―――えっと。つまり、これ。足が消えてる……?
「ひっ!」
気持ちわるっ!
認識したとたんさっきのシリアス気分が吹っ飛ぶぐらいには気持ち悪かった。
「な、なんで……」
まだ五時じゃないのに!
その時、五時のチャイムがなった。
バッと後ろを振り返って時計をみる。表示されている時刻は四時三十五分。
しまった。この時計、遅れてるんだ!
「結奈、どうかし、」
「見ては駄目です!」
消えゆく体を動かして、ちび瑠璃様の目をふさぐ。
いや、だってさっきまで話していた人が足から消えていくってなんてホラー。確実にトラウマものだ。
「もう、なんですの?」
「あー、瑠璃様ごめんなさい。ちょっと送って行けそうにありません」
「へ?」
瑠璃様に色々伝えたかったのに。もう時間がない。
ゲームでは攻略対象はヒロインと遊んだ事を夢だと思っていて。そういえばこんなこともあった、とヒロインに話すことで初めて初恋だったんだと気が付く。
瑠璃様も夢だと思ってしまうんだろうか。そうしていつか忘れてしまうのかな。
チャリ、とポケットの中から音がした。そうだ! 五百円入れっぱなしだった。
「瑠璃様、これ持ってて下さい」
「なぁにこれ?」
もう体は胸のあたりまで消えかかっていた。
「私がいた証ですよ」
どうか忘れないで下さいね。
目を塞いでいた手が消え始める。
「………ゆ、結奈?」
「十年後にまた!」
瑠璃様が振り返るのを見届ける前に意識が飛んだ。
※
「結奈!」
「はい!!?」
聞き慣れた声。ビクリと肩が上がった。
「どうしましたの? こんなところに佇んで。さっきから返事もなかったじゃない」
少しきつめだが美人な顔立ち。姫カットの前髪に緩いカールの茶混じりの金髪。不満そうに柳眉を歪めたのは私のよく知る瑠璃様だ。
「あ、戻ってこれた……」
「なぁにそれ? 変な結奈ですわね」
安堵の息をはくと瑠璃様がくすりと笑う。
「そうそう、結奈に話したいことがあるのよ。これ見てちょうだい」
瑠璃様がそういって見せたのは今の年が刻まれたやけに古びた五百円玉。
……ああ、瑠璃様持っててくれたんだ。
「ふふっ、なんだと思う?」
「十年前に渡されたものですか?」
「えっ!? なぜそれを……?」
私は笑って話し始める。私が出会った可愛い可愛いお嬢様の話。