取り巻きその3と当て馬
「おい、庶民」
耳心地の良い美声で放たれた耳心地のよくない言葉を聞かなかったふりをして、足を早める。
「おい!」
無視しているという事にそろそろ気が付いていただきたい。
「……なんでしょう」
肩をつかまれたので仕方なく振り返る。
「一度で気がついてほしいものだな」
奇遇ですね。私も同じ事を思っていました。
分かってはいたけど、予想通りの顔にげんなりしてしまう。
「……瀬田様」
この暴虐無人な方は瀬田 大和。例に漏れなく財閥の御曹司である。ゲームにも登場した。だかしかし、私は彼を攻略対象だとは認めない。ただの当て馬キャラだ。この人を攻略対象と認めたら、他の攻略対象に失礼だ。精々、他の美形を攻略する時に当て馬として毎回出て恋を盛り上げる程度の価値しか奴にはない。
「なにか御用事があるのですか?」
「用事がなければ呼び止めない」
これは暗になんの用事ですか、って聞いてるですがねぇえ?
腹がたつが、怒りをおさえてにっこぉと笑みを浮かべる。この人も財閥の御曹司、庶民であるしがない取り巻き3が逆らって良い相手ではないのだ。
「思慮が足りずに申し訳ありませんデシタ。なんの御用事デスカ?」
どうせ舞ちゃんの事だろうな、と思いつつ、丁寧に聞いて差し上げる。棒読みなのは許してほしい。
「姫野の事だが、」
こほんと無駄な咳払いをいれると、当て馬は無駄にきれいな顔を無駄に煌めかせて無駄に私を指さした。御曹司は人を指さしてはいけないと言われないんだろうか。
「俺といてもお前の話ばかりする! なんとかしろ!」
……いや。知らないし!
「だいたいこの庶民のどこがいいんだか。理解に苦しむな」
「あなたの大好きな舞ちゃんも庶民ですが……」
「なっ!? べ、べつにす、すすす好きとかそういうわけではない! 勘違いするなよ!」
わぁあ。男のリアルツンデレめんどくせぇぇえ。
瑠璃様も初期はよく似たような台詞言ってたけどめちゃくちゃ可愛かったのに。この残念っぷり。比べる時点で間違ってるか。
「ま、まぁ、俺の事は良い。いいか、お前は俺のことを姫野にだなぁ……良い風に、というか、」
無礼承知で踵をかえして帰ろうかと本気で悩んだ。
そのとき、
「ちょっと! なにしてるの!?」
長い黒髪をふわりと靡かせて天使が登場した。
「舞ちゃん……!」
パタパタと駆け寄ってきた舞ちゃんが私の前にたち、ぎろりと睨みつける。当て馬の顔がわかりやすく輝いた。
「結奈ちゃんに近づかないで」
いつも天使な舞ちゃんがこんなに警戒しているのには訳がある。奴は初対面の舞ちゃんの頬(唇の横ぎりぎりともいう)にキスしたのだ。その後舞ちゃんの華麗なるビンタが炸裂し、そこで奴は「フッ、この俺に手ェあげるなんて面白い女」と恋に落ちたらしい。マゾか。
「なんだ? 嫉妬か?」
「当たり前でしょ! 結奈ちゃんは私の結奈ちゃんだから」
にやついた顔を一瞬で憤怒にかえ当て馬が睨んできたので、舞ちゃんの背に隠れる。ひっそりどや顔を披露した。
当たり前だ。当て馬は知り合い、もしくはそれ以下だが私はこの天使の友人なのだ。
「行こう、結奈ちゃん。この人に関わると禄なことないからね」
うん。よく分かっていますよ。
とは、言わずに軽ーく、もうそれは笑みと判別出来るかあやしいほど、軽く笑って当て馬とお別れした。なんか目線でお前だけどっかいけと言われていた気がするがそんなの華麗にスルーである。可愛い私の天使を危険人物と二人っきりにさせられるわけがない。
「結奈ちゃん何かされてない?」
「ううん。大丈夫だよ」
いつもの天使に戻った舞ちゃんが心配そうにたずねてくれた。いや、下からのぞき込むように本当に? と言う舞ちゃんがとても可愛過ぎて大丈夫じゃないかもしれない。
「結奈ちゃんはあの人と仲良、」
「まさか」
食い気味に答えた。
「よかった」
舞ちゃんはエンディングで見るような幸せたっぷりな可憐な笑顔を浮かべた。頭の中で当て馬のフラグがばきりと折れる音がした。南無。
「結奈ちゃん、今日放課後開いてる?」
「うん」
「ね、プリクラ取りにいかない? 制服で!」
「いいねぇ」
ここ鈴蘭学園の制服は上流階級の学校なだけあって、めちゃくちゃ可愛い。このままでパーティーとか余裕で出れそうなかわいさである。
「じゃあさ、ついでに最近出来たポップコーン専門店いってみない?」
「いくいく!」
やった。行きたかったんだけど一人ではちょっとね。なんというか普通の学校で所謂一軍やらAグループなどと呼ばれるような高校生であふれてたんだ。私も今は瑠璃様たちと学園女子のトップグループにいるけど、見た目とオーラはBグループ程度しかないからね!
隣の舞ちゃんがくすっと笑った。
「制服デートだね?」
くっ。ヒロイン力恐るべし! くらくらしたわ。
制服デートは勿論最高だった。途中舞ちゃんが不良に絡まれるというイベントが起きたが、そこは当て馬じゃない攻略対象がちゃんと助けてくれた。
このイベントをこなしたら割とルートが決まってくるので当て馬は所詮当て馬ということだ。舞ちゃんが攻略していたのはメインヒーローの生徒会長だった。
ゲームでみたスチルとほぼ同じ図が現実でみれて私はとても満足した。このまま是非ゴールインして、ゲームでは一瞬しか映らなかった、結婚式の眼福な光景をみせていただきたい。
後日、二人で取ったプリクラを舞ちゃんが瑠璃様たちに見せて可愛らしい言い合いをしていた。すぐにカメラマン呼びましょうというお嬢様こわい。断ったら、一緒にプリクラを取りに行くことになった。
……これはこれで不安である。
書き終わってから、あれ乙女ゲームって男性の当て馬いるのかなと不安になりました……。もし、居なかったら特殊なゲームだったという事で何卒…壁】ω・`)




