機械の模倣
手持ちかばんから通信端末を取り出すと、
手のひらサイズのそれに「帰宅」と低いトーンで話しかけた。ウィーンと機械音がしてドアが開く。
A子「あー、足が痛い。ったく懇親会が立食なんて聞いてないよ。ヒールなしの靴で行くべきだった。」
所属支部の学会発表が終わった後、発表者や聴講者を交えて懇親会があった。いつもは参加せずにまっすぐ帰宅するのだが、今日は、初めてセッションの座長を担当したため、意見交換もかねて参加したのだった。
A子「やっぱり丸石教授の感情モデルがトレンドかなぁ...。」
とつぶやきつつ、リビングに目を向けると、そこには小宇宙を模したような、眩いばかりのLED照明が机の上でゆらゆらと輝いていた。A子は恐る恐るゆっくりとその物体の周りを回って、全体を確かめた。
小さいながらも、ベガ、アルタイル、デネブと小さな星空がそこに見て取れた。
しかし、なぜ今ここで、このような照明が輝いているんだっけ、と考えながら機械で出来た小さな同居人を眺めた。確か、昨日は学習のために百科事典の各種ワードと映像の組み合わせを覚えさせていた――。
主に芸術関連の情報を入力していたときにアラート音と共に一つの質問がディスプレイに表示された。
A子は学習の際、感情モデルで解が出そうに無い場合、補足情報を対話形式で入力することにしていた。
機械仕掛けの同居人「生け花とは生命活動を伴う植物、主に花や木材のことですか?」
A子「定義: 植物の生命活動」
とA子はイエス・ノー問題に対して質問で答える。
機械仕掛けの同居人「光合成という活動を行う生物のことです。質問への回答は?」
A子「まず、生け花は植物以外の無機物も扱うね。岩とかガラスとか。」
機械仕掛けの同居人「定義できません。生け花とは死をあらわしますか?」
A子「そこが分岐点だね。生け花に使う花は一度生命を奪われている。
ただ、人間が花を生けるという行動をするとき、
花が生きているように物体を配置するんだ。」
機械仕掛けの同居人「人間は物体に生命を与えられますか?」
A子「与えられない。命を奪っておいてなんだけど生命活動を補助する、が正しいね。
花に水を与えることで生命活動を持続させている。」
機械仕掛けの同居人「人間は神を模倣していますか?」
A子「うーん。それはちょっとわからない。
もしかしたらそういう意味があるのかもしれないし、
今度そういう文献を見つけたら情報として入力してあげるよ。その質問は保留。
さて一旦、生け花の情報定義は完了っと。」
機械仕掛けの同居人「入力作業再開」
――昨日の会話はその位だ。
同居人には、家の中では自由に行動できるような権限を与えている。最後の質問を曖昧にしたせいで、「人間を模倣した?」のかな...まぁ、なんにせよ明日、作成時のログを漁ってみるか、と疲れた体でベッドにもぐった。
A子「それにしても、部分的に自分のシステムをダウンさせて、
内部部品を組み替えてまた電気を流すなんて、手の込んだ模倣の仕方だなぁ。」
とつぶやきながら、ふとカレンダーをみて今日が自分の誕生日だったことを思い出すのだった。
もしかして、誕生日プレゼントかな。――まさかね。