考える者
「ああ、まただ」
どうして何も言ってくれないんだ。僕はこうしてずっと君の前に立っているのに、君はというと自分の席に座って、膝に置いた文庫本に目を落としている。僕は何度も話しかけているのに、君は聞こえないふりをして、読書に没頭する。そんなに僕が嫌いか。そんなに僕の話を聞きたくないか。ああ、君はまたページをめくる。それで何ページ目だ。僕は数えているぞ。六十七ページ目だ。きっと今はいいところなのだろうな。ページを繰る手が、なんだか嬉しそうに見える。君は下を向いていて、顔の表情までは見えないけれど、きっとその本に見合った顔をしているのだろう。
「楽しいかい?」
ならば笑っていてくれ。声が漏れてしまうほどに。
「悲しい詩か」
ならば涙を流してくれ。その紙面に雫を落とすほどに。
それでも君は答えてくれない。また、そのきれいな指先で紙をつまむ。どうすれば話してくれるというのだ。待てば良いのか。君がその本を読み終わるまで、待てというのか。そんなことをしたら、僕は空腹で倒れてしまう。今朝からこの放課後まで、何も口にしていないのだ。朝も昼も、そして今も、ずっと君のことを考えていて、食べ物を食べる時間など、僕にはない。のども通らない。
「切ない物語だ」
僕がこう、つぶやくと、君はふと顔を上げた。やっと見つけてくれたのだな。やっと君と目が合った。こんなに輝いていたのか。君の潤んだ瞳の奥には、僕の姿は映らない。待ち望んでいたこの時間は、一瞬でしかないけれど、わかったことが一つ。
「ありがとう。さようなら」
僕は帰るとするよ。