音楽の歌
「僕の知っている歌ではないので、歌えません」
和宏の放った一言が、教室の中を沈黙にさせた。
小学校の音楽の時間。四年一組の生徒一同は、音楽室にいた。全員が音楽の教科書とリコーダーを持って、床に座っている。ピアノに向かう先生と、立ち並ぶ五人の生徒。その中の和宏に視線が集まる。
今日は歌のテストだった。これまで練習してきた課題の歌を五人一組になって歌う。グループは自由に作ってよかった。友達同士、好きな者同士で、ほとんどの班が作られた。結果的に『余り者』は寄せ集められ、一つのチームになった。和宏は、そのグループの一人だった。
「どうして? 今までがんばって練習してきたでしょ?」
音楽担当である、女の先生が言った。鍵盤から手を離して、困ったような顔で和宏を見つめる。
「僕は練習していません。こんな歌、知りません。だから歌えません」
和宏を含めたグループの後ろに座る、クラスメートからくすくすと笑い声がした。それでも和宏は堂々と先生に意見した。
「次の音楽の時間に、もう一度テストしてください。それまでに練習してきます」
「ちょっと待って。それじゃあ今までの時間は、何をしていたの?」
「教科書を探していました」
先生はきょとんとした。
「どういうこと?」
和宏は横に並ぶ同じグループの一人ひとりの顔を見た。みんな下を向いて、暗い顔をしている。和宏だけが顔を上げて、言った。
「教科書を隠されたので、探していました」
教室はまた、静かになった。