男女相談
『彼』はいつでも一人だった。家にいるときも、学校にいるときも、放課後も、休日も。何をするにしても、一人で、しかもそれを望んでいた。『彼』は自ら一人になったのだ。
そんな『彼』に付きまとう、二人のクラスメートがいた。一人は『男子』、一人は『女子』。『男子』のほうは、『彼』と小学生のころから知り合いだった。同じクラスになることが多く、年を重ねるに連れて、いつも不自然に一人でいる『彼』に、興味を持っていった。『女子』のほうは、高校生になって二年目、つまり今年初めて『彼』と同じクラスになった。体育祭も文化祭も終わり、二学期とともに、年も暮れるこの時期、彼女は『彼』の存在が自分の中心にいることに気がついた。それまで彼女の視線は、何度も『彼』を捕らえていたし、そのことを思うと、胸の奥が熱くなった。
試験期間に入ったこの日も、『彼』は一人だった。勉強をするために図書室へと向かっていた。放課後、期間中の部活動は禁止であるため、廊下に響く吹奏楽部の演奏は聞こえてこない。その代わり、たくさんの生徒たちの声や足音が重なり合って、一つの音楽となっている。職員室の前を通過し、階段を上る。下足場から程遠い、三階の奥にあるのが図書室である。
『彼』は扉を開けた。数人の生徒しかいなかった。長い机がいくつも並んでおり、ばらばらと五、六人の生徒がそれぞれ別々の机に向かっていた。その中に、『彼』のクラスメートである『男子』と『女子』の姿があった。二人は頭を寄せて、なにやら話し込んでいた。しかし『彼』はそちらのほうを見ようともせず、あいている机の椅子にカバンを置いた。
『男子』と『女子』は、それに気づいた。『彼』は今日も一人だ。そんなことを小声で話して、なんとかならないか相談した。『女子』は『彼』に恋をしている。仲良くなりたいと思うのは当然のことである。しかし、『彼』自身は一人を好む。独りでいることに慣れ親しんでいる。誰にも邪魔されず、勉強をしたり、本を読んだり、考え事をしたりするのは、『彼』にとって至福なのだ。それは『男子』もよくわきまえていた。『彼』と過ごした数年間という時間は、『彼』を観察し、知るのに十分であった。
それでも二人は思うのだ。『彼』と親しくなりたいと。こんなにもあなたを見ている、と、伝えたいのだ。 今も『彼』はノートと教科書を広げて、熱心に問題を解いている。それを『男子』と『女子』が見つめている。近づきたい、その距離は、たったの十数メートル。それでも『彼』との心の距離は計り知れず、二人はひそひそと話し合うことしかできなかった。