ラスト!
「早いものだなぁ」
私は、つぶやいた。
私が、『行き当たりばたり』という小話の数々を書き始めて、二十日が経った。毎日更新を目指し、そのために毎晩書いた。
その日に考えて、その日に書いて、その日に更新した。
「これには、無理があったかな」
正直、充電切れ。始めのうちは、『書きたい!』という気持ちがあった。書きたいから、書く。そのときは、毎日でも書けるだろうと考えていた。
しかし、今では『書かねば』という義務感のもとで、無理にでも書こう、という姿勢になってしまった。
すると、どうだろう。
「つまらん」
読んで、思った。私の書いた小話が、こんなにも面白くないと感じるのは、きっと執筆の段階で、楽しめていないからだろう。
「これは、一大事だ」
この『行き当たりばったり』を書く目的は、なんだったのか。私自身、心に決めていたことは、『執筆を楽しむこと』である。それが今、私は楽しめていない状態にある。
「行動の変換を要請する」
私の中で、誰かが言った。それを聞いて、私は決心した。
「『行き当たりばったり』は、完結……か」
早かった、と思う。二十日間、連続で更新したが、たったそれだけだった。計画していたのは、もっと長い期間だった。
しかし、書くことを楽しめない以上、続けるのは無意味である。
「が、」
ここで間違ってはいけない。私の目的は、変わらない。『執筆を楽しむこと』
「そのために、どうしたらいいのか」
それを考える必要があるのだ。この二十日間を無価値にしないためにも、私は自分の目的を諦めるわけにはいかない。
「別の方法で、達成することを提案する」
また誰かが言った。私は、これを聞き逃さない。楽しむ方法は、他にもある。
「たとえば、『大阪オトメ2』」
これを考えているとき、書いているとき、私は楽しいと感じる。毎日ではないが、続けられるかもしれない。
「なら、そうすればいい」
答えは、すでに決まっていた。
『行き当たりばったり』はここで終わる。だが、『執筆を楽しむこと』には終わりが、ない。
「ただ、その目的を果たすための手段を、変えてみるだけなのだ」
『行き当たりばったり』を“いいわけ”に代えて。
『行き当たりばったり』を読んだいただいて、ありがとうございました!
この小話集は、ここで終わります。
これらを書いてきたことが、“言い訳”にならず、“良い訳”になりますように。




