師弟関係
「お願いします!」
日曜日の昼過ぎ。とある歩道橋の上で少年は叫んだ。目の前にいる老人に、彼は土下座をしている。秋にしては日差しが強く、ぽかぽかと暖かい空気に包まれていた。
「生半可な気持ちでは、死に至るかもしれないのだ」
老人は腰を曲げて、杖で体を支えている。残り少ない白髪頭にしわしわの顔。しかしその声はしっかりとしていて、少年の耳に飛び込んだ。
「わかっています! ぼくは命がけです!」
歩道橋の下では車が走っている。そのエンジン音にも負けない大きな声で、小学四年生の少年は続けた。
「どうしても、あなたの弟子になりたいんです!」
「わかった。おまえの熱意、わたしが受け止めた!」
老人は細い目を最大限に見開いて、少年のつむじを睨んだ。少年が顔を上げると、嬉しそうににっこり笑って、「ありがとうございます!」ともう一度深く頭を下げた。
老人と少年は、歩道橋の階段から下を見下ろす。
「では、よぉく見ておけ」
「はい」
老人は、少年の返事を聞くと、ゆっくりとうなずいた。杖をその場に放り投げた。そしてコアラが木に抱きつくように、老人は手すりに足を上げ、跨がった。すると、
「カァァァ――――――――――ッ!!」
と叫びながら、手すりを滑り降りていく。一度も止まることなく、下までたどり着く。
「すばらしいです! さすがは師匠!」
少年は感激していた。彼の友人の中でも、この老人ほど素早く滑ることができる者はいなかった。ついに神業を目にすることができて、少年は涙が出そうだった。
「何をしている! はやく真似をしてみろ!」
階段の下で、老人が言った。
「はい!」
少年も手すりをつかむ。緊張で手に汗がにじんでいる。足をかけ、手すりに抱きつく。力が入る。
「さぁ! 手の力をゆるめるのだ!」
「む、むりです! ぼくにはできません!」
少年はがっちりと手すりを握ったまま動けないでいた。十数メートル下のコンクリートが怖いのだ。確かに手を離して、落ちてしまうことを想像すると、なにもできなくなる。
「それでもわたしの弟子か! 命をかけるのではなかったのか、ばか者!」
「し、ししょう……」
手が震えた。少年は思った。自分は本当に、ばかな人間だと。
「こ、こんなことに命をかけられません!」
「なんだとー!!」
少年は、恐る恐る、ゆっくり時間をかけて、途中に何度も止まりながら、手すりを滑っていった。
よい子はマネしないでね!