食い違い
「前からずっと思ってたんだけどさ」
彼女が言った。
「君って、どうしてそんなに、やさしいの」
彼は答えられない。空を覆う灰色の雲は、彼の心を暗くする。寒くて、声が震えそうで、言葉が出ない。
彼女の瞳。真っ黒で、大きな目には、彼が映っている。じっと見つめて、彼を捕らえる。表情が硬いのは、寒さのせいだけではない。彼の声を待つが、一言も返ってこない。
「やっぱり、私には無理なんだ」
彼女は、彼に背を向ける。マフラーに顔をうずめる。息を吐くと、口の周りだけが、生暖かくなった。
「ごめん」
彼女の肩がぴくりと動いた。
「謝らなくてもいいよ。もう、しょうがないし」
地面に転がる小石を、つま先で蹴る。まっすぐ蹴ったつもりが、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。小石の行方を目線だけで追って、下を向く。
「ほんとに、ごめん」
「だから、謝らなくていいって」
彼に体を向けて、顔を見た。彼の困ったような顔。憎めないな、と思う。悔しいな、とも思う。
「もっと、うまくいくはずだったのにね」
空を仰ぐ。白い粒が頬に当たった。雪だ。一つ一つ、ゆらゆらと落ちてくる。彼女が手を広げると、その上に雪が止まる。手袋をしていない手には、白い跡が残った。
「あの」
彼が言った。
「何の話か、全然わかんないんだけど……」
「……え?」
彼と彼女の頭には、雪がついていた。




