日常に現れた素敵な人
何でもない日や最悪な日ほど私は素敵な人と出会う。
今日はどっと疲れた一日だった。先生を探し回ったり、掃除当番だったり、電車の定期を無くしちゃったり、めちゃくちゃ探したのに結果制服のスカートのポケットの中にあったり、散々だ。
私の疲れ切った身体を一定のリズムで揺れる心地良い、実に快適な電車が最寄り駅まで運んでくれる。もうすぐ着いてしまう。ウトウトしかけていた私は車両内のアナウンスで目を覚ました。
最寄り駅に着いたのは午後5時半。オレンジ色の空を眺めながら陸橋を歩く。最近は陽が落ちるのが随分遅くなった。季節は春から夏へ変わり始めて、初夏という言葉が似合う気候だ。
「あっついなぁ…」
夕方にも関わらず太陽は眩しく光っていた。思わず目を細める。こんな暑い日は何処か涼しい所に寄って涼んでから帰ろうと思い、私は涼しそうで快適な店を探した。
その時、ふと思い出した。
最寄り駅近くにある、コンビニ横の本屋さんがあることを。
「よし、なんか本買って帰ろ!」
私は本が好きな方だ。読むのは遅いが。要点だけを読みとり、数分で読む、いわゆる速読というヤツが何かの番組で取り上げられていたが、私は思う。読書はタイムじゃない。本はゆっくりじっくり著者の考えに耳を傾け、物語の場面を想像しながら読むのがいいに決まってる。というか、要点だけ理解し、パラパラと読んでしまっては著者に失礼ではないだろうか。きっと長い月日をかけて書き上げたものばかりだ。それを短時間で読んでしまってはあまり良くない気がする。
私はそんなことを考えながら本屋さんに入って行く。店内は立ち読みをしているサラリーマンや主婦、お目当てのマンガを探す学生などで結構人が入っていた。私は単行本のコーナーに足を向けた。やはりマンガより小説だ。マンガが嫌いなわけじゃないが小説の方が落ち着いて読める気がするのだ。
単行本のコーナーにはズラリと棚に本が並んでいた。どのジャンルの本を読もうか迷う。何気なく一冊の本に指をかけた。手にとって見ると、『空色の泪:中』というタイトルの本。裏表紙のあらすじを読んでみると、どうやらミステリー小説のようだ。少し興味が湧いた私は上・下を探す事にした。
どれぐらい探したのだろうか。店内に掛かってある時計を見上げると、あの本を見つけた時から40分も経っていた。見つからない。
流石に疲れた。私は疲れる為に本屋さんに来たんじゃない。今日はどっと疲れた一日だったのだ。電車でうたた寝していたほどだ。最寄り駅を降りたら暑い日差しにやられて、本屋さんで涼んでから帰ろうと思っていたのに…店内をウロウロ探し回ったせいで、さっきまで引いていた汗がゆっくり背中を伝っていくのが分かった。しょうがない、最終手段、店員に聞こう。
私はあまりこういうことが苦手だ。人見知りということもあってどうもスムーズに喋れない。しかし、この本に興味が湧いてしまった以上、上・下が読みたい。いや、とりあえず上だけでも読みたい。私は話しやすい店員を探しにまた店内をウロウロし始めた。
するとマンガコーナーで棚の本を整理している私より少し背が高そうで茶髪に近い色の可愛らしいショートカットヘアの大学生っぽい女性の店員を見つけた。この人なら話しかけやすそうだ。
「よし、えっと…この本の上・下ありますか?…うん、コレでいこう」
私は小声で喋りかける言葉をリハーサルしてから女性店員に近づいた。
「あ、あの…」
女性は私の声に反応しこちらを振り向いた。その人は可愛いくて、ちょっとかっこいい顔をしていた。鼻筋が通っていて目はぱっちり二重で大きな黒目は茶色だった。カラコンはしていない様子。そして優しそうな笑顔。私は目が合って思わずすぐに手に持っている本に目を移した。きっと今の私は顔が真っ赤だ。こんなかっこいい可愛い人だったとは…少し声をかけたことに後悔をしていた。だがもう遅い。
「はい、なんでしょうか?」
物腰が柔らかそうな声。この人絶対モテるだろうなぁ。私は俯いたまま先程リハーサルした言葉を言う。
「あっ…えっと…こ、この本の上・下ありますか?」
い、言えた。顔も起こせた。だけど、目は合わせられない。何故か私が照れている。
「えーと…『空色の泪』ですね、探してまいりますので、少し待っていただけますか?」
「は、はい、あっ、でも店内の棚は探したんですけど無かったんです…」
「店内の棚を探されたんですか?」
「え…?はい、小説のコーナーの棚は全部見たと思います…」
どうしてその様なことを聞くのか?と私は不思議に思ったのだが…
「申し訳ありません!一声かけて頂ければ探したのですが…お困りの姿を見ていればお手伝いができましたのに、本当に申し訳ありません!」
店員さんは謝ってくれた。お客さんである私が店内を探し回らせてしまったことに。確かに大変だった。だが、意地を張って店員になかなか声をかけなかった私も悪い。いや、私が悪い。
「い、いえ!私がなかなか声をかけずに勝手に探しまくっただけなんで!謝らないで下さい!」
頭を下げる店員さんに頭を上げるよう促し、やっとまた可愛いかっこいい顔を見ることができた。店員さんは申し訳なさそうに苦笑いをして、私を見た。
「あの!倉庫の方にあるかもしれないので探してまいりますので、お時間掛かるとおもいますが待っていただけますか?それか取り寄せて別の日にまた来ていただいて受け取るというふうになさいますか?きっとそちらの方が確実だと思いますが…あっ、でも、私的には探してからの方が…その…良いんじゃないかな〜とか思ったり…あ!いえ別に私の気持ちはどうでも良いんですけどね!!どうなされますか?」
店員さんはアタフタしながら身振り手振りを大きくして一生懸命ベストな答えを考えながら話した。面白い人だ。そしてとても早口だ。店員さんは私をじっと見て視線をさずさない。私の答えを待っている。
「あー…えっと…じゃあそ、倉庫一回見て来てもらってもいいですかね?」<BR>
私は店員さんの気持ちを素直に受け止めて、そうしてもらうことにした。店員さんは探したいのだろう。
「かしこまりました。お時間かかると思いますので店内でゆっくりしていてください。急いできます」
店員さんは小走りで倉庫へ向かった。私は雑誌コーナーで時間を潰した。
しばらくして、店員さんが手に本を持って私に近いてきた。
「お待たせさせてすみません、こちらでよろしかったでしょうか?」
店員さんが持つ本は『空色の泪:上』というタイトルが書いてあった。これだ、私が探し求めていた本は!!
「は、はい!ありがとうございます!!」
私は何度もペコペコお辞儀した。嬉しかった。本が見つかったこともだが、店員さんがここまで熱心に探してくれたということが何より嬉しかった。本当に親切な人だ。
「あぁー良かったぁ!あ、ですが下がどうもこの店舗には置いていませんでした。申し訳ありません」
「い、いえ!上だけで十分です!本当にありがとうございました!」
下なんてまたどっかで買おう。今日はじっくりこの上を読もう。
「そこまで喜んでいただけて嬉しいです、良かったですねっ」
店員さんはにこっと笑った。可愛い。ほんと可愛い。きっと私より年上なはず。可愛いと思ったら失礼かもしれない。でも可愛い。私は心の中で何度も可愛いを連呼した。
店員さんはしっかり私と目を合わせて話す。私は照れてしまい逸らしてしまう。私のはカーッと熱くなっていく。顔が熱い。するとその異変に気付いたのか、店員は心配そうな顔で私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?具合悪いんですか?」
店員さんは私の背中を摩るように手を滑らせた。その感触にドキッとした。
「だだだ大丈夫です!へ平気です!本当ありがとうございました!じゃっ!」
私はその場から一目散に逃げたした。店員さんの顔は見れなかった。すばやく会計を済ませ、私は早歩きで店を出た。
家路の途中で私はようやく足を止めた。
「ハァ、つ…疲れた…ハァ」
早歩きは結構体力を使うことを今知った。それにしても、私は何故こんなに焦っているのか。分からない。
その日の夜、私はベットの上でゴロゴロしながら自分の気持ちについて考えていた。
「何なんだろう?ふーん…んー…」
なかなか答えが出ない。しかも頭の中には店員さんの顔しか浮かばない。思考停止。あの笑顔が邪魔する。
「可愛い…かったなぁ」
そして私は店員さんのことを考えているうちにじわじわとある答えに近づいて来たのだ。だがあり得ない。だって…店員さんは…女性だ。そんなこと分かっていたが、もう、これしかない…
「恋…してるんだ…私…」
私は店員さんに恋をした。
初対面であったのにここまで気持ちを引っ張られるとは。一目惚れなのだろうか。
気づいてしまったこの気持ちを整理しようとしたが、なかなかできないものである。私はその夜は悶えながら眠りにつくのであった。
次の日は案の定寝不足だった。授業だって後半は爆睡。
「店員さんのせいだ…」
私は窓際の席で頬杖をつきながら外を眺めボソッと呟いた。誰にも聞こえないように。
最寄り駅の改札を出るまで今日本屋さんに寄るかどうかずっと考えていた。そして今もまだ迷っている。しかし、さすがに店の前で立ち尽くしているのは邪魔なので、私は本屋さんに寄ることにした。
自然とあの店員さんを探した。だが今日はいないみたいだ。仕方ない。帰ろうか。でも、もし今日も店員さんがいたら私はどうしていたのか。ただ眺めていたのか?それか頑張って声をかけに行ったのか?どうだろう。
いなくて良かった。私はそう思った。
少しだけ軽くなった心で店を出た。すると本屋さんの自転車置き場に見覚えのある髪型の人がいた。思わず立ち止まってその人を見つめる。
「あ…」
自転車に鍵をかけた後、くるっと振り返ると、そこには、昨日本を探して欲しいと頼んで来た女子高生が立っていた。この子可愛いなぁ。小動物みたいだ。肩からかけている鞄の取手を両手で握り、じっとこちらを見ている。あたしのことをみているんだ。その顔は真っ赤だ。夕日のせいかもしれないが。何か声をかけたそうに見えたので、あたしから声をかけた。
「こんにちは、体調大丈夫だった?」
て、店員さんが声を…かけて来た。ど、どどどどうしよう!
「こ、こんにちは…あ、え…と、だ大丈夫です!あの…」
「ん?」
「いや、やっぱ何でもないです!さよなら!」
軽く会釈してその場から去ろうと思ったが店員さんに腕を掴まれた。まるで万引き犯を捕まえるようにがっちりと。
「ちょっ、待って!」
「っ!!…はい?」
「あ、あのさぁ、高校生だよね?」
「へ?…高3ですけど…」
「なんかバイトしてる?」
「いえ…今はしてないですけど…」
「ほんと?ならさ、ここの本屋さんでバイトしないかな?だめ?」
「え?ばばバイト??ですか?」
「うん、最近人少なくてさぁ、困ってるんだけど、君なんか本とか好きそうだし、どうかなぁーて…ごめんね、いきなり」
願ってもいなかった幸運だ。可愛いかっこいい店員さんにバイトを勧誘されるとは。私は少し興奮気味だった。
「は、はい!したいです!させてください!!」
店員さんは私の元気な返事にクスッと笑って優しい表情で微笑んだ。
「良かった、断れたら気まずいなぁって思ってたんだよね。ありがとう」
「いえいえ、私も何かバイトしたいなって思ってたんです。えっと…面接とかどうしたらいいんですかね?」
「んーまた電話してするのって面倒だから今から一緒に店長さんに直接お願いしよ?きっとOKだと思うし。それとも今日は用事あるかな?」
「いえ、今日で大丈夫です!」
そうだ、今日は元々本屋さんに寄るつもりだったのだ。店員さんに会うためだけど。
「ん!じゃあ行こうか!えーと…自己紹介まだだったよね?あたしは【富山 柊】です、よろしくね」
「【麻都 雛子】です、よろしくお願いします」
やっと2人は出会いを果たした。
短編ですが続きを書く予定ですのでお楽しみに。