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第三話

「姉さんはわたしの熱情をわかっていない。魔を狩る魔、それがわたし。退魔の人間にはわからないのかもしれないけれど、わたしはわたし。魔狩ることをやめたとき、そこにいるのはわたしではないわ。わたしに似たなにかよ。この五年間を無にした、なにか。それはけっして、わたしではない」

 夜の外出が禁じられたので、楓は日中探索することにした。昼でも感じられる怪異はそれだけ危険度が高く、夜に向かっては太刀打ち出来ない存在濃度になってしまう。そういった存在は昼のほうが御しやすい。

 ただ問題は、日中は人の目があることだ。

楓は変身することによって怪異と戦う力を得るが、変身後の格好が極めて恥ずかしい物になるという欠点があった。

 ブローチをもらった当時はそんなことを考えなかったが、もしかしたら開発者は変態だったのではないだろうかと考えてしまうことがある。なにせ、年齢性別に関係なくフリルの付いた魔法少女になってしまうのだ。

 街を探索しながら楓は考える。姉を説き伏せる方法を。

 ――ようするに、わたしが姉さんより強ければいいんだ。

 草薙涼子は怪異と戦う訓練を家で行うので、その時に模擬戦で勝利すればいい。そう考えると、とたんに胸がはずむ気がした。

 同じ血を分けた姉妹でありながら、姉は歴代最強と呼ばれ、自分は箸にも棒にも引っかからぬ落ちこぼれだと決めつけられたコンプレックスが、楓にはあった。

 なぜ自分は、姉とは違うのか。そう考えていた少女時代。だが、今は違う。今の楓は、戦士だ。

「草薙としては間違っているのかもしれない。でも楓は、魔法少女であるわたしは、戦士であるわたしは、魔というものをよく知っている。魔を知るものは魔に魅入られる。その意味さえ。姉さんは、そのことを知っているのかしら?」

 川べりを歩いているうち、楓の感覚に引っかかる感じがした。腐った水のなんとも言えぬ嫌な匂いに、死臭が混じっている。

 楓はブローチを握りしめ、いつでも変身できるように気をつけながらそこへと向かう。水底であろうか、藻に巻き付いているそれは、人間の死体であるようだ。

 ごぺえ。水が跳ね踊る音。昼であれば死者は直接人を襲えない。だからか、草が死者の手足となって楓に飛びかかる。

 楓は予測していたかのように飛び、身をかわしてブローチに気合を込めた。

 血流を身につけたブローチに通すようなイメージ、それがこの道具の起動方法だ。

 楓の服が周囲に融けて、しなやかな肢体が顕になる。かとおもえば黒と白の布がタイトに身体を締め付け、流麗な鎧となって楓を守る。

「チェンジ、マジカルメイプル!」

 最後の詠唱は、自身の変容を周囲に訴える魔法であった。草薙楓という存在にメイプルという魔法少女が上書きされる。

 そのスーツは黒く、白かった。一部で混ざり合い、相克していた。開発者は太陰と太極の具現だと言っていたが、楓にはわからない。

 ただ、デザインとして嫌いではなかった。

 世界に魔法が訴えかけられたせいで、この時空間は一種の異界と化した。

 本来ならば姿を現せない怪異――植物と溺死体のヒトガタが姿造り、楓に直接危害を加えようとする。

「さあ、生活を始めましょう。生きる意味を。わたしはもう一人のわたしとして魔を狩る、半人半魔。魔人。そこいらの怪異になんて負けやしない。喰ってやるわ。飲み込んでやる。きなさい、化け物。わたしの同種」

 異界生成はスーツの機能の一つであった。正体のない怪異に形を与え、物理界での破壊を可能にする。また、その逆も。

 それは、ただ足を取られやすい地形と川が、何人もの犠牲者を飲み込んで異形と成ったものであった。

 楓が拳を作り、肩の位置まで上げる。いつのまにやらその両手には刀が――黒鉄の身と白刃でできた日本刀が握られている。

 怪異が蔦を伸ばした。瞬間、刃が閃き、先端が消失、切り離された植物と動物の混ざりものが宙を舞った。

「破ァッ!」

 楓はその場所を動かず、宙を斬りつけるようになぞる。その動きに連動して、怪異に切り傷がついていく。

 距離を無視する斬撃。その斬撃が描くサインは五芒星。

 五連撃の最後に、中心部に突きを入れる。たわみ、炸裂する傷痕。

 風の抜ける音と共に絶命する怪異。

 闇は闇に還るのみ。

「チェンジ。草薙楓。魔は魔としてのみでしか生きられず、わたしはわたしを魔に堕とす。それでも草薙楓は、人間でもある。魂まで墜ちきったりはしない」

 異空間が解除され、楓の衣服も通常のセーラー服に戻る。世界が色付く。

 気のせいか、怪異が倒される前よりも鮮やかで元気な色合いであった。

 これでもう、ここで足を滑らせる者はいなくなるか、最低でも少なくはなる筈だ。

 楓は満足し、家に帰ることにした。

 戦闘により、汗をかいていた。シャワーが恋しかった。

 夏は、暑い。

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