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第二話 第一章 草薙姉妹

「それじゃあいってきます、お義母さん」

「ええ、いってらっしゃい。でも、気をつけてね。いつでも帰ってきていいのよ。なんというか、その」

 ――本家の人達は違っているから。

「大丈夫ですよ。わたしだって一応本家筋なんですし」

「そうねえ」

 夏の暑い日差しを受け、穏やかに微笑む義母。今日から世間一般は夏休みだ。

 楓の肩口で切りそろえた髪が、風で揺らいだ。汗ばむ肩を風が撫ぜる。旅立ちの日には悪くない、と楓は考える。

 長い坂を登ったところで、大きな門が来客を出迎える。意外にもインターホンが横についていた。楓はそれを押す。

 ピンポーン。

「はい、どちら様でしょうか」

 渋味のある男性の声だ。相田孝道。楓も知り合いの、草薙家の家令――執事長を務める男である。

「草薙楓です」

「ああ、楓お嬢様ですね。すぐに迎えの者をよこしますので、しばらくそのままでお待ちください」

 そうして少し待っていると、男が玄関を開けた。

「こんにちは、相田さん。なにもあなたが出迎えることはないでしょうに」

「何をおっしゃいますか。楓お嬢様のお帰りですから、本来なら屋敷の者総出でお迎えしなければならないところですよ」

 冗談めかして言う相田だが、真夏に黒のスーツに身を包んでいながら軽い身のこなしをする姿は、なるほど草薙家家令としての切れ味を持っていると楓は感じた。

「それでは早速、お嬢様――涼子お嬢様にお会いしませんとね。先の葬式以来でしょうか。積もるお話もあるでしょう」

「ええ、そうですね」

 談話しながら、大きな洋館に足を運ぶ二人。

 楓は歩きながら思案する。自分の変身能力が本家に知られているのか。もし知られていたら。姉とともに闇と戦うことになるのだろうか。では、もし知られていなかったら?

 洋館の分厚い扉が開き、広い応接室に出る。長い黒髪の女性がテーブルの向こうに立っている。そばにお付きのメイドを侍らせ、涼子は楓を迎えた。

 楓はおもわず息を飲んだ。姉は、相変わらず綺麗な人だった。それも、年を重ねるごとにますます艷めきを磨いていた。

 涼子にとっても、楓の外見には嘆息を禁じ得なかった。額の上と肩口で切り揃えられた髪、清潔そうな衣服に似合った清潔なまなざし、鼻、儚げな口元。

「久しぶりね、楓。そちらに変わりはなくて?」

「ええ、姉さんもお変わりなく」

「そう。なら良かったわ。島田、お茶の用意を。それから、あとで楓に部屋を案内しなさい」

「かしこまりました」

 さっとテーブルにカップが置かれる。予め用意されていたのだろう。

「それで姉さん、どうしてわたしを呼んだのかしら」

「あら、肉親を呼んで悪いかしら」

「そういうことをいっているんじゃなくて」

「いいえ、そういうことだわ」

 ふつり、と会話が途切れた。涼子は楓を見据える。楓は、自分が怪異と戦えることを告げるタイミングを図っていた。

「……あの、姉さん。草薙本家のことなんですけど」

「ダメよ」

「まだ何も言っていないのだけど」

「草薙家に課せられた使命とか、そういったものを負わせたくてあなたを呼んだんじゃないわ。だから、ダメよ」

 楓は、自分の生が否定されたことに強い感情を露わにした。なぜ自分が生きているのか、その生きる活力を否定された気がして。

「わたしだって、戦えるわ」

「ええそうでしょう。楓、あなたが戦えることは知っているわ」

「なら……!」

「あなたが何のために玖渚家に引き取られたかわかるかしら。あれは草薙の宿命から遠ざけるためよ。それなのに、あなたはどうして怪異と戦っているのかしら。まったく、玖渚の家は何をしていたのかしらね」

「お義父さん達を悪く言わないで。あれはわたしが勝手にしていたことだから」

 涼子はため息を吐くと、切れ長の瞳を楓に向けた。

「それがいけないと言っているのよ。とにかくあなたをこれ以上野放しにはできないわ。今後は草薙家で監察をします。門限は夕方六時とし、それ以降の外出は禁止よ」

 怪異がその存在濃度を上げ、物理的に傷をつけられる程度まで実体化するのは、多くの場合深夜である。

「それじゃあ姉さんはどうなの」

「わたくしは草薙家当主よ。その義務を果たす必要があるわね」

「危険だわ」

「ええ、だからあなたには任せられない。聞き分けて頂戴、楓」

 楓は黙った。涼子が真摯に自分のことを心配しているのが伝わってきたからであり、またどう言い返しても涼子の意思の堅さは揺るぎそうになかった。

 ただ、それでも戦う意思はあった。

「……なんで姉さんは、わたしが戦えることを知っているの? 玖渚家では誰にも明かさなかったのに」

「簡単なことだわ。楓」

 少し意地悪そうに笑いながら。

「直接見たのよ。最近のことだわ」

 最近は、怪異の活動が活発になっていた。それが原因だった。


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