第拾話
ついに、異界が現実を浸食する時がやってきた。月齢が半月を越える頃、時刻十九時。世界がねじ曲がった。
始まりは、なんの変哲もない電柱だった。ただ、その電柱で事故が起こり、人が死んだ。
それだけで、電柱の周囲が異界と化した。黒い塊のような悪魔が顕れ、人を襲った。すぐに街に噂が広まった。
異界化の速度は、とどまるところを知らかった。津島の地全域は異界と化した。いまや人々は怪異の恐怖におびえながら暮らしている。
不用心に外に出た人間は、ことごとく死ぬことになった。
ある者は首を刎ねられて。
ある者は頭を潰されて。
またある者は、全身を怪異に食われて。
「呵々、これじゃこれじゃ、この空気じゃ。我が求めていたもの。我が欲していたもの。教会のやつらも、草薙の奴らも、頑張れば頑張るほどに自らの首を絞めおって、世界は見事にこのありさまじゃ。いやはや、愉快痛快じゃわい」
嬌笑をあげながら、しかし、エーテリンデの瞳は笑ってはいなかった。
「悪夢。悪夢じゃのう。外を歩くはひとでなしか、ひとであったものか。もはやこの街は死の街じゃ。今はこの街のみではあるが、草薙の結界も教会の結界も、まあよくぞ保っているもんじゃ。あれがなければ、世界中が悪夢に飲み込まれていたじゃろうてのう。呵々、呵々呵々呵々」
ぎらりと赤い瞳が見据えるは草薙の館。異常に捻れた世界の中で、そこだけが正常を保っていた。
「呵々、さて、この事態。解決の鍵は我が愛し子の傍にした女が握っておるか。どうも懐かしい気配がするわ。我が愛し子が主役となるわけにはいかぬだろうなあ。残念じゃが、今回は縁がなかったということかのう。呵々、それでも運命は、我と共にありじゃ」
捻れた世界を歩きながら、外をうろつく怪異を吹き飛ばし、殺しながら、怪異の王、吸血鬼は往く。
「夢はうつつ、うつつは幻。では幻とは一体何か。呵々呵々呵々呵々呵々っ」