第閑話 姉妹の休日――最後の
涼子と楓は、繁華街にいた。
異界濃度の調査と、怪異の殲滅に二人で連れ立って歩いているのだった。
「姉さんとデートだなんて、嬉しいわ」
「そうね。楓、あなたを一人にしておくと、どんな無茶をやらかすかわかったものじゃないもの」
「まあ、否定はできませんが」
「何故あなたはそこまでして戦うの? わたくしたち草薙にまかせ、悠々自適に過ごせばいいと思わないのかしら」
「姉さん、今の姉さんなら――吸血鬼になった姉さんなら、わかると思うわ。わたしはわたしだから、戦うの。姉さんは何故戦うの? 魔に魅入られていないと言える? わたしはもう、きっと手遅れなんだわ。それに、姉さんも」
「いいえ、あなたは人間だわ。残念ながら今のわたくしとは違う」
「じゃあ姉さん、わたしの血を吸ってくれないかしら。姉さんと一緒になれるなんて、甘美なことだとおもわない?」
その言葉に、涼子の本能はぐらついた。理性が薄くなっているのを自覚していた。吸血鬼の因果。
「……馬鹿なことを言うんじゃないわよ。姉をからかうなら、もっと別のアプローチをしなさい」
「姉さん。草薙家の当主。あなたは、本当のところ、魔について自分がどれだけ知っているのかを知っているの? 姉さんは、あまりにも人過ぎるわ。それとも、それが草薙の血なの?」
「ええ、そうよ。草薙は魔を退ける。おかげでわたくしたちの両親は亡くなったのよ。人であり続けることが、わたくしたちの使命だったから」
「それじゃあ、今の姉さんは?」
「悔しいけれど、エーテリンデの血は圧倒的だわ」
歩きながらも、涼子は動悸が収まらなくなってきた。逢魔が刻、草薙の血をエーテリンデの血が飲み込もうとし、拮抗を保てなくなる。
「魔は、魔だわ。それ以外の何者でもない。たとえどれだけの魔を祓おうとも、今の姉さんは魔でしかない」
「何が言いたいのかしら、楓」
「そんなに頑張らないで。わたしを頼って。辛いとき、苦しいとき、その痛みをわたしにぶつけて。家族じゃない。姉妹じゃない。わたし、姉さんとは運命的な繋がりを感じることがあるの」
「わたくしも同じことを考えてるわ、楓。わたくしにとって何が一番気に食わないかというと、実際、あなたが五年間も独りで戦い続けたことだわ。そんなに、その……歪んでしまっている。あなたは。そうなる前に、わたくしを頼って欲しかった。それがわたくしの、あなたに対する感情だわ」
「考えなくはなかったの。でも、わたしが戦うことを決めたのは、わたし自身だったから。もしわたしの正体が草薙家にばれたら、ブローチを取り上げられて戦いから遠ざけられるんじゃないかって思ってた」
「ええ、そうしたでしょうね。わたくしだって、できれば今でもそうしたいと考えているわ。でも、楓。それはあなたを想ってのことよ」
「わかっているわ。それでも、わたしにはわたしの想いがある」
ふいに、楓は涼子の手を握る。冷たくなってしまった吸血鬼の手。両手を重ねて、少しでも暖めようとする。
「――魔は、どこから来て、どこへ逝くのかしら」
「人の想念から生まれ、闇に帰すのよ」
「じゃあ、人はどこから来て、どこへ逝くの?」
「……人の想いから生まれて、想いの内に還るのだわ」
「闇も人も、何が違うのかしら。わたし、闇と戦うときいつも想うの。彼らは生きているのか、それとも死んでいるのかって。姉さんは今、生きてるの? 死んでいるの?」
「……生きているわ。すくなくとも、あなたがわたくしを見てくれている限りは」
「相田さんや島田さんも?」
「そうね。でも、やっぱりあなただわ。愛しい妹。わたくしの楓」
◇
「姉さん、今日のところは休憩としましょう。沢山話したから疲れちゃったわ。あそこの映画館とかどうかしら。一緒に鑑ましょうよ。ね、いいでしょ?」
「ええ、そうね」
二人は気付いていた。世界がもうじきその姿を変えること、そして、それを防ぐ手立てがないことを。
最後の休息となるかもしれない。そう思いながら、姉妹は一日を過ごした。
悲壮な決意を胸に秘めながら。