第一話 プロローグ 怪異と草薙
冷たく光る月の明かりを浴びながら、女はたたずんでいた。手には拳銃と短刀。その女の手に馴染むようカスタマイズされた特注品。
長い黒髪が、女を守るカーテンのようにたなびいていた。切れ長の目。黒を基調とした戦闘服が、身体に馴染んでいる。
草薙涼子はさびれた公園にいた。子供達がつぎつぎと怪我をし、ついには誰も近寄らなくなった公園である。
怪我の内容は不可解なもので、子供達は『足を掴まれた』『オバケに違いない』と噂している。
そして、そのとおりであった。
月明かりのみの公園で、何かが動く気配を涼子は感じ取った。
涼子が短刀を閃かせる。白い閃光が闇を裂き、斬撃の痕に不思議な線が浮かび上がる。
涼子の得意とする、結界である。
「疾ッ」
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。気配の方角に結界を重ねる。そうするたびに長い黒髪が舞う。
死角を女の髪で塞ぐことで、涼子は後方にも簡易な結界を張り巡らせているのだ。その年若さにして尋常ではない芸当であった。
薄暗い気配が、わずかに身動ぎした。涼子を襲うための力溜めか、それとも撤退準備か。
果たしてそれは、攻撃の準備だった。
気配が地を這いながら涼子に近付く。
結界に触れたその刹那、涼子はそれを感覚していた。
涼子の左手が拳銃を撃った。乾いた音が大きく響く。それに呼応し、結界がたわみ、収縮し、次の瞬間はじけた。
声にならない叫びのような唸りをあげて、怪異はその姿を表す。
全身が腐乱し、水が滴っていた。ヒトガタでありながら身体の一部が異様に膨らみ、かとおもうと細く捻れていた。
涼子の結界に触れた部分から白い霧のようなものが立ち上っていた。
エクトプラズム――霊体そのものである。
死体だ。それが涼子の今回の標的だった。
そして、姿を現した怪異は、涼子の敵ではなかった。
短刀が五度きらめき、四肢と首とが切断された。
舞った頭部に拳銃が押し当てられ、引き金が落ちる。
乾いた音――銃声。
闇は闇に散りゆくのみ。
草薙涼子は、退魔師である。