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パチモンの笑顔 (5)

 

 お昼のお茶の時間が始まる前まで広間では着飾った秀女たちが、そしてその部屋の端には彼女たちに付き添う侍女たちが後宮内の仕来たりを学ぶ。

 担当の女官は比較的穏やかな口調で講義をしており、琳華も真面目に聞いていると言うか今回の役割の為に目立たぬように動くには、と一言一句を逃さぬよう熱心に聞いていた。


 それがまた、女官や下女たちの間に良い意味での誤解を生んでいるなど本人は知らず……仕来たりや作法などの座学も終えた小休止の時間が訪れる。

 次の時刻を知らせる鐘が鳴るまで各自昼のお茶をするなり、自由に過ごしても良いとのことだったが大半の秀女たちは広間に残っていた。


「あの、伯丹辰(ハクタンシェン)様」


 琳華もまた居残っていた内の一人で既にちょっとした集いを作っている中心人物に話し掛けた。

 昨日、いきなり格上の琳華を部屋に招こうとした伯家の娘、丹辰。何だかんだで周家が秀女たちの中で一番、格が上だったが彼女はそれを理解した上で誘ったとしたら……あまり無粋な事は考えたくないが琳華は梢と練習した『優しいお姫様みたいな笑顔』を丹辰に投げ掛ける。

 この作り笑顔は母親のよそ行きのソレも真似している。こんな所で役に立つとは、と思ったが母親のはこんな所仕込みの正真正銘のお愛想の笑顔である。


「まあ、周琳華様!!」


 四人の秀女の中心にいた丹辰がずい、と話し掛けて来た琳華の前に出る。薄桃色の控え目な羽織を着ている琳華とは相反するように、丹辰の羽織は若さを象徴するような華やかな若草色に黄色の花々が襟元や袖に刺繍されていた。ひと目見るだけで高価な物だと分かるが多少の賄賂を握らせておけば持ち込むのは容易い。

 それを父親を通して知っている琳華だからこそ、少し警戒をする。自分以外にも多少、融通を利かせることが出来る者が秀女の中にいる。


 しかし、琳華の目に映る女性はとても可憐な姿をしており、着飾らせた梢と並ばせたら可愛いに違いない。

 シックに一つに結い上げて髪飾りも大ぶりな物を一つ付けているだけの琳華とは違い、長い髪を左右一つずつお団子状にして小さな髪飾りを複数付けた丹辰はその髪飾りのようにきらきらとした視線を琳華に向けていた。


「昨夜の事をお詫びしようと」

「いえ、そんな……わたくしの方こそ不躾なことをしてしまったと琳華様に謝りたくて」

「ごめんなさい。少し、外の空気を吸いたくなってしまって」


 ふふ、と儚げな表情に変わる琳華は背後に控えてくれていた梢に「例の物を」と持たせていた布包みを開かせ、中から一つの紙包みを取り出す。手の平ほどしかない物だったが中身は糖蜜漬けの果物が数個、入っている。


「干し杏の糖蜜漬けなのだけれど」


 お口に合うかしら、と控え目に言う琳華の名演技に梢は若干、笑いそうになっていた。誰が作ったとは絶対に言わない主人。ましてや自分たちが庭で遊びがてらあらゆる木の実を炒り、乾燥させた果物を更に大量に煮詰めた糖蜜に漬けて作った手製の物の内の一つだなんて……丹辰はどうやら既製品だと思ったらしい。可憐な指先で包み紙をそっと開き、喜んでくれている。


「では、また後で」

「琳華様、お部屋にお戻りになってしまうのですか?」

「え……ええ」


 単に梢と作戦会議をしようとしていただけである。


「琳華様のお話もお伺いしたかったのですが」

「わたくしの……?」

「はい。昨夜は皇子様にお声をかけていただけるよう、皆で自身を磨こうと言う話をしていたのです」


 丹辰が言っていることは何もおかしくない。

 しかし野山を駆け回り兄たちと武術を学んでいた琳華の感覚が鋭い瞳は丹辰の目に獰猛さを見てしまった。


「そう、ですね……わたくしは皆様よりも年上で、あまりそう言ったことについて参考になるかどうか。確かに、皇子様のご寵愛は賜りたいのですが」


 あくまでも控え目に、自分の最年長と言う年齢を引き合いに出して話に角が立たないようにする琳華は丹辰の視線から外れるように少しだけ顔を伏せる。


(最年長の年増、と言うのは事実なのだからこの際それを大いに活用してしまえばいいのよね。これもれっきとした兵法よ)


 またしても琳華は袖口の中で強く、決意の握りこぶしを作る。これは未だ見ぬ、と言うか今から親衛隊の中に変装をして紛れ込む宗駿皇子を守るためだ。

 周家の一員として、そしてあわよくば警備の女官、宮正になるための布石なら……耐えられる。



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